熟れていく果実
「クロード様......」
「リリア......」
あれから数日。私の血反吐を吐くような努力が実り、リリアとは軽いキスを交わす程度にまでなった。
リリアは、もう了承が出たら契ってしまおうと考えているらしい。物置で黒パンと具なしスープをまったり食べながら観察していたら、そんなことを言っていた。
しかし、彼女はそんなことをしてはいけない。リリアの行為は、不倫に当たるからだ。
実はリリアには婚約者がいる。公にはされていないが、第二王子のクラヴァスだ。彼は少々素行に問題があり、だからこそお目付け役としてリリアが選ばれたのだが、この調子ではお目付け役どころではない。
クラヴァス本人はリリアに気がある様なのだが......不倫の事実を知ったら、どうするのかしら。反応が気になるところではある。
実は王家には第三王子のキースもいるのだが、10歳の時に城を脱走して以来、行方不明だ。王家は今も、人相書きを街に貼り、捜索を呼び掛けている。
あれ?そういえば、第三王子の人相書き、Kに似ているような....?
「ちょっと!なに突っ立ってるのよ!トロいわねぇ!ここが終わったら次は客間の掃除だからね!」
リリアが地団駄を踏んで怒鳴りつけてくる。ああ、折角何かが分かりそうだったのに......
私は再び箒を手に、長い長い廊下の掃除を再開した。
*
今日はリリアの誕生日だ。料理人、使用人たちは朝早くからせわしなく動き、リリアのために、リリアの逆鱗に触れないために、広間を飾り付けている。
「早く起きなさい!まだこんなところで寝てるの?!この愚図!今日はリリアの誕生日なのよ!何もかも素晴らしく整えなきゃならないのよ?!完璧じゃないといけないわ!お前も手伝いなさい!」
私はため息をつきながらのろのろと起き上がる。
私はリリアの部屋から広間まで、魔法でレッドカーペットを敷き、明るい木の板でできた床を大理石のタイル床に張り替える。
リリアの世話は私がやることになっていた。恐らく、まだリリアの部屋をよく知らない私に入らせて、クロードの存在を隠すつもりなのだろう。
「失礼いたします」
汚れた使用人服を着て、リリアの部屋に入る。
私のコーディネートした見慣れた部屋が視界に入った。
「あら、お姉様。お姉様がお世話をしてくれるのね。じゃあ、完璧にやってよ。」
リリアは、その長い金髪を指でくるくると弄びながら、傲慢に言った。
「ねえ、今日の夜、私の部屋に来なさい。」
リリアの髪を櫛で梳っているとき、リリアが意地悪い顔でニヤニヤと笑いながら私に話しかけてきた。
(これは......)
絶対に、そうだ。私が魔力を奪われ、生きる術を失った......
『魔力を分ける魔法』
この術は、二人以上で使用すると、魔力の高い者の魔力は低い者の方へ、逆もまた然り、な魔法だ。
そうして、二人の魔力を均等にする。
しかし、伊達に魔法の勉強をしていないリリアは、魔法陣を弄って術者に被術者の魔力がすべて移されるようにと細工した。
その結果、私の魔力は0になり、バッドエンドに近づくのだった。
そんなことは、絶対に避けないといけない。
そう考えながら、私はリリアに美しい若草色のドレスを着せるのだった。
リリアの誕生日パーティには、多くの貴族たちが訪れる。その為、リリアもいつものようなショッキングピンクや、けばけばしい色のドレスではなく、清楚な感じのするドレスを着ている。
私は留守番だ。万一にも、私の存在が認知されてしまったらどうなるか分からないということで。
それと、この誕生日パーティにはクラヴァスも訪れる。一応婚約者だからね。
私は大人しく物置で黒パンと具なしスープ、追加でリリアの部屋から拝借したお菓子セットを片手に、使い魔の中継映像でパーティの様子を確認した。私の使い魔は人の目には見えないサイズで、屋敷中に死角が無いように張り巡らしてある。その使い魔の視点をいつでも見ることができるのだ。
「やっぱ、随分演技が上手いわよね、あの女。」
婚約破棄の時にも見たが、彼女の演技力は相当なものだ。演劇で稼いで行けそうなぐらい。まあ、出来る演技には限りがありそうだけどな。「清楚なフリをしている悪女の演技」とかぐらいしかなさそう。
パーティは至って順調に進んでいるが、リリアは時々辺りに視線をさまよわせている。
「クロードはここですよー...くっ、ははっ」
あんたが探している最愛のクロードは、今、物置で黒パンと具なしスープ、それとお菓子を持ってあなたの行動を見てますよー?
まあ、いい。今日、どうせリリアのもとに行くのだし、機嫌は悪くならないだろう。ちょっとしたアクションも起こすつもりだし......
*
その日の夜、リリアはどうしても眠れなかった。
「クロード様......」
誕生日パーティに来なかったクロードのことを想うと、胸が苦しくなる。
「会いたいな.........」
宝石も、ドレスもいらないから。
クロード様のお顔が見たい_________
そうリリアが願ったときだった。
「呼びました?」
バルコニーにクロードの姿があった。リリアがぱっと顔を輝かせる。
「クロード様......!」
「すみません、表に出てこれなくて。認知されると少々厄介なもので......でも、今日はあなたの誕生日だ。」
クロードは慣れた様子でソファに腰掛けると、手を振ってリリアを手招きした。
リリアもまた、戸惑うことなく壁を向いたソファに腰掛ける。
二人の体がぴったりくっつく状態で、クロードは懐から一輪の薔薇を取り出した。
「こんなものしか用意できなくて、申し訳ないです......でも、苦労して開発したものなので、大事にしてほしいです。」
リリアは薔薇を受け取ったと同時に、あることに気付いた。
「綺麗......」
角度を変えると、さまざまな色の薔薇に変化するのだ。青、黒、黄色、桃色、そして赤。話を聞いてみると、これはクロード自ら開発したものらしい。リリアは驚き、クロードのことをより尊敬した。
「リリア」
クロードに呼びかけられ、そちらを向いた時には、既にクロードの顔が間近に迫っていた。
「愛しています」
クロードはリリアにそう囁き、桃色の唇に優しいキスを落とした。
「私も.........です」
リリアは頬を薔薇色に染めて返した。
シエラを呼び出したことなど、もう、すっかり頭から抜け落ちていた。