魔王の怒り
彼女としても想定がの事態だったのだろう。ニールの報告を受けた魔王は一瞬、言葉を失ったが……。
「な、なんじゃと!!!!!!」
先ほどの紳士的な態度はどこへやら、頬を真っ赤にして、勇者ニールを怒鳴りつけた。
魔王はとても明敏な頭脳の持ち主だ。一を聞いて十を知るタイプと言えばいいだろうか。ドロシーから又聞きの情報しか得ていないはずなのに、ロゼの自死、ただそれを聞いただけで、その背景を見抜いたらしい。
「ニール!! き、貴様、なんということをしてくれた! いいか、分かっておるのか!! ロゼは、いくつじゃった?」
「誕生日の前ですから、十八歳だったかと」
「まだ、十代の小娘なのじゃぞ、ロゼは。利発ではあったのだろうが、まだまだ、子供じゃ。聞けば、お主ら子供ができたそうだな。自らの子が交渉カード、その切り札だ、などと、彼女が発想するには若すぎる」
「はい」
剣幕に押されている風でもなく、ただ淡々と質問に答えるニール。
「魔族の国に寝返るとブラフを掛け、お主にかかった罪への恩赦、そして、イーサ、リバ両国に対し、公式に二人の婚姻を認めさせる。その程度の駆け引き、お主も考えておったじゃろう」
おそらくこれは、ニール、ロゼに対し魔王が準備していた交渉カードなのだろう。魔族の国にとってブラディローズというこの世界最強の武力と友誼を結べるのは、とてもありがたいことだ。その目論見が外れた苛立ちも、魔王の怒りに含まれているに違いない。
「選択肢の一つとまでは、考えておりましたが……」
「ロゼには説明せなんだ、そういうことじゃな?」
「はい」
「ロゼはドロシーから聞くところによると、心根の優しい子であったらしい、ならば、自身の存在が夫を国から追われるお尋ね者にした、と自らを責めるじゃろ?」
魔王、ドロシーに似て、実は、とても心優しい女性なのかもしれない。掴みかからんばかりに、ニールを詰問するその目から、涙が溢れている。
「イーサの民のため自己犠牲を厭わぬと思い続けてきたロゼ、そのような高潔な者が、そんな発想に至れば、先にあるのは自死と思わなんだのか、なぜじゃ、なぜじゃ!!!」
ニールにしてみれば、ウィルをカードとしての交渉、ロゼには少々言いづらく、説明を先延ばしにしていた。そして、彼はアンジュの手紙の後段を知らない、彼女がここまで思い詰めていようとは、考えていなかったのだろう。
一方、魔王ルドラはドロシーからロゼのことをよく聞いていた。上から目線と言うなかれ「惻隠の心は仁の端なり」である。魔王は国益にかなう使える駒と見做してはいたものの、心からロゼにシンパシーを感じ会えるのを楽しみしていたのだ。
そんな背景もあり、彼女は激情に駆られ、ニールを責めてしまったが、誰が悪いわけでもない、『ロミオとジュリエット』のように、たった一通の手紙が届かない、ただ、それだけで起きる悲劇もあるということだ。
言いたいことは言った、激情が収まり冷静さを取り戻した魔王は、
「すまぬ。少々興奮し過ぎたようじゃ。一番、辛いのはニール殿自身じゃったのぉ〜 失礼の段、平にご容赦願いたい」
「いえ、全ては、私の不徳の致すところ。魔王様のロゼへのお気持ち、むしろ、ありがたく、彼女に成り変わり、心より御礼申し上げます」
「いずれにせよ、ロゼ殿の死は秘すとして、現実問題を考えねばのぅ〜 彼女の葬儀はいかがいたす? 崖下に落ちたということじゃが」
「それは、僕に考えがあります。手配をしてニールと二人、ロゼを埋葬いたします、その後、再び戻りますので、これからのことは、その時に」
「うむ、まさに、死んだ子の年を数えても、今更、どうにもなるまい。本件、了承した。ロゼ殿を、ねんごろに葬ってやってくれ」
「ありがとうございます」
やはり気のない返事、魂のないニールの言葉に、魔王は続けた、
「よいか、勇者ニールよ、ことの次第はさておき、ロゼはお前たちを守ろうとして死んだ。その死を夢々無駄にするではないぞ」
会議室にドロシーは、官吏を呼びあれこれ手配をした後、
「ひとまず、村民のところへ行こう、ウィルのことも気になるからね」
「あっ、そうだった、ウィル」
そういうものなのかもしれない。妻が死んだショックは夫にとって、その愛の大きさに比例? いや、二乗、三乗、指数関数級の衝撃があるということだろう。
そして、あの『CL●NNAD』岡●朋也のように、あまりのことに抜け殻となり果て、愛する子供を顧みることすら忘れる。それは、妻を愛し過ぎた男性の業というものかもしれない。




