ニールとドロシー、そして……
ガツガツ
蹄の音がも高らかにローレンスの軍馬は地を蹴って進む、他方、ラミウスの黒豹は音もなく駆ける。
勝負は刹那の時、ローレンスの必殺の一突きが、ラミウスの胸を捉えた! と見えたのは幻影、いや違う、黒い騎士の有り得ぬ動きの速さ、ローレンスはその残像を突いてしまった。
流れる槍、体勢が崩れるローレンス、この好機を見逃すラミウスではない、黒豹は宙を舞い瞬時に反転したかと思えば、ローレンスの目の前に迫る、ラミウスの長槍は深々と彼の胸を刺し貫いていた。
グブ!
「お、お見事」
吐血するローレンス、アイゼンヘルツは光の泡となって消え、彼は落馬した。薄れ行く意識の中、ローレンスの手はしっかと肩のハンカチを掴む。黒いハンカチは、今、朱に染まった。
「ア、アンジュ殿、今、お側に参ります……」
ローレンスは最期に、そう小さく呟いて果てた。濃厚な血の臭いに混じり、裏庭の薔薇園、満開の薔薇の香が漂ってくるようだ。
今は初夏、その昔、舞台の幕は開き、上手から下手から溌剌とした役者たちが、舞台に上がった季節。
All the world’s a stage, And all the men and women merely players.
は、こう続く。
They have their exits and their entrances.
役者は舞台に登場し、そして退場していく。今、名脇役が一人下手にハケ、今度は、この物語の主役が上手から現れた。
イーサの王宮の金箔と鏡で光輝くような無人の回廊を男が行く。宮殿には、王ランドルフ・アウエンミュラーただ一人。
彼もおそらくローレンスの気遣いを察していただろう、自からの命と引き換えに敵軍との停戦を「勝ち取った」ことを。だが、イーサ王、それでも居室に残り勇者ニールを待っていた。
階段を上り最上階に着いたニール、この廊下の先が王の間だ。
「来ると思っていたよ」
「ドロシー! なぜ、こんなところに」
「何を言ってるのかな、君の行動などお見通しだよ。これ以上、君に悔悟を残させないため、僕はここにいる」
「どういう意味だ?」
「大将同士の一騎打ちにより、この戦はオステン・魔族連合軍の勝利が決まった。すなわち、停戦がなされたってこと。いい、これは罠だよ。オステン皇帝は用済みになった君に、戦時法違反、軍機違反の罪を着せ処断する魂胆、そんなこと分かってるだろ?」
ニールがオステンに協力する見返りとして、彼はイーサ王への仇討ち、自分の手でランドルフの首級を上げることを望んだ。
勇者の申し出を了承したオステン皇帝・フォルセイス・マスリュコフの意を受け、連合軍は王宮を包囲したまま中に入らず、ニールに時間を与えた。だが、それは狡猾なオステン皇帝の罠だというのだ。
「ああ、だとしても、ロゼを失った俺には、もはやイーサ王の首以外、何も見えていないんだ!!! なぁ、ドロシー、惨めなかつての仲間を憐れんで、道を開けてくれないか?」
「どくわけないだろ? 君は惨めなんかじゃない、今はロゼを失ったショックで、我を忘れているだけだ。いいかい、何度も言う、イーサ王を殺したところでロゼは生き返らない! 復讐なんて人類史上、最も非生産的な行為だろ? 何も生まず、ただ、ただ、虚しいだけ」
「君に言われずとも分かっている。だが、だけど、もはや俺は生ける屍だ。あらかじめ決められた、復讐というたった一つの命令に従い動くオートマタに成り下がった」
「ならば! 僕が君に、生きる意味をあげる! 君に命を救われた十年以上前から、ずっと、ずっと、君のことが好きだった。仲間としてではなく、一人の女としてね」
「ドロシー、こんなところで、何を言い出すんだ」
「何をって、一世一代の告白じゃないか。僕はロゼのように器量好しじゃない、だけど、今、現世に生きる、全ての生物の中で、僕が一番、君を愛している。お願いニール、僕のために生きて」
ドロシーは、校舎の裏で初恋の相手に思いの丈を述べる女学生のよう、耳まで赤く染め右手を差し出した。
「インビンシブル!」
「それが君の答えなんだね」
「ああ、君の友情には感謝しているよ、ありがとう。だけど、俺の決意は変わらない」
「ドーピング!」
あえて「友情」と言葉を濁したニール、俯き加減にこれを聞いたドロシーは、唇を引き結び眦を上げて、フォービドゥン・アビリティで「ごめんなさい」に答えた。
「知っているだろ? インビンの持続時間は一分、対して僕のは三分、すでに勝負はついている。だから、無駄な争いは、やめよう」
そう言ったドロシーは背後に殺気を感じた。彼女の勘の鋭さは超一流、人がそう簡単に忍び寄れるものではないのだが……。
すでにドロシーはフォービドゥン・アビリティを発動してしまっている。すなわち、彼女の素早さは平常の十倍、感じた瞬間に反応することができる。ドロシーは振り向きもせず、裏拳で暗殺者の顔を殴り付けた。
当然、彼女のパンチ力も普段の十倍、背後から襲った卑怯者は頭蓋骨を砕かれ絶命した。次の瞬間、ちらと背後を見たドロシーは、今、自分が誰を殺したのか? に気が付いてしまった。
「ト、トーネード!」
後知恵だ! だけど!! 考えてみれば自明だった。ドロシーのバックを取る? そんなことは不可能だ、トーネードのフォービドゥン・アビリティ、全ての気配を消すハイド以外では。




