ヴァイスハーゼ
ドロシーの先導で二匹の召喚獣は森の狭い道を縫うように疾走する。しばらく深部に向かうメインルートを走っていたが、途中で道を右に折れた。この道は、森の南東部に聳えるエアルメラ三山に通じる間道らしい、道は登りに転じた。
「ちょっとここで休憩」
トウヒの深い森が切れ大きな広場となっている場所で、ドロシーはブラウハーゼを止め、戻した。ニールもそれに倣う。
ここは、静かな森に相応しくない、どこか異様な雰囲気を湛えた場所だ。木を伐採した広場一面、モノリスのような漆黒の碑が立っている。
ー、二、三……、三十、まだある、ロゼは数えるのを止めた。高さは人の背丈くらい、幅は一メートルほどか、ファイングレイン、黒御影石でできていると思しき直方体のそれには、小さな字で多数の名前が彫られているようだ。
「ここは?」
「冒険者の墓碑だな」
魔の森はその名の通りとても危険な場所だ。冒険者ギルドではクエストの難易度と狩をする冒険者のランクを厳密に管理し、事故防止に努めている。しかも、ここまで来る冒険者は腕に覚えがある者ばかりだ。
とはいえ、思わぬ強敵に遭遇してしまい、命を落とす冒険者は後を絶たない。いや、そもそも、冒険者というのは「板一枚下は地獄」そういう仕事なのだ。
そして魔獣にとって人肉はご馳走でもある。すなわち、魔獣に倒された冒険者は骨も残さない。
そこで、この世界の繁栄に寄与し、不運にも命を落とした冒険者の勲しを讃え、ここに名を刻む、という習慣が何百年も前から続いている。
命を落とす冒険者は、毎年、百名程度、およそ十年で墓碑の名は一杯になる。それから逆算すれば、ここのモノリスは約五十ということになるだろうか。
三人は直立不動の姿勢を取り首を垂れ、黙祷する。この世界で死者への敬意を表す仕草だ。一分間の黙祷の後、三人は再び、召喚獣に跨り、山道を登った。
「この先かな、念の為、召喚獣から降りて、歩こう」
ドロシーは、山道から左に登るさらに険しい脇道を指差した。
「了解」「はい」
松の林から雑草をかき分け狭く急な道を登っていくと、小さな広場があり、高も幅も五メートルはあろうかという、大きな洞窟が見えてきた。
「この洞窟、中は比較的浅いんだ。二匹いたのだけど、僕の手に負えたのはコイツだけ、一頭だけ誘い出すの、ずいぶん苦労したよ」
「じゃ、兄弟なのだし、私が召喚獣にしたら、また、一緒にいれるってことよね」
「うん、そうとも思った」
「私、一人で行ってくるわ」
「ロゼ、危険……、などはないか、うまく懐いてくれればいいのだが」
「僕は鼻っ柱への一発で、認めてくれたけどね」
ロゼは、斜面を登り、洞窟前の広場まで来た。
グルルル
すでに侵入者の気配を感じたのだろう、洞窟の奥から威嚇するような唸り声が聞こえる。構うことなく、ロゼは歩を進めた。
グオオオオ!!
洞窟の中から、巨大な狼が躍り出てきた。ブラウハーゼと同じ犬神の魔獣だが、雪のような真っ白い毛並みをしている。
狼魔獣本来の毛は灰色であるはずだが、魔獣にもいるらしい、こいつはアルビノだ。ルビーの瞳がロゼの視線に絡む。
「狼さん、あなたは、私と同じ、綺麗な瞳をしてるわね」
ハッハッハーー、クゥゥゥン
ブラウハーゼよりさらに一回り大きい魔獣は、子犬のように尾を振りロゼにすり寄った。
「いやはや、一発すらなしに、主人と認めちゃったよ」
いつの間にか、広場に登ってきたドロシーが呆れたような声でそう言った。
「魔獣は魔力に敏感だからなぁ〜 ロゼ、契約を」
「名前がいるよね?」
「それは、もう決まっているわ」
「じゃ、いいわね。狼さん」
クゥン
ロゼは狼の喉を撫でながら、契約の呪文を唱える。
「天なる三星の元、汝、これより、我が僕となる。我が身を離れず、命に背かず、忠誠を尽くすと、誓うか?」
グルル
「誓約に従い、汝に名を授ける、汝の名は、ヴァイスハーゼなり」
と言った瞬間、犬神魔獣は光の泡に変じる。泡は、ロゼの体を包み込むようにして消え去った。
続いてロゼは、召喚獣を呼び出す呪文を唱える。
「天なる三星に絆を結びし僕よ、契約の元、真の姿を我の前に示せ、出よヴァイスハーゼ、封印解除」
魔法陣から再び白く巨大な犬神が姿を現した。準備してきた鞍を付けたロゼはヴァイスハーゼに跨る。
「さ、行くわよ。って、この子、街への道、分かってるみたい」
「ああ、召喚獣はそのマスターと気脈を通じ合えるからな」
「うん、じゃ、ロゼを先頭に、ゴー!」
早々、三人は沓を並べてヒルトハイムに引き返した。




