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X'mas Rose〜聖夜に咲く白き薔薇は紅に染まる  作者: 里井雪


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遺書が齎すもの

 アンジュの手紙、遺書の前半はロゼへの気遣いが溢れている。


 『すぐに読ませるな』と指示したのは、逃避行の直後にロゼがこれを読んだら、彼女は勇者と生きる選択を捨ててしまうかもしれない、と考えたのだろう。


 だが、後半は……。書くまいと思えど、どうしても、自身の偽らざる心情を認めずにはおけなかったのだろう。異常な妄執、危うさが漂う。


「大丈夫ですか? お顔の色が真っ青です」


 何もかも吐き終えたロゼの呼吸が整うのを見て、背中をさすりながらヒルデは優しく言った。


「申し訳ございません、お見苦しいところをお見せしてしまいました。アンジュ、幼い頃からずっと一緒で、私に尽くしてくれたメイド、いいえ、無二の親友は、三年前に死んでおりました」


「あれは、遺書だったのですか?」


「はい」


「でも、なぜに……。拷問を受け、ロゼ殿の居場所を教えることを恐れたのでしょうか?」


「いえ、イーサの王、私から見れば思うことは多々あります。ですが、そこまで、極悪非道な真似はしないと思います」


 ロゼは結界への呪いについてギルドマスターに説明した。後段の「恋文」については、黙っておいたが。


「なるほど、どうか、他人事、第三者のようなコメントを述べることをお許しください。気を悪くしないでください」


「大丈夫です。私にとってこれ以上の衝撃はございません。何を聞いて受け止めます故」


「アンジュさんとロゼさん、ずっと一緒におられたからかもしれません。まるで姉妹のよう、その発想が全く同じです。『蝋燭は身を減らして人を照らす』、私は賛同できませんが」


「もはや言っても詮無いことですが、アンジュは私に『誰かの犠牲を糧とする幸せなどない』と強く助言しました。あれは建前、自身は真逆の行いをした」


 そう言ってロゼは皮肉な微笑みを浮かべた。


 アレ? 私、笑ってる?


 そういえば、さっきから涙は一粒も出てこない。嘔吐した激情もクールダウンし、自らを相対的に見る心の余裕が生まれてきたようだ。


 実は、このこと、ロゼにとって望ましいことではない。


 まだまだ、ロゼの心には大きな穴が開き、轟々と音を立て流れる血河の奔流がある、なのに彼女は、その傷を放置して、モルヒネ、いや、ヘロインを使うことを選んだ。


 アンジュの死という現実から逃避し、自らを納得される一手、触れてはならぬ禁じ手を使った、ということかもしれない。


 もちろん、そんなロゼを責めることなどできないし、そもそも、ロゼ自身がバッドエンドに続く選択をしたことに、気付いてもいないだろう。


 確かにアンジュは村の封印は守ったかもしれないが、ロゼを「守る」ことはできなかった。開示年限を考え、万全の策をとった配慮虚しく、その手紙がトリガーとなり、ロゼの心の奥で眠っていた魔物、心の病という鬼神の封印を解いてしまった、ということだ。


「おそらくそれは、アンジュ殿にとって、自死の決意への反語でもあったのでしょう」


 アイロニカルな笑いとはいえ、ロゼが心の余裕を取り戻したと判断した、ヒルデはずばり鋭い指摘をした。


「そうでしょうね。では、そろそろ失礼いたします。最後に、ヒルデ様から受けました恩義、生涯忘れるものではありません。夫ともども心より感謝申し上げます」


「丁重なるご挨拶、痛み入りますが……」


「が?」


「いえ、なんと言えばいいのでしょう。ロゼ殿、どうされました? アンジュ殿のお手紙を見た後、落ち着きを取り戻されたのはいいのですが、どこか違和感があると申しますか、いつものロゼさんではないようにお見受けします」


 ヒルデが地球の住人なれば「突如、Vtuberの『中の人』が変わった」とでも表現したのではないか。今のロゼは、ロゼであってロゼではない、その心の変容をヒルデは直感的に感じたということだろう。


「大丈夫ですよ。さすがにショッキングな手紙でしたから、平静は見せかけだけ、心のどこかで動揺しているのでしょう」


「そうですか……、では、こちらこそ、お世話になりました。どうか、お身体だけではなく、そのお心も大切になさってくださいませ」


「ありがとうございます」


 ロゼは再び燭酒亭に寄り、リュックを受け取って、ゲルトに挨拶を済ませた。ヴァイスハーゼを召喚して帰路を急ぐロゼ、あっ! 夕食を食べ忘れている、でも、全く空腹感を感じない自分、それを体調異変とも感じない自分、おかしい、どこか、おかしいのだロゼ、君は!




 翌朝早く、ロゼはミシュラ・ワハームに戻った。今は春、村のそこかしこには春を告げる花々が咲き乱れている。天にはこの地方を代表するミモザ、地にはクロッカス、スイセン、スノードロップ、そして、村長の前庭に植えられた立派な桜、ソメイヨシノではなく、ヒガンザクラの類だろう、濃いピンク色の花を咲かせている。


「ただいま」


「ママ! おかえりーー」


「おかえり、どうした? 顔色が悪いようだが」


「そうかな、徹夜で少し疲れてるのよ」


 ロゼは母の帰りを知って、二階から階段を走り降りて来たウィルを抱き上げた。

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