ヒルトハイム冒険者ギルド
ここ、ヒルトハイムは城塞都市の形態を取っている。ただし、この城壁は戦争への備えではない、魔の森から来る魔獣の侵入を防ぐためだ。高さ十メートルもある壁が円形に張り巡らされていた。
ゆっくり歩いてきたので、ニールは随分と回復してきたようだ。街が見えてきたあたりで、ロゼの肩を借りずとも、普通に歩けるようになった。「なんだか残念……」、ロゼにはナイチンゲール症候群のきらいがあるのだろうか。十分ほど並んで歩いた二人。
気が付けば見上げるばかりの城壁が目の前に迫っていた。この街には黒い森から来る南側、魔の森に抜ける北側、二箇所だけに大門がある。槍を持った番兵が一人立っていた。
「冒険者のオーシーノ、オリヴィアと申します」
二人が偽造冒険者証を見せると。
「お疲れ様です! ヒルトハイムへようこそ」
特に怪しまれる様子もなく、通用口を開けてくれた。確かに、この街は、魔の森で狩をする冒険者のベースキャンプともなっており、高ランクの冒険者の来訪は、ごくごく自然なことだ。
「ニール、明日一日は、野宿に備えた装備を揃える必要もあるし、休養日にしましょう」
「いや、しかし」
「大丈夫、そんなにすぐ、追っ手は来ないわ」
ロゼは彼女の不在がイーサにとっては不都合な真実であり、秘匿を優先するだろう、という推測を説明した。
「なるほど、確かにな」
「そう言えば、ニール、ここの冒険者ギルドに旧知の人がいるって、言ってたわね」
「ああ、身バレはしてしまうだろうが、それでも信頼のおける人物だと思う」
「とはいえ、ひとまず、指輪は付けて会うわよね?」
そんな会話があり、二人はまず、冒険者ギルド・ヒルトハイム支部を目指した。当初、傭兵組合だった冒険者ギルドは、各地に散在する小さな単位の独立組織に過ぎなかった。だが、魔石革命後、合併、統合を重ね、今ではグローバル企業となった。
冒険者ギルド、異世界のGAFAといったところだが、全世界のエネルギーを押さえているという点で、その発言力は国家に並び立つ、いや、国家をも凌ぐ、この世界最大の権威といっても過言ではない。
ニールが旧知というだけの理由で「信頼がおける」と簡単に認めたのは、このような背景があって、冒険者ギルドは、ある程度までなら、治外法権が認められているからだ。
とはいえ、イーサ、リバから見れば、国家への反逆者であるニールとロゼ、ギルドマスターの独断で密かに庇う、くらいが関の山だろう。
二人は街のメインストリートを歩く、城塞都市であるヒルトハイム、その面積はさほど広くない。メインストリートの道幅は馬車二台がすれ違える程度だ。
とはいえ、この街は冒険者ギルドからの地方税に恵まれ、とても豊かだ。アカシアの街路樹が植えられた歩道は、その富を象徴するがごとく、よく整備されている。
灰色の煉瓦を積んだゴシック風の三階建ての建物が規則正しく並んでいる。この世界では、むしろ珍しいが、ヒルトハイムは異世界ワールドそのもの、種族の坩堝、まるでニューヨークのようだ。
エルフ、ドワーフ、ハーフリング、獣人や鳥人、稀に魔族も混じる。大概の者は、剣や杖を持っている、この街は冒険者のメッカでもあるからだ。
冒険者ギルドは大きい建物なので、すぐに見つかった。メインストリートのど真ん中、銀行や高級衣服店に混じって、石造りの三階建てがギルドだった。
剣と弓と杖が交わるデザイン、丸木を切って、その上に焼き付け、ウッドバーニングで描かれる紋様は、五百年前と変わらぬ伝統だ。
金具で補強した立派なオーク材の扉を開けると、そこは、まさにRPGの世界。奥には五つの受付カウンターがあり、制服を着た、なぜかは分からないが、全てエルフ族の女性が立っていた。
向かって右側の壁一面に設られた掲示板には、クエストの依頼書が所狭しと貼られている。大きなフロアの左側には、テーブルが十脚ほど並ぶ、奥にはバーカウンターがあり、犬獣人のバーテンダーがシェイカーを振っていた。
あらゆる異世界種族が集い、掲示板を眺めたり、受付で何やら交渉をしたり、あるいは、テーブルに腰掛け酒を飲んだり、ヒルトハイムの冒険者ギルドは活気と喧騒に満ちている。
「ロゼ、物珍しいのは分かるが、視線を合わせるくらい人を見つめるのは、避けた方がいいかと思うぞ」
「ああ、そうですわ。失礼に当たるし、思わぬトラブルになりかねない」
二人は空いているカウンターに冒険者証を出した。
「今、到着したばかりの冒険者です。明日、準備をして、明後日、魔の森で狩をしたいと思います、適切なクエストがあれば、お教え願いたいのですが」
二人の顔と冒険者証を見比べた、受付嬢、少しの間……、今、天使が通った。
「少々お待ちください」
と言って、奥へ引っ込んでしまった。
「これは、早々にバレたかな?」
「かもしれませんね」




