侵略者
王の計略に乗ってやるのは不愉快ではあるが、いたしかたない。ロゼは王の方に顔を向け、こう言った。
「王様、ならば、私の答えは一つだと、お分かりになっていますよね? 王様には、王としてのお立場があらせられる。自らの判断でリバに手を貸したとあらば、後々、オステンと面倒ごとがあるかもしれない。ですが、私の我儘ならば『問題ない』そうお考えですね?」
「さぁ、どうかな? だが、ロゼ殿のたっての申し出、断るわけにもいかぬな」
「はい、どうしてもと仰るのなら、王様を殺してでも行かせていただきます」
そう、ロゼにとっての判断基準、その全ては民の幸福だ。だが、決して彼女は博愛主義者ではない、自らシナリオを描き聖母を演じきるつもりでいるのだ。自分を、自身を、騙さなれば、その運命を受け入れることができぬのだ。
「ロゼ殿のご厚情、篤く御礼申し上げます。リバの国民に成り変わり、この通りでございます」
勇者パーティ一同、片膝を突き、ロゼに向かって叩頭した。
「ロゼ殿、戦となれば、多数の敵兵を殺すことになるが、よいのか?」
今更、王が私への気遣い? ロゼは苛立ちを覚えた。彼女から見れば、イーサ王は、彼女の運命を決めている張本人であり、好ましい存在であるはずがない。
王は、彼女に対し「全ては国のため、国民のため」と幼いころから教育はしてきたが、洗脳などという、倫理に悖る行為を行なってはいない。
すなわち、ロゼが今、自らを犠牲してでも五百万の民を守ると決意しているのは、彼女の意思であるともいえるのだ。
とはいえ、彼は王として国を守る責務があり、彼女に国の安寧のために捧げられる生贄となることを強要するしかない。中途半端なお為ごかしは、ロゼの反感を買うだけだろう。
二人の複雑な心模様、ロゼも自身のなんたるかを見極めきれていない。ましてや、王の衷心など気付くはずもないだろう。
「まもなく、私も十五歳、全て、全ての覚悟はできております。リバ五百万の民のため、オステンの五万を殺す、その程度の正義を成せずして、この運命を乗り越えることなど、できません」
目隠しをしていても矢のような眼光が王を射抜くのが分かる。王はその視線から逃れるようにロゼから顔を背けた。
「ロゼ殿の決意あい分かった。だが、勇者殿、この取引、少々、不公平だとは思わぬか?」
この点もさすがといえばそうだろう。このタイミングでイーサ王は老獪極まる駆け引きを持ちかけた。
「私の権限で、リバ王に無心できるのは、金貨一千枚ほど」
この世界の物価、ものの価値は、地球とはずいぶんと異なっている。一般に衣食住に関わる日常雑貨は、魔法がある分安価といえる。だが、風邪薬など意外なものが二十一世紀の常識を逸脱するぐらい高い場合もある。
であるから、あくまで目安として、無理やりに円換算すると金貨一枚は約十万円だ。従って、一千枚といえば、一億円くらいになるだろう。
「ま、あのリバの王、ケチで有名だからな」
他国の王をケチ呼ばわりして苦笑するイーサ王もイーサ王だが、リバの王も、なかなかの曲者だ。日本流に言えば小早川秀秋、内股膏薬などと揶揄されながらも、器用に立ち回って自国の利益に繋げる。
彼の先祖が作った、魔族との決闘システム、ここしばらくは勇者勝利により、利権はリバの総取りであるはずだが、適当に目溢しをして魔族の国への利益供与を図かっている。
その対価として、強国オステンとの干渉域の役割を担ってもらうよう裏交渉し、なんとか自国への侵略を防いでいた。
だが、新魔王ルドラ・アル・ミュラードは、そう簡単に丸め込まれるような玉ではなかった、ということだ。
魔王・勇者決闘システムが確立されて以降、何百年もの間、彼の国が宣言していた中立不可侵を、あっさり破り、オステンと共闘したのだ。オステン軍の自国通過、さらには、後方支援まで買って出てしまっている。
見返りはもちろん魔の森だ。オステンがリバの侵略に成功した暁には、その永続的な利権を得る、ということになっているようだ。
この魔族の裏切りに、リバ王は頭を抱えた。もともと、政治的な策謀のみで国を運営してきた彼は戦時における指揮など全くの素人、武から逃げ続けたきた人物なのだ。
他方、武に優れた勇者、軍に属さず常日頃は冒険者として暮らしているのには、もう一つ理由がある。勇者は人族、ホモサピエンスには違いないが、その強さは人の域を遥かに超えている。
国という組織の権力構造を考えるに、ここまで特別な人物を政に組み込めば、そのハイアラーキーを乱してしまう。であるが故に、勇者は、政治に関わらない、という原理原則がリバにはあった。
しかし、カロブレフがあっさり陥落してしまうのを指を咥えて見ているしかなかったリバ王は、結局、勇者に頼るしかなくなり、今に至っている。