アガーテ
「やぁ、アガーテ姉さんじゃないか、お久しぶり」
「って、血の海で、寝てるヤツの言い草かい!」
ドロシー、ダンピールである彼女の生命力は、人の領域を遥かに超えている。だが、それだけでもないだろう、ニールの剣技は、わざと急所を外し彼女を斬ったに違いない。
「ああ、僕、化け物だからね。あのー、できればさ、まだ死にたくないんだ、すまないが、助けてくれるかな?」
「もちろんよ、ちょっと待ってね」
アガーテはポシェットから毒消しのポーションを取り出した。ドロシーの背中の傷に手荒く振り撒く。
「イ、イタタタタタタ」
「世界一の武闘家が、なんてなさけない悲鳴を上げるのよ」
「痛いものは、痛い」
そう、治癒魔法を掛ける前に、殺菌、病原菌を殺しておかなければ、傷は塞がっても敗血症になる恐れがある。
「川よ、水の精霊よ、その慈愛をもって、この者の傷を癒せ、ヒール」
ざっくり開いていた背中の刀疵はもちろん、その衣服までみるみる元に戻って行く。アガーテはとても優秀なヒーラーだ。
「さすがに、ザックリ行かれた背中には傷跡が残るかもね」
「いいさ、しとしい人に刻まれた傷だもの」
「はい、はい、これも飲んどいてね」
アガーテは丸薬タイプの抗細菌薬をドロシーに渡した。
「ニ、ガァァア」
「文句ばっかり言わないの。でも、ドロシー、なんだか、サバサバ、してるわね」
「吹っ切れたよ、長年抱えて来た、もやもやを晴らし、告白できたしね。『ごめんなさい』代わりにバッサリ斬られたのだけれど」
ニールとの関係が、吹っ切れたというのは本音だろが、不慮の事故とはいえ、彼女はトーネードも殺している、重い後悔を抱えて、なお、平静を装えるドロシー。彼女の胆力は特別性ということだろう。
母への悔恨、ドロシー心は十歳の頃からずっと血を流し続けている。それでも、彼女は生きてきた。
ロゼやニールとはモノが違う、彼女は筋金入りなのだ。心というのはとても不思議だ、古傷を持つ人の方が圧倒的に強い。自らがポジティブに生きること、それこそが死者に対する最高の手向けだと知っているから。
「ニールは王の部屋に?」
「見ない方がいいと思う。もう、命の気配もない」
そう言いながら、ドロシーは起きあがろうとした。
「さって、逃げますか? まもなく、連合軍が入ってくると思うし。肩貸してくれるかな?」
「え!!! 立てるの」
「アハハ、僕、化け物だっていったじゃないか」
驚くべき回復力、ドロシーは立ち上がり、アガーテの肩に捕まりつつだが、しっかりした足取りで王宮の廊下を進んだ。
「まったく、こんな化け物はいらないって言われちゃった。生きてる僕が死んだロゼに敵わないなんてね」
彼女が地球人なら「死せる孔明生ける仲達を走らす」とでも例えただろうが、そう言ったドロシーの顔が曇った。
「なに? 急に深刻な顔して」
「僕、ロゼが死んだと知った時、ちょっとだけ、嬉しかった。もしかしたら、ニールが振り向いてくれるんじゃないかって。最低だね」
「最低自慢をしたいの? 私だってトーネードが死んでくれてホッとしてるの。絶対に叶わないと知りながらの恋、キツイったら、ありゃしないわ」
「でも、アレは、僕が……」
「あの状況を見れば分かるわよ。どうせ、トーネードが仕組んだ罠でしょ? あなたは正当防衛をしただけ」
「ま、そうなのだけど」
「でも、今、思えば、ドロシーの告白、うまく行きかけてたんじゃないの?」
「うーーん、話が噛み合わない、意味が分からない」
「あら、ドロシーって、容姿の通りのお子ちゃまなの? 恋愛って、男と女とは限らないのよ」
「あああ! なるほど、トーネードは僕に嫉妬して斬りかかったと。でも、それはないかな。ニールを愛していたなら、なおさら、彼は死にたかったのだと思う」
「これからニールは王を殺して自殺すると知っていた。だから、自分は殉死、心中を選んだってこと? 人の気も知らないで、アン畜生、心満ちて死んだんだろうなぁ」
「かもね。男は女々しく恋に死に、女は図太く使命に生きる。ねぇ、アガーテ、どうせ行くところ、ないんでしょ? 魔族の国に亡命しない? 君にお願いしたい事もあるのだけど」
「やっぱり、あなたには、そういう顔が似合うわよドロシー」
「前を向かないと生きていけないだけ、振り返った瞬間、僕は死ぬと思う」
「いずれにしても、罪深き乙女同盟、入会することにするわ」
「じゃ、交渉成立! あのね、笑わないで聞いて。僕、人族と魔族が共生する世界を作りたい」
「って、笑わないけど、とても遠大な計画に聞こえるわ」
「ひとまずは、魔王始め、魔族重鎮の説得からだけどね」
「もはや、恋は捨てた身、どうしてもやりたいことなんてないし、ドロシーの半分もないけれど、寿命の限り付き合うわ」
「ありがとう」
二人は王宮の一階から裏庭に出て、出口、ドロシーが穴を開けやすい場所という意味だが、を探していた。
「あれ? ここ開いてる」
「あら、御誂え向きの非常口じゃない!」
王の側近を逃した際、ローレンスは誰かが使うと予期していたのだろうか、秘密の出口を開けたままにしていたらしい。
秘密の出口から出た二人は、召喚獣を呼んでこれに跨った。アガーテの召喚獣はヴァイスヴィント、白毛でサラブレッドのように立派な馬だ。もちろん、ユニコーンなので額に角は付いているが。ドロシーのブラウハーゼと轡を並べ間道を行く。
「いつ見ても、凄い召喚獣ね」
「ロゼのヴァイスハーゼは、真っ白で、もっと大きかったんだよ」
「へーー、見てみたかったな」
「うん、なかなかの見ものだったかも、あーー、やっぱり思っちゃうな、最後まで彼女には勝てなかったって……」
そして、二匹の召喚獣と罪深き乙女二人は、何処へともなく消えた。




