キャンブ
食事を終え、ワインボトルを三本を空にした四人。ヒルデは名残惜しそうに三人を見回して、こう言った。
「朝の見送りは、立場上、目立ち過ぎますので控えますが、どうか、御三方とも体に気をつけて」
「ありがとうございます」
「また、必ずお目にかかりますので」
「はい、ギルドの裏門は、いつでも、開いております」
「僕は、もう二度と、人族の国へは来れないかもしれないけれど……」
「そんなことを仰らず。ヴァイオラさん用の裏門も用意しておきますから」
「そうですね。また、いつか」
四人は固い握手を交わした。
その翌日、この地方には珍しい、冬曇り空の日だった、鈍色の雲からは粉雪が舞っている。
三人は燭酒亭で清算を済ませ、北門に向かった。外、内とも、昨日と同じ門兵のようだ。
「彼にも見せてやっていいですか? 何度、話しても信じてくれないものですから」
外を守る門兵は、昨日の事をもう一人に話したらしい。
「どうぞ」
ニールが笑いながら答え、三人が召喚する。驚愕の表情を見せる一人に、もう一人はしたり顔で頷いていた。
「では、お気を付けて」
「お前なぁ〜 これだけの魔力を持つ方々だ、気を付けるもなにも、魔獣なんて鎧袖一触ってヤツだろ?」
「ま、そうだなぁ。失礼しました』
「では!」
三人は召喚獣に跨り、ヒルトハイムを後にした。やはり二人乗りは、召喚獣、ひいては術者であるニールに負担がかかっていたようだ。三頭の召喚獣は曲がりくねった森の道をものともせず、飛ぶように走った。
森は深くなり、薄暗く、樹齢千年を越すようなオークの木をよく見かけるようになってきた。根本にはびっしりと地衣類が繁殖して、乾燥する冬なのに、湿度が突如五十パーセント増しになったようだ。
雪は降り続いているようで、葉を落とした広葉樹の間から、地面に落ち、あたりは白一色に覆われていく。
「空が曇って、太陽が二つとも見えず、時間が分からなくなってきたわ」
「ふっ、ふぅ! ドロシーさんにお任せを。今は、午後四時かな。もう一時間ほど走ったら、野宿の準備をするといいよ」
ドロシーはリュックのポケットから懐中時計のようなものを取り出して、そう言った。
「ドロシー! 時計なんて高価なもの、どこで手に入れた!」
「知り合いに魔道具屋がいてさ、試しに作った魔道具を安く分けてくれるんだよ」
「時計?」
「星の位置から、時間が分かる魔道具だよ」
この世界の時計は星時計、ノクターナルだ。この星の自転軸からの延長線上にある北極星に当たる星は、うまい具合に電波星となっている。「電波」といっても魔法的な波動という意味だが、この魔法波と別の星から受信した魔法波の位置関係を計算して、おおよその時間を示すのが、この世界の時計だ。
その仕組みは比較的シンプルだが、何万光年も離れた星からの微弱な魔法波を受信できる魔道具、かなり高価なものであるには違いない。
「あのあたりは、どうかな? 針葉樹がまとまって生えているから、雪も避けられそうだし」
「うん、良さそうだな」
ドロシーが示したのは、冬でも葉を落とさない針葉樹が密生していて、わずかではあるがスペースができている場所、テント三つくらいなら広げて問題なさそうだ。三人は召喚獣を止め、ニールとドロシーは戻したのだが。
「ロゼ、どうした?」
「どうやら、この子が消費する魔力より、私の自然回復量の方が多いみたいなの」
「って、それは!!!!」
「魔力消費量の少ない牛型召喚獣なら、稀にそういう人もいるけど。魔獣の王クラスのヤツで、それは、ドンダケェェェ!!」
馬型に対して牛型の召喚獣もいるにはいる。だが、動きが鈍重で、魔力消費量が少ないという以外、なんのメリットもない。これを召喚獣にしている者は、かなりの変わり者だ。
「でも、夜もいてくれると、魔獣避けになって、好都合でしょ?」
「確かにね」
そんな話をしつつ、三人はコッヘルにカサカサのフリーズドライ・シチューを入れる。水筒から水を注ぎ、蓋をして三分待つ。炎の魔石の力で水は沸騰し、あっという間に暖かいミルクの香りが漂う。クリームシチューの出来上がりだ。ハーブは、ローリエ、オレガノ、ナツメグといったところか。
圧縮した黒パンの袋を破いて、一口サイズに手で切り取り、スープに付けていただく。具は、当然のことのように、ソーセージ、あとは、ジャガイモ、タマネギ、ニンジン、ブロッコリーといった具合だ。先割れスプーンですくったり、刺したりして食する、三人。
この世界のフリーズドライ食品には、圧縮パン、魔法の水筒などがあり、二、三泊の野宿ならコンパクトな荷物でも、食事に困ることはない。
さらに、召喚獣を持っている者なら、森の中でも山越しても一日百キロ程度の旅程を稼ぐことができてしまう。
人口密度が高く、街と街の距離も大きく離れていないという事情と相まって、この近辺では野宿しても数日というケースが、ほどんど。すなわち、異世界物の定番である兎狩りをする旅行者は、ごく稀だ。




