ミシュラ・ワハーム
結界に邪魔され三人は約一キロを一時間もかけて歩くことになってしまった。
と、その時、今まで三人、特にロゼを悩ませていた見えない障壁が突如として消えた。
「着いた!」
「おおお」
「思ったより、広いですね。あそこに畑もあるし」
この村は直径約十キロの円形、魔の森最新部の山間に開けた平地に千人ほどの住人が住んでいるらしい。村の半分くらいのスペースは畑になっており、ロゼが指差した先は、馬鈴薯だろうか、芋類の畑だ。その奥には広い範囲で花の苗が植えられているのも見える。
「ああ、なるほどね」
「って、ドロシー、なに? 納得したような顔で」
「あれ、僕、知ってるよ。ケシだと思う」
「アヘンかっ!」
「麻薬とは限らないよ、麻酔にも使えるのだから」
「そうですね。どんなに頑張っても、人は完全な自給自足はできませんから」
「あれ? お姉ちゃん、意外な答え」
「私、もう、大人ですよ?」
ロゼが言うように、中世風のこの世界にあっても人が文化的な暮らしていく以上、現金収入がゼロという訳にはいかない。ケシの花は、モルヒネのような鎮静剤に使われるだけではなく、あへんやヘロイン用に取引されている可能性も高い。
だが、森の奥深くにあるやせた土地の村が、なんとかやっていくためには、いたしかたないことなのだろう。
ちなみに、魔法があるこの世界でも鎮痛剤は必要だ。治癒魔法を使えば、胃癌、大腸癌など、単純な臓器の癌は快癒する。
だが、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などは原因が分かっておらず、たとえ分かったとしても、複雑、かつ、広範に広がる癌を魔法で治すことはできない。末期癌の患者にモルヒネを使うという対処療法は、この世界でも一般的となっている。
「お、珍しいね。客人かい? エルフと人族ってぇ組み合わせも珍しい」
これから畑仕事に行くのだろう、野良着を着て鍬を背負った中年の男性が声を掛けて来た。
「あ、はい、いろいろ事情がありまして。村長様に面会をお願いしたいのですが」
「おお、分かった、分かった、皆まで言うなよ、なんの訳もなく、こんなところまで来る人はいないんだから。村長の家は、一番上の二階建てだから、すぐ分かると思うよ」
起伏の少ないこの村だが、その真ん中を幅十メートルほどの川が南北に二分している。南半分に広がる畑の反対側、北面にだけ小高い丘のようなところがあり、木造の平屋建ての家が点在していた。ここからは遠く、小さくしか見えないが、丘の上に白っぽい石造りの洋館が建っている。おそらく、あれが、村長の住まいなのだろう。
「ありがとうございます」
「ああ、案内してやりたいところだけど、これから畑仕事だから、すまねえな」
「いえいえ」
「しっかし、エルフのお二方、噂には聞いてたが、この世のものとは思えんな。いや、褒め言葉だよ」
「アハハ」
余所者に対して、どこまでもフレンドリー、この村の成り立ちからすれば当然かもしれない。とはいえ、三人は、見ず知らずの怪しい存在であるのには違いないだろう。
だが、この世界には「高い魔力を持つ者には義務が伴う」、魔力版のノブレス・オブリージュという考え方が存在し、魔法に秀でた者は高潔であらねばならない、というのが常識でもある。
というのは建前だ。
一般人にも感じられる、凄みがあるヤツらなら、村に入った瞬間、何かしでかしているに違いない、何もせず友好的な話ができる相手なら、多分、大丈夫、そういう判断をしてしまうのも、魔法世界ならではかもしれない。
三人は言われた通り、村長の家に向かって、なだらかな丘を登って行った。村の大半の者は、南の方の畑で仕事をしているのだろう。時々、家の中で機を織る音は聞こえるが、道端で遊んでいる子供以外、すれ違う人はいない。道は曲がりくねり、村長の家は、なかなか近付かない。
三十分以上かけ、三人はやっとのことで、白っぽい煉瓦を積んだゴシック風の立派な二階建て、他の木造からは、どこか浮き上がったようなファンタジー建造物の前に立った。
柵や門はなく、大きな木、これは桜ではないだろうか? の植った前庭があり、すぐに玄関、オーク材の扉がある。ドラゴンを模ったドアノッカーをニールが代表して叩いた。
「はい」
少々嗄れた老人の声が答える。村長本人なのだろうか、ドアを開け、三人を見回したのは、白い髭を蓄えた八十歳くらいの男だった。緑の瞳は灰色に濁り、若い頃は輝くがごとくだったろう金髪は、白ちゃけてしまっている。
「ほぅ、珍しい、お客人かな」
「いえ、私たち二人は、しばらくの間、この村に住まわせていただきたく思いまして、村長さんのご許可をと」
「ああ、そうですか。許可などしなくとも、この村の掟は『来るものは拒まず』です。いずれにしましても、外は寒い、どうぞ中へ」
村長自ら皆を招き入れ、応接間に通した。




