ドロシーの気遣い
ミシュラ・ワハームの村民たちは、街の外れにある仮設住宅に収容されていた。他民族を受け入れ繁栄する、歴代魔王の方針を継承するルドラの方針は明確だ。
各地で起こる種族間の抗争によって出た難民も、積極的に受け入れている。百人程度を収容する施設なら、常設しているらしい。
魔王城を出た二人は仮設住宅に着いた。
「村長、アンナ、ありがうございます」
「いえいえ」
「おお、これは、ドロシーさん、この度は数々の配慮ありがとうございます」
「ウィル、いい子にしてたか」
「うん! ママは?」
「あのなぁ、お前のお母さん、故あって、遠いところに行ってしまったんだ」
「なに、どうして? ママ、ママ、ママに会いたい」
ニールは黙ってウィルを抱きしめた。彼はまだ二歳、死というものを理解するには幼過ぎる。いや、むしろその方がいいのかもしれない。母を亡くした衝撃を夢の中の出来事と感じてくれるだろう。
「ニ、ニール殿、今、なんと!!」
「ま、まさか……」
ニールはロゼ自殺の経緯、魔王との会談について説明した。言葉もない村長エーリヒとアンナに、ドロシーは、
「まもなく準備ができます。昼食を済ませて、みなさんも、ロゼの『葬儀』に参列していただけますか?」
「もちろんです」
「ウィルは、この、おばあちゃんが、面倒みますよ。ね……」
ウィルはアンナによく懐いている。幼くとも、ウィル、漠とした寂寥感があるのだろう、アンナのエプロンに纏わり付いた。
五人がアンナが作ってくれた昼食を食べ終わった頃、仮設住宅の前に地球で言えばワンボックスカーが横付けされた。
「これも、オステンの技術なのか?」
ニール、ウィルの顔を見て以降、少しだけだが気力が戻って来たようだ。
「うん、あの車輪、触ってみて」
「おおお!! なるほど、オステンの技術は、すごいな」
タイヤだ。オステンは魔法世界にあって、工業技術を発展させ、魔法文明と物質文明の融合、ハイブリッド化を進めている。
「彼らとの交易で、魔族の国は、ずいぶんと発展した。だけど、彼らの高い技術力は、要注意ということでもあるんだよ」
ニールは思う、こんな国と戦争をして勝てるはずがない、あの時だって、ロゼの絶対的な魔法があったから、なんとかなっただけだ。もし、オステン皇帝がロゼの死を知ったら、もはや、リバ、イーサの命運は尽きた、ということだろう。
だが、そもそも、ロゼにこのような運命を与えたのはイーサ王の方針であることは明白だ。そうだ、イーサ王ランドルフこそが悲劇の元凶ではないか?
ロゼを失った空虚から、ウィルの姿を見て、思考回路が働き出したニール。だが、ニールにとってロゼへの愛はあまりにの大き過ぎた。愛は、ともすれば依存に繋がる。これを失った空洞は、子供の成長を見守るだけでは、とても埋まらない。
ニールの本来、宏大であるべき愛は、その対象が喪失することで、黒く禍々しい呪いに変わっていった。
ちなみに、彼の聖剣、アメノハバキリ、こことは違う異世界、地球ではスサノオがヤマタノオロチを退治した神剣の名だ。偶然の一致か、はたまた神の悪戯か、彼の心の中で荒ぶる神の封印が解かれてしまったようだ。
そう、復讐という名の狂気は、ゆっくりと、しかし確実にニールを侵食して行った。
「さ、乗ってください。明日の朝には、検問所のところに着けると思いますから」
ドロシーの先導で、ニール、ウィル、村長、アンナが席に着いた。この車は十人乗り。向かい合わせの四人用ボックス席が二つと、運転席の隣には運転助手用の席がある。
終夜交代で運行するため、ゴブリンの運転手が二人乗っていた。運転といっても、この世界の車は自動運転だ。運転手は山道などでの思わぬ事故に備えた保険といった位置付けのようだ。
後ろのシートには女性の鳥翼人が二人乗っていた。
「ナオミといいます」「リオです」
黒い衣服を着ているということは、二人とも葬儀社の者なのだろう。ドロシーが鳥翼人の送り人を探して来た、ということらしい。
「じゃ、運転手さん、お願い」
「はい」
「ああ、僕、お姉ちゃんのところがいい」
ウィルはアンナの膝から向かい側に座っているドロシーの膝に潜り込んで来た。
「お姉ちゃんって……。なんだよ、コイツ。そうかい、僕が、いいかい。母さんの代わりにはならないけどね」
ドロシーは和かに笑ってウィルを抱きしめ、そして涙した。
ワンボックスカーは夜通し走り、翌朝、検問所に到着した。空は雲ひとつない秋晴れ、コナラ、ブナ、カエデ、遠く見える山並みは、みごとな紅葉のグラデーションに彩られていた。
「ここからは歩きとなりますが、村長さん、大丈夫ですか?」
「何を言う、まだまだ耄碌してなど……」
「じゃ、ウィルは僕がおんぶしていくから。いいかな?」
「ワーーイイ、お姉ちゃんと一緒だ」
子供と接した機会など、ほとんどないドロシー、どう扱っていいのか戸惑いもある。だが、なぜだろう、ウィルは何かを感じているのかもしれない。不思議と彼女に甘えてくる。




