外患誘致
幸せな夫婦の会話に割り込むのは気が引ける、と感じていたのだろう。村長は、おずおずとした口調で、悪い知らせを齎した。
「ニールさん、ロゼさん、お二人のお立場、少々、まずいことになってきました」
「リバ王絡みですか?」
「ええ」
魔獣に追われ、たまたま、この村に逗留することとなった冒険者からの情報らしいが、村長エーリヒが言うには、
ニールはリバの国から、魔族の国と通じ国家転覆を図った「外患誘致罪」で既に指名手配されているが、どうやら王は潜伏場所を掴んだようだ。すなわち、ニールがミシュラ・ワハームにいることを突き止めたらしい。
「『討伐隊』と称して、こちらに軍を送ることも検討されているようです」
「恐れていた日が来てしまいましたね。私の『罪状』を聞くのは初めてですが、外患罪というのは?」
「おそらく、イーサ王も一枚噛んでいると思うわ。私の不在を知られないようにするためでしょう」
ロゼの推測はこうだ。彼女をイーサ王が掌握できていないという事実は、オステンなど、リバ、イーサの侵略を狙う国に決して知られてはならない。
そこで、ニールが魔族の国と通じているという罪をでっち上げ、まず彼を拘束する。ニールを人質にとられれば、ロゼも抵抗できない、と読んだのだろう。
「人質とは上手いことを考えたものね。私たちが一番恐れないといけないのは、ウィルを誘拐されること、かな」
「その通りですが、冒険者からの情報によると、ウィル様の誕生、両王は把握していないと思われます」
「確かに、そのことは、不幸中の幸いかもしれないな……」
「ならば、こちらにご迷惑をお掛けする訳にもいきません。数日内に荷物をまとめて、もはや魔族の国へ行くしかなくなりました。我々の今後の行動も、両王は読んでいるということですね」
ニールの言う通りだろう。二人が魔族の国に亡命しようとすれば、外患罪という嘘との整合性が取れてしまう。後は、魔王ルドラにニールの引き渡しを求めればいい。
あの、リバ王カリフのことだ、この間の賠償金を棒引きにする代わりにニールの身柄をよこせ、なとどいう交渉を持ちかけるかもしれない。
「もう、三年も経つのね、だけど、便りがないのは無事の知らせ、ドロシーがなんとかしてくれるわよ」
「そうだな、ここは彼女を信じるしかないだろう。じゃ、ロゼ、ヒルデ宛にこの旨を記した手紙を書くので、明日朝から、往復してくれるかな?」
「分かったわ。逃亡に必要な魔道具とか……。ああ、魔族の国までなら、あっという間ね」
「だな、リヤカーを引いて行ってもいいくらいだ」
翌日の朝未だき、ロゼは準備を整え、ミシュラ・ワハームを出た、この時間からヴァイスハーゼを駆れば夕方にはヒルトハイムに着くだろう。ロゼ、今日は直接ギルドに行って、ヒルデに手紙を渡し、おそらく最後になるであろう挨拶を済ませるつもりだった。
まだ明るい内にヒルトハイムに着いたロゼは、燭酒亭に寄ってゲルトに事情を話しリュックを預けた。
「そうかい、ま、俺なんか何も言えない立場だが、体だけは大事にな」
「ありがとう」
「子供が生まれたんだろ? いいかい、お前さんの体は、もう、お前さんだけのものじゃない。常にそう考えて行動するんだぜ」
「ご忠告、胆に命じるわ」
ロゼは急いでギルドに向かう。といっても隣の建物なのだが。空いている受付に話すと、すぐに奥へ案内してくれた。
「まぁ、ロゼさん、お会いするのはお久しぶりですね。お子さんがお生まれになったとか、おめでとうございます」
「ありがとうございます。ですが、今日は悪い知らせです。まずはニールからの手紙を」
ニールの挨拶状を読み、ロゼから事情を聞いたヒルデは、
「なるほど、それは致し方ないですわね。こういう言い方は心苦しいですが、冒険者ギルドといえど国と真っ向対立することは、できません故」
「もちろん、分かっております、国との対立など、冒険者ギルドの存亡に関わる問題、個人の都合であれこれできるものではございません。それに、魔族の国には、すでにドロシーが亡命しております。希望的観測ではありますが、彼女を頼れば、なんとかなると思いますから」
「そうですか、でも、魔族の国へ行かれたら、お手紙のやり取りすら、できないことになりそうですね」
「長の別れになってしまうかもしれませんが、これまでのご厚情、どんなに感謝してもし過ぎることはございません」
「いえいえ、困っている方々を匿うことすらできぬ我々、感謝など面映ゆい気すらします。ああ、そうだ! 手紙と言えば!! 大切なことを忘れておりました。これを渡すとしたら、今しかないでしょう」
ギルドマスターは、執務机の引き出しから白い封筒を出した。宛名は「ヒルトハイム冒険者ギルド・ギルドマスター様気付 ロゼ・リースフェルト様」とある。




