魔力限界
二人は森の街ヒルトハイムを目指した。
ここからは、イーサとリバの国境に位置する大森林地帯が続く、この森はトウヒのような針葉樹が多いことから、黒みを帯びて見え、通称黒い森とも呼ばれている。
もちろん、森には魔獣も住んでいるが、こちら側は、兎型、リス型など比較的弱いものばかりだ。
森を切り開いて作られた、リバの都市ヒルトハイム以降に続く、さらに深い森が魔の森ミシュラ・マ・フルシュだ。
そこから先はまさに魔界、やっかいな魔獣が多数生息している。狼、熊など大型肉食獣型、蛇、大蜥蜴、ドラゴンなどの爬虫類型などの凶悪な魔獣、蝙蝠、蜂型は、小型だが空を飛び群れで襲ってくる。
二人は朝食を終え、会計を済ませて山犬亭を後にした。街から一時間ほど歩くと黒い森の入り口だ。人気がないことを確認してニールはロートハーゼを召喚した。鞍を付けて二人乗りで跨る。
ニールが軽く首のところを撫でてやると、大きな豹は走り出し、一気に加速した。森の中を通る街道は、幅員が狭く曲がりくねっているが、ロートハーゼは猫族の俊敏さでカーブでも速度を維持したまま駆け抜ける。
ヒルトハイムまでは八十キロほどの旅程だが、ものの二時間ほどでその半分を踏破し、いつの間にやら国境線を超えた。
「そろそろ、お昼だね。どこかで休憩しようか」
しばらく行くと木がまばらになり、開けた広場になっているところがあった。ニールはロートハーゼを止め、一旦、戻した。魔獣間の「格差」効果により、召喚獣はそのままにしておいた方が他の魔獣が寄ってこない、というメリットはあるのだが、ニールの魔力、MP限界もある。
「食べやすいかなと思って、山犬亭の食堂で作ってもらいました」
ロゼはリュックの中からサンドイッチを取り出し一人分をニールに渡した。二人は立ったまま、ボトルに詰めた紅茶を飲み、シンケン、生ハムとレタス、ゆで卵を崩したものを胡椒とバターで味付けしたサンドイッチを食べた。
「来ちゃったね」
「私が処理しますよ。先生」
と言ったロゼは、食べかけのサンドをニールに渡して短剣を抜く、瞬く間に三匹の兎型魔獣は土の魔石となった。
「私が召喚獣を得たら、出しっ放しも可能かな」
「そうなってくれると、魔の森での野宿は楽になるだろうけど、一日中というのはどうかな?」
たしかに、このままでは落ち着いて休憩もできない。二人の食事が済むと、すぐ、ニールはロートハーゼを召喚した。
「寒い?」
「少し、でもこうしていると暖かい」
大型バイクでタンデムしているような格好だ。ロゼはニールの腰に手を回し、胸を押し付けるようにする。魔法の外套の効能もあり、本当は寒いはずはないのだが、彼女は、わざと甘えるような嘘を付いたのだろう。
こんなことをしていていいの? イーサに残してきたアンジュは、ローレンスは、無事だろうか? いくら彼らが誤魔化してくれても、ロゼの出奔とそれを画策したのが勇者ニールだと、イーサ王は推測するだろう。
通信手段が確立している訳でもないこの世界、警察のように組織的な動きで犯人を追い詰める方策はない、だが、早晩、王国内には、二人の手配書が回るに違いない。
そう考えたロゼだが、いや、待って、それはないかもしれないかな?
彼女自身が王宮にいない、すなわち、王の支配下にないと他国が知ったら……。此処を先途とオステンがリバへの再侵略、続いてイーサに攻め込んでくるに違いない。
そうなってしまえば、ブラッディローズの抑止力のみに頼り、ほとんど軍事的な備えがないイーサ。オステンの強兵の前にはひとたまりもないだろう。
そうだ!
いけ好かないが、イーサ王ランドルフは、頭がよく論理的判断ができるのは確か。ロゼの失踪は、王国の極秘事項、トップシークレットとされ、密命を帯びた少人数の追っ手が来る、ということになるだろう。その分、捜査の効率が悪く、時間が稼げるかもしれない。
とはいえ、できるだけミュルンからの距離は稼いでおきたい。先を急ぐ旅であるには違いなく、ロートハーゼを飛ばしに飛ばすニール、先日から続く急激なMP消費により、さすがの勇者も疲労の色が濃い。
「大丈夫ですか?」
「ああ、なんとか、ヒルトハイムまで、もうすぐだから」
ヒルトハイムの手前に辿り着き、召喚獣を戻すニール、大きなため息をついた。
「一晩寝ても、完全に魔力が回復していないのですね」
「そのようだ」
「気にしないで、いいから、私の肩に捕まって」
二人は、歩けば一時間ほどの道のりを、休憩を挟みながら二時間掛けて歩いた。時間はもう日暮れ時、A星は既に西に沈み、B星だけが西の空にある。濃緑色の葉が密生する森を抜けると、やっとヒルトハイムが見えてきた。




