村長
三人に村長は柔和な顔でソファーを勧めた。
「どうぞ、お座りください。もう少ししたら、食事の支度をする者が来ますので、今夜はこちらに泊まって行ってください。ああ、紅茶を淹れて来ますから」
「いえいえ、お構いなく」
「長旅をして来られたとお見受けします、さぞやお疲れになられているでしょう。遠慮など不要、どうぞ、どうぞ。ああ、自己紹介が遅れました。この村の村長を務めますエーリヒ・マイアーと申します」
三人もそれぞれ、偽名を名乗って自己紹介した。
煉瓦積みの暖炉、高級そうな織りの細かいペルシャ風絨毯、黒い革製の応接セット。扉から遠い二人掛けが上座となるが、村長がそちらを指差したので、ロゼとドロシーが座った。ニールは村長が座るであろう椅子の右に座る。
「さぁ、あたたかいミルクティーでも」
村長は茶葉をミルクで煮たチャイ風の飲み物を、マグカップに入れて持って来た。
「ヤギの乳ですので、少し臭いと思いますが、どうか我慢してください」
チャイにはシナモン、カーダモン、クローブなどの香辛料が多めに入っているようで、言われたほどの臭みは感じない。ここまで歩いて来たが、この村には養豚場などの設備はなかったように思う。ミルクはヤギ、肉は鶏、が中心なのだろう。
「妻に先立たれて、今は、こんな広いところに一人住まいです。それに、言い辛いですが……」
「なんでしょう?」
「この村は、訳ありの者を決して排除致しませんし、そんな方々を匿うことが、この村の存在意義です。どうか私を信じていただきたい。勇者様、と、確か、ロゼ様、でいらっしゃいますね?」
「え!」
「こう見えて、若い頃は冒険者をやってもおりました故、素顔が見えてしまいます」
「もう、しょうがないんじゃない? ニール、ロゼ、僕は、ドロシー、勇者パーティの一員だけど、少々、国に居辛くなって、魔族の国に亡命しようと思うのです」
「勇者様とロゼ様は、こちらにいてくださると?」
「我々の正体が広く知れてしまうと、何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、魔獣退治などをして村への貢献はできると思います」
この村の運営はごくごくシンプル、原始共産制といえるだろう、各自が自分のできることをやって村を支えるというのが、唯一のルールだ。
「私の召喚獣は、とても足が速いので、街とのお使いはお任せください。あ、これを」
ロゼはリュックの中からドラゴンが落として行った大きな魔石を取り出しテープルに置いた。
「おおお!! これは! 細かく砕けば、村全員が一冬越せますな」
村長の話をまとめると……。
村にとってとても重要な仕事ができる二人であるから、この村の掟に従い、どのような事情があろうと、大歓迎することに変わりはない。
ただし、国からの圧力、例えば村に軍隊が送られる、というような事態となった場合、村の安全を鑑み、退去してもらうこともあり得る。だが、退路の確保など、村からの脱出については、村長の責任において援助する。
というものだ。
「その条件で問題ありません。ただし、国権から逃げなければならない事態に備え、私たちが現金の蓄えを持つことをお許し願いたい」
「それは、もちろんです。どうでしょう? 魔石販売価格の二割を、皆様の収入となされるのは?」
「そんなに取っていいのですか?」
「お二人の魔力を見るに、村で必要な魔石量を遥かに上回る戦果を上げられると思いますから」
「ありがとうございます」
「ああ、それから、お二人、普段は指輪をしておいてくださいね。村の者には……」
「ああ、エルフに見えているはずです」
「では、エルフのご夫婦として、紹介するようにします。それと」
「はい?」
「この屋敷、二階の二部屋は空き部屋になっおります。よろしければ、お使いになりませんか?」
「いいのですか?」
「いいも、何も、掃除してもらう人ができるのですから」
「あ、あのーー、お笑いください。私、お部屋のお掃除などしたことがありません」
「ああああ! ロゼ……」
「オリヴィアです」
「オリヴィアさん、お噂はこんな僻地にも伝わってきております、『囚われの姫様』だったのですね」
「姫などではありませんが、幽閉生活をしておりました。ですが、家事はメイドのアンジュに任せっきりで……。アンジュは、小さいころから一緒だったメイド、王宮に置いて来ておりますので、少々、心配しております」
「そ、そうですか、特に根拠のない直感ですが、アンジュさんは多分、大丈夫でしょう。それに、ちょっとした掃除くらい、通いのメイド、アンナにでも習ってください」
アンジュと聞いた時、村長は妙な顔をした。一瞬で元の穏やかな表情を取り戻したので、ロゼ、ニール、はもちろん、この種のことにとても鋭いドロシーすら気付かなかったようだが。
「お、噂をすれば影がですな」




