魔都
短期間で魔族幹部として押しも押されぬ地位を獲得したドロシー、そのフランクさも一般魔族から親しまれる所以だ。ドロシーは親密な相手に接するような口調で、ゴブリンの顔役に語りかけた。
「事情は話せないのだけど、この人族と二人、急ぐ旅でね。夜通し駆けてきたから、少し休みたいと思っているところなんだ」
「おお、なら、オラの家の客間で休んでいくといい、この村に宿屋はないですからね」
「いいのかい?」
「ああ、自己紹介が遅れたが、オラはこの村の村長を務める、リカルデと申します」
「ニールと申します。かたじけない」
ニール、一応返事はするのだが、どうもいけない。魂が抜けたよう、空虚な声音だ。
「ありがとう、では、お言葉に甘えて」
「いやいや、あのドロシー様をお泊めしたなんて、末代までの栄誉となります」
「いくらなんでも、大袈裟じゃない? 僕、放浪の絵師じゃないからね。色紙とか描けないよ」
もちろん、ドロシーは山下清を知らないが、この世界にも旅をする絵描きはいるのだろう。
「あはは、そんなこと、お気になさらずに」
二人は村長の家に案内された。木造平屋建ての農家といった佇まいだが、相当に広い、瓦葺の屋根が急勾配になっているのは、山沿いのこのあたり、冬には積雪があるからだろう。
案内されたリビングは長年使われ、磨かれ続けた風格のある板の間だ。今は火の入っていない囲炉裏を囲むように、座布団を敷き、床に直接座る日本式、慣れないニールにドロシーは胡座を伝授した。
「さ、ありあわせですが、どうぞ。お食事が済んだら、奥の間に布団を敷いておきましたので、お休みください」
出てきた食事は、白飯、生卵、鮎の塩焼き、山菜の漬物、といったメニューに緑茶が付く。生卵は初めてのニールに、ドロシーは甲斐甲斐しく食べ方を教えた。
「そう、そう、箸で混ぜて、この黒いやつ、ソイソースを入れてね。ご飯に掛けると美味しいよ」
「ああ」
ドロシーにしても親友であるロゼの死は大きなショックだが、ニールのありようは尋常ではなく、心の病を得てしまったかのような無気力さだ。
なんとか盛り立てようと明るく振る舞う自分が道化のように思えてしまう、ドロシー。だけど、ニールは、せめて彼だけは、救わないと……。
召喚獣を駆けさせ魔力の大半を消費した、その上で暖かい食事で腹が満たされる。二人は客間の布団に潜り込むや否や、深い眠りに落ちてしまった。
目が覚めたら夕暮れとなっていることに、気付いたドロシー、隣ではまだニールが寝息を立てている。彼は、精神的なショックに加え、村の者を誘導して来た疲れもあるだろう。
一瞬、起こすのを戸惑ったドロシーだが、彼と魔王との面会を早急にセットし、ロゼの死に対する善後策を考えるべきだ。
「善後策? まったく! 僕はいつから政治家になった?」
思わず独り言が口を衝く。だが、ロゼの死は大きな戦争に繋がる恐れもある。ニールのケアも大事だが、またぞろ侵略行為が起きてしまい、何万もの人死を出すわけにはいかない、と自分に言い聞かせるドロシー。
「ニール、ニール、行くよ」
ドロシーは優しく、勇者の肩をゆすった。
「あ、ああ」
寝起きとはいえ、ニールはやはり空虚な返事をした。
夜行となってしまったが、再び二人は轡を並べ先を急ぐ。魔の森を超え、魔族領に入ったあたりから、周辺にいる魔獣は徐々に弱くなっていく、RPG流にいえば低レベル帯地域となる。
ブラウハーゼ、ロートハーゼを並べていれば、寄ってくる魔獣などいない。二人は順調に距離を稼ぎ、翌朝には魔都・クトゥル・オル・ナドリクに到着した。
魔王の居城があり、魔族の国の首都でもあるので「魔都」という表現をしたが、ここは、おどろおどろしい気配漂う場所ではない。人族のそれと変わらぬ普通の大都会だ。
この世界屈指の強兵揃えた魔族軍の威光により、魔都が侵略を受けたことなどない。だからだろう、この街に城壁は存在しない。道は碁盤の目に整備され、ゴシック風の建物が整然と並んでいた。
道路も綺麗に舗装されている。おそらく何かの魔法だろう、正確過ぎる正方形にカットされた敷石がびっしりと敷き詰められたメインストリートの幅員は片側二車線、馬車二台が行き交える広さがある。街路樹には、銀杏、ポプラ、アカシアと広葉樹が多く、秋の紅葉が美しい。
二人は召喚獣に騎乗したまま、街の中心にある魔王城を目指す。ここからでも見える魔王の居城は、空色のドームに白い壁、四本の尖塔がこれを囲んでいた。地球の都市にたとえれば、トルコ、イスタンブールのアヤソフィアといった佇まいだ。
メインストリートから周りを見渡せば、服屋、宝石屋、銀行、魔道具屋に混じって、歩道にテントを貼って屋台も並んでいる。野菜、果物、肉、魚、食料品や日々の雑貨、売っているものは、やはり人族の街と変わらない。




