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舐めてもらっちゃ困るんだけど?




「............っ」

.......ここに、やっと、やって来れた。

私はフードの中から荘厳で広いシュムリツ公爵家の屋敷を見上げた。

無駄に贅を尽くしたギラギラな屋敷に、早くも気が滅入りそうになる。この屋敷の人々、本当に性格が悪かったのね......前回はお爺ちゃんが亡くなったショックとかでよく見ていなかったから、改めてみると本当に......無駄だと思えるものばかり。


「まあ、あなたが、シエラお姉さま?」

扉の方から誰かが駆けてくる。背丈的に......リリアだろうか。声もそんな感じだ。金髪に緑色の目で、若草色の品良いワンピースを着ている。

「会えて嬉しいです、シエラお姉さま。これからよろしくお願いしますね!」

誰が見ていないとも限らない庭園だから、リリアはこんな態度なのね。使用人たちもリリアのことをあまりいい目では見ていないようだし。


まあ、いきなり敵対するのも良くないし、ここは礼儀正しくしておこうかしら。目には目を、歯には歯を、猫被りには猫被りを...ってね。

「ええ、よろしくね、リリア。仲良く過ごしましょう。」

微笑むと、リリアの口元が意地悪く歪んだように見えた。きっとこの程度、すぐに下せるとでも思ってるのかしら。......舐めてもらっちゃ、困るんだけど?

「さっ、お父様とお母様に挨拶をしに行きましょう!こちらですよ!」

リリアに手を引かれて、私は応接室へ向かった。


リリアに手を掴まれた時、気持ち悪くて鳥肌が立ったのはここだけの話だ。



「お父様、お母様、シエラお姉さまを連れてまいりました!」

リリアの元気いっぱいな声が響く。あまり教育がなってないのかしら?うーん......2歳しか違わないのになぁ...

「入れ。」

ラードン公爵が返事をし、リリアが扉を開けた。

.........いよいよだ。私は深呼吸をして、ラードン公爵とローレン公爵夫人の待つ部屋へと足を踏み入れる。


.............待て、小物感が半端ないぞ。何故だ。前回はすごい威圧感があってビクビクしてたのに。

「..........初めまして、ラードン公爵様、ローレン公爵夫人様。シエラと申します。宜しくお願い致します。」

カーテシーをして二人を見ると、非常に趣味の悪い恰好をしているのが一目で分かった。

ラードン公爵は紳士服のはずなのに金銀宝石が付きまくっている。生地はいいものなのだろうが......装飾でよく分からない。取り敢えずめちゃくちゃ重そう。

ローレン公爵夫人はドレスがフリルと装飾でごてごてしている。大きなリボンがいくつもドレスにくっついていて、子供が着ていたら多少はましなんだろうな、と思った。当の本人は恐らく40を超えていて、化粧で若く見せているのがよく分かる。その化粧ですら、真っ赤な頬と赤黒い口紅、真っ青なアイシャドウというとても若くは見えないものだ。これで恥ずかしくないのだろうか。手に持っている扇子も扇いだら装飾が取れそうなほどぎっしり宝石やら何やらが付いている。重そう。ついでに頭にも指にも宝石を大量につけていて、お手本の悪女そのものといった感じがする。服装に関しては流石に、リリアを見習えと言ってやりたい。本当に親子なんだろうか。性根の悪さは受け継いだんだろうということは保証できる。......まあ、この世界の価値観だと私の方が悪女に見えるのだが。でも、かなり印象の悪い人物といえるだろう。こんな奴らが社交界でのけ者にされないのは、ひとえにその実績だろう。優秀な魔導士をたくさん輩出しているから、かなり国でも重宝されているし、滅多なことは言えない。それで、増長した公爵と公爵夫人がこうなってるのね......人間性がよくないと、はっきり言ってしまえばいいのに。まあ、評判が下がってしまうから、誰も言えずにいるのだろうけど。


「ふん、あの老いぼれが残した餓鬼か。どうせ無能だろう。」

「全く困ったものねえ。」

二人は私を睨みつけている。ゴミでも見るかのような目だ。まあ、フードを外してこの顔を見たらもっとひどい目つきになるんだろうが。


「........酷い言われようですわね、お爺様は。」

私が声を発せば、それまで二人でこそこそと話し合っていたラードンとローレン(公爵、公爵夫人なんてつけてやる必要はない)が一斉に私の方を向いた。

「特訓の成果を見せてさしあげましょう。」

私はそれまで目深に被っていたフード付きローブを勢いよく脱ぎ捨てる。ローブの下には品のいい白のブラウスに赤色のスカートを着ている。

「っ!」

リリアがはっと息をのんで、おぞましいものを見るような目つきで私を凝視してきた。いや、正確には私の目か。

そしてラードンとローレンは私の姿を見るなり傍らのインク瓶を私の眼目掛けて投げつけてきた。

無論、被ってやる気はないのでパチンと指を鳴らしてインク瓶をラードンとローレンの方に向けてやる。これは指に魔法陣をあらかじめ描く方法で、指を鳴らすと同時に指から魔力を魔法陣に込めることで発動させた。

こんな事になると予期していなかった二人はもろにインクを頭から被り、ご自慢の金髪と贅を尽くしたドレスが真っ黒に染まった。

「この愚図!なんてことを.....!」

「親となる存在だぞ!」

インクを滴らせながら顔を真っ赤にして怒るラードンとローレンを見て、思わず吹き出してしまった。

「お生憎様。私、親なんてものはいなくても一人で生きて行けましてよ。」

口元に手を当てて上品に微笑んで見せる。

「....っ!早く自分の部屋に行け!」

ラードンが机をバンと叩いて言ってきた。鍵を投げて寄越すと、使用人たちに命令したようで、部屋にいた全員が私を突き飛ばして部屋の外へ追いやった。

「....ふうん。まあ、いいわ。自分の部屋に行きましょう。」

鍵には「物置」と記されている。

「そんなところで満足すると思ってるの?」

あいつらの馬鹿さ加減はいっそ可愛らしい程だ。くくくと笑うと、またパチンと指を鳴らして「林檎の部屋」と入れ替えた。因みに林檎の部屋はリリアの部屋のことだ。この部屋は魔力の多さで主人を決める。今のところリリアがこの家で一番魔力が高かったからこの部屋を使っているのだろうけど......私が来たんだから、譲ってもらわないとね。

パチンと指を鳴らして林檎の部屋の前に立つ。ドアを押し開き、一歩踏み入れると、部屋の空気が変わった。

正面の壁にある肖像画がリリアから私の絵に変わって行く。

私は今、この部屋の主となったのだ。


部屋を見回すと、ピンクで溢れた何ともファンシーな部屋だった。フリルのつきまくった家具に、数えきれないほどのぬいぐるみ。そこら中にお菓子の入った箱やガラスジャーがある。こういうのは好みじゃない。理想の部屋を思い描くとその通りに部屋が変形していく。


現れたのは白と青を基調とした清潔な部屋。広いベッドとデスク、小さめのクローゼットと鏡台に、手洗い場、水洗トイレ、簡単なキッチンまでついている部屋。引きこもれる。

ついでに私と私の許可した人しか入れない様にしておこう。リリアに押し入られたら困るからね。

いや、それよりもっと面白いことにしようか。

清潔なベットにぼふんと沈みながら、私はこれからの計画を立て始めた。


*(リリア視点)


「お父様、お母様、大丈夫ですか?!」

あのよく分からない悪魔が........母と父の服と髪を汚した......もうあの服は着れないわね......私が大きくなったら譲ってもらおうと思ってたのに、残念だわ。

それにしても、どうやってあの悪魔を追い出そうかしら。嫌がらせをして追い詰めればいいわよね。

「リリア、リリアや。」

父が優しい声で話しかけてきた。考え事してたのに、話しかけるなよ。

「後片付けは私たちがやっておくから、お前は先に部屋に戻りなさい。なあに、あの悪魔は地下の物置を部屋にしたからね。心配はいらないよ」

「はい、お父様。」

まあ、早速地下の物置行き?なんて惨めで汚いの!嬉しいわ。お父様も私と同じ考えだったのね。

ふふ、私には林檎の部屋だっていうのに、本当にかわいそう!

そう思って鍵を見た。すると......

「え....?」

鍵には「物置」と記されている。

「キャアッ!」

思わず鍵を落としてしまった。薄汚れた使用人や悪魔が持っていたものが私の懐に......汚くて仕方が無い!今すぐ洗わないといけないじゃない!

「どうしたのリリア!何かあったの?」

インクまみれの母親が駆け寄ってくる。きつい香水の匂いがして、顔をしかめそうになるのをどうにか堪える。

「お母様、私の部屋の鍵が......物置の鍵に......!」

「まあ!なんてこと!あの悪魔の仕業かしら?!リリアになんてことをしてくれるのよ!」

「今すぐ罰を与えなければいけない!」

両親が顔を真っ赤にして怒っている。あーあ、お姉さま、終わったわね。ふふふっ。


後でどうなったか聞いておかないと。父母はどうするかしら?顔を焼いたり、目をくり抜いたりはするのかしら?

「お父様、お母様、私は先に戻っておきます。では失礼しました。」

「ああ、しっかり休むんだよ、リリア。」

ハートが付きそうなほど甘い声で話しかけてくる父を尻目に、私は廊下に出た。

取り敢えず部屋に戻ったらお姉さまが部屋に入れない様にして......作戦を考えるのはそれからよね。甘いものを食べて頭を働かせないと。


扉の前に着いた時、違和感に気付いた。

「扉の色が....」

私は扉の色はピンクに設定した。なのに、なのに....扉が青色に染まっている.....


「っ誰よ!私の部屋を使っているのはッ!」

勢いよくドアを開けると、ベッドに人影が見えた。

近づいてみると、姿がよく分かる。


「......だれ.....?」

短髪の少年で、漆黒の髪と紺色よりやや明るい色の瞳を持っている。

(.....か、カッコいい...!)

私の好みドストライク!もしかして、私が可愛過ぎて部屋に入ってきちゃったの?

「やあ、勝手に入ってしまって申し訳ない。」

低めな声が話しかけてきた。少年は立ち上がって私の方に歩み寄ってくる。

触れられるほどの距離になって、少年の美貌がより分かった。

まるで人形のような整った顔立ち。凛とした目元が素敵だ。


「美しい姫君が窓から見えたので入ってみたら、なんだかよく分からないうちにこうなってしまったようです。これはどうやって戻したらいいのでしょうか?」

首を傾げて聞いてくる少年に、もうメロメロ!

ありがとうございます、神様!

「部屋があなたを主だと認めたのですね。私より強い魔力をお持ちなんですね....!残念ながら、これはあなたより魔力の高いものが入ってこないと元には戻せません。私はこのままでも大丈夫ですよ。」

私が微笑んで言うと、少年はほっとしたように息をついて、それからにっこりと笑いかけてきた。

「よかった。にしても肖像画だけ、どうにかならないでしょうか?私が主ということが見え見えではないですか。」

「なら、肖像画が他の人に見えないように指定すればいいのですよ。第一、私の部屋には誰も入りませんし。」

「では、そうさせてもらいます。」

少年は一つ頷いて、目を伏せた。

しばらくするうちに、肖像画が消え失せてしまった。ああ、私も姿を見たかったから残しても大丈夫なよう言っておくべきだった。後悔の念が襲ってきた。

「もう存在そのものを消してしまうことにしました。私からも肖像画は見えない。これでいいでしょう。」

少年はバルコニーの方に歩いていき、手摺りに手をかけ、飛び乗った。

「も、もう行ってしまわれるので?」

思わず引き留めると、少年は軽く笑った。沈みかけの太陽がちょうど後ろにあり、妖艶で素敵な微笑みに見えた。

「また来ますよ。第一、こんなに素敵な姫君を放っておけるわけがないではありませんか。」

少年も軽く頬を染めている。思いは同じなのだと分かり、嬉しくなった。

「あ、このことは内密にお願いします。淑女の部屋に無断で入ったなどと知られたら...父上にこっぴどく叱られてしまうので。」

それでは、明日の夜12時に会いましょう、といって、少年は飛び降りていった。

「あ、名前...聞いてない...」

バルコニーまで駆けていき、下の方を見下ろしたが何も見えない。

ふと、手摺りに何か文字が刻まれているのが見えた。

「私の名前はクロードです」

読み終わると同時に、刻まれた文字は消え去った。私は文字のあったところをじっと見つめる。


「......クロード......」

私は、姿と名前しか知らぬ彼に、想いを馳せた。


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