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X'mas Rose〜聖夜に咲く白き薔薇は紅に染まる  作者: 里井雪


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結界の綻び

 ロゼは抱き上げたウィルに優しい笑顔で言った。


「ああ、ウィル、お迎えに来てくれたの、ありがとう。でも、危ないから、階段を走ってはダメよ」


「うん、ママ」


 もう乳離れしているはずなのに、どこか甘いミルクのような香りのする幼子。愛おしい、なんて、愛おしい、だけど……。この心の曇りはなに? そんなロゼをしばらく黙って見ていた村長、


「ロゼ殿、リバは、まだ討伐隊の準備をしているところでしょうから、時間的な余裕はあります。数日お休みになってから出立してください、いずれにしましても、少し仮眠をなれた方がよろしいかと」


「では、温かいミルクでもご用意しましょう。ああ、ウィルちゃんの分もね」


 ニールも村長も、朝食の準備に来ていたアンナも、ロゼの表情を見て口々に休養を勧めた。


「ありがとうございます。でも、休む前に、お話しておかねば、ならぬことがあります」


「なにかな?」


 帰宅したロゼの表情、単なる疲労などではないことは、夫であるニールにとって一目瞭然だ。これは何かある、彼は不安気な顔で妻に問うた。


「アンジュが死にました。正確には三年前に自死しておりました」


「な、なんだって!!」


 ロゼはアンジュからのタイムカプセル郵便について、皆に説明した。やはり、ここでも後段は省いて。


「すまない、俺の配慮が足りなかった、あの時、無理にでも、彼女を一緒に連れてくるべきだったんだ」


「それは結果論、あなたのせいじゃないわ、ニール……」


「もう、何も言うな」


 ニールは黙ってロゼを抱きしめた。暖かい、この人は、いつもいつだって、暖かい。でも、だからこそ、この人に甘える自分、ニールやウィルが大事だからと、思ってしまう自分。それは姑息な言い訳、私はアンジュの死から逃げている。


 そう、そうなのだ。彼女とは()()()()向き合わねばならない。


「申し訳ございません。そのようなお話を聞いて、こんなことを言うのは気が引けますが、もしや、もしかしたら、呪いについて、アンジュは、何か、勘違いをしていたのかもしれません」


「どういうことですか?」


「そのお話を聞いて合点がいったと言いますか……。黙っておりましたが、この村の結界、徐々に綻びが見え、弱ってきております」


「どういうことですか?」


「そ、そんな、アンジュの死は無駄だったということですか?」


「いえ、そうではありません、彼女が身を挺してくれたからこそ、結界が突如消える、などという事態に至らなかったとも考えられます」


「確かに、この種の呪い、その条件はとても複雑なのが常です。今、その謎について考察しても、答えに行き着けないでしょう。ですが、近い将来、結界が消えるというのは客観的事実なのですね?」


「はい、その通りです。ですが、もう、覚悟はできております。私は、我が身可愛さに、アンジュを、孫を、捨てたのです! これは当然の報いなのです」


「アンジュは、村長様の孫?」


「はい、彼女の本名は、アンジュ・マイヤーでございます」


「ああ、思い出してきた。確かに、幼い頃、魔の森で父が赤ん坊を助けたことがある。その子がアンジュだったのか? そう考えれば、全て辻褄が合う」


 確かに、二人の口から告白を聞くのは初めてのことだろう。だが、アンジュと皆は運命の糸で結ばれている、ロゼにとっては、ずっと前から分かっていた、知っていた、明白な事実のように感じられる。


 ちなみに、あの呪い、大賢者が張ったこの結界のように、半永久的な魔法には必ずある制約だ。すなわち「永遠など存在しない」という、この宇宙の(ことわり)に通じる大法則が厳然として存在する、ということだ。


 この村に逆十字の痣を持った子が生まれ、その子が十五歳になると、結界に綻びが生じる。ただし、その崩壊速度はその子が十五歳を過ぎてどれくらい「生きたか」による。すなわち、長く生きれば生きるほど、加速度がついてしまい、あっという間に結界は消失する。


 実は、アンジュ、大きな勘違いをしていた。人は誕生日の前日に歳をとる、あの夜、彼女が二人の脱出を見送った時、すでに時計は零時を回っていた、すなわち、彼女の誕生日前日十二月二十四日になっていた。その後、アンジュは自殺したが、おそらく一時間ほど、十五歳の彼女は生存していた。


 従って、アンジュは呪いを発動させてしまったが、それは、極めて遅効性のものとなった、ということだ。すなわち、村長の言う通り、アンジュの死は決して無駄ではなかった、村民に脱出する時間を与えたのだから。


 孫を捨てた村長、結界が崩壊するのは因果応報だと思っているのだろう、ただ下を向き、日向に放置され腐臭を放っている魚のような目をしている。


「エーリヒ・マイアー! あなた、村長なのでしょ? 事の経緯はさておき、『村民の安全を守る』それこそが、あなたに課せられた使命、ではないの?」


 今まで三人のやり取りを黙って見ていたアンナ、普段の温厚さはどこへやら、リビングに響き渡るような大声で、村長を叱責した。


「お二人が三年前に村を訪れ、今、魔族の国に行こうとされている、これを神のお導きと言わずして、何をか況んや、でしょ? さあ! 村民を募り、勇者様のお供をしましょう。それこそが、アンジュ、あなたの孫への手向、いいえ、贖罪じゃないの?」


 坐禅を組んでいたら、なんの予告もなく、力任せの警策が来た。村長はそんな表情をし、ハッと、我に返った。


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