ロゼの迷い
ロゼはリュックを背負い、辛子色のパンツにオフホワイトのチュニック。動きやすいよう、長い髪はポニーテールに纏めた。汗をかくのでメイクは最低限、アイメイクとピンク系のチーク、リップといったところだ。
村長の家を出て北、魔族の国クトゥル・アル・シュタールへ向かう道を少し歩く。まだ暗いが、ロゼの鋭い視力では、トウヒの木に混じって、ブナやナラが見事な紅葉を見せているのが分かる。迫り来る冬の気配、もう木々を渡る風は冷たさを感じる、だがそれが、どこか心地よい。
「ここまで来ればいいわね」
ロゼは魔獣寄せの香、蚊取り線香に火を付け腰に吊るした。
グロロロロ
香の効果は敵面、すぐに、狼型魔獣の群れがロゼを襲うが、彼女に飛びかかった瞬間、黒い霧、黒より黒い漆黒の霧、ロゼの魔法、その呪いに包まれ砂と化す。
「剣は抜かない方が楽かな、魔力の心配もないようだし」
実は、ロゼ、こんなにも沢山の敵に襲われるなどという経験をしていない。自らの魔法がどこまで有効で、その魔力消費がどの程度なのかは十分に把握していなかった、ということでもある。
ニールや村長には、「大船に乗った気でいてくれ」などと、強がりを言っていたものの、不安がなかったといえば嘘になる。
「よし、これなら行ける!」
ロゼは急ぎ過ぎず、早足で林道を進んだ。熊、鹿、猿、鳥、大蜥蜴、蛇、数々の魔獣が襲ってきたが、ロゼの敵ではない、あっさり、滅びの砂となってその場に堆積した。
村と魔族国の国境は、この林道、急な登りが二十キロほど続くが、ゆっくり歩いても十時間程度で到着する距離だ。ロゼはその半分くらいの時間で、終点、魔族の国境検問所が見える場所に到達した。
だが、彼女は、魔獣狩りをこれで終わる気はなかった。林道周辺を「掃除」しても、周りの森から魔獣がやってくるかもしれない。彼女は、森の中を東へ西へ縫うようにして、村方向に戻るルートをとった。
残り少なくなった「蚊取り線香」を新しいものに替えたロゼは、左に道を折れ、森の中を下る。いる、やはりいる。香に引き寄せられ、林道に出てきた魔獣は退治したが、森の奥に潜むものも、相当数いたようだ。
なんと、村に来る時、ドロシーとニールが片付けた、スタンディングドラゴン、いや、あれより一回り大きい。火を吹かれそうになりヒヤリとしたロゼだが、彼女の魔法は害意を察知した瞬間に発動する。巨大なティラノサウルスは、大きく口を開けたまま、砂となり絶命した。
村の側まで一旦戻ったロゼ、
「ああ、そういえば」
朝から走り回ったが、ロゼは今更ながら、全く食事をしていないことに気付いた。リュックにしまっていた、チーズとビスケットを食べ、水を飲む。
なにげないスナックだが、村で作られた特産品、こだわりの品でもあり、美味しいはずなのに、何の味もしない。そう言えば、そうか、あのアンジュの手紙を読んでからだと思う。食事はしているものの、全く味が分からなくなっていたことに、今更ながら気付くロゼ。
すでに昼を大きく回っている、ニールたちは、魔族領との国境近くまで到達しただろう。多少の討ち漏らしがあったとしても、勇者の敵ではないはずだ。もう魔獣と狩ることに意味はなくなった。このまま林道の正規ルートを登ればニールたちと合流できるはずだ。
それを知りつつ、ロゼは東側の森に入って行った。今度は全速力で駆け上る。
迷っている? 何を? 私は?
ロゼはいつの間にか魔族の国の近く、深い渓谷を見下ろす高台に立っていた。山の中腹にある魔族検問所と、こちらの間には深い渓谷があり、向こう側には滝が流れ落ちている。
まさに絶景、見事な一段滝は、その落差二百メートルを超えるだろう。秋の今は、年中で最も水量の少ない時期だが、それでも、轟々と水が流れ落ちる音がこちらまで響いている。
西の山肌に、ニールたちが通ったであろう林道が見える。谷を回り込むようにして、魔族領に続いているらしい。
時はすでに夕刻となっていた。A星はすでに沈み、B星も西に傾き、西の空は茜色に輝いていた。
「ここに、今、私がいる、それも運命ということかしら……」
自らが受けていた仕打ちを考えれば、当然のことだろうが、ロゼは以前からイーサ王、ひいてはリバ王への不信感を募らせていた。リバの王は、狡猾な悪者で、イーサ王と結託し、ニール、もしかしたら、ウィルを捕らえて、私を脅迫する。
自身の力、ブラッディローズの力を使って、王たちの計略を阻止することも可能だろう、だが、それは多数の人を殺すことを意味する。自らの思うところの正義、信条に反する大量殺戮、そんなことができようはずもない。
王たちは知らないらしいが、私たちにはウィルがいる。将来、私とニールの間に女の子が生まれたら?
それはブラディローズの力は、愛する人との間なら継承可能だと知らしめることになる。であるなら、王たちは、私とニールの婚姻を認めるのでは?
いや、いや、ダメだ。私たち夫婦だけなら、王との交渉も可能だろう。だが、我が子、我が娘にそのような「我儘」が許されるとはとても思えない。我が子、その末裔は、やはり幽閉の運命を辿るに違いない。




