表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
X'mas Rose〜聖夜に咲く白き薔薇は紅に染まる  作者: 里井雪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/87

パンサー・サーガ

 自分が成したことではあるが、そう言われてみれば……。


 体が勝手に動いたというお座なりな表現で逃げる? いや違う、どうすればいいか? は分かっていた、それを忠実に実施しただけ。


 少し考え込んだロゼ。


「おそらくだけど……。幽閉生活の楽しみといえば、読書以外には何もなかったの。私、女の子なのに、『パンサー・サーガ』が大好きだったのよ。百巻もある本を、何度も、何度も読み返したからかな」


 『パンサー・サーガ』とは、百年ほど前、魔王との決闘に臨み、初めて魔王を倒した勇者、すなわち、ニールの先祖の伝記を元に、脚色を加え、ファンタジー風の物語とした英雄譚だ。


 とてもよくできたフィクションであり、大人から子供まで愛読されるベストセラー、百巻超えるこの世界最長の物語でもある。ただ、残念なことに、完結を前にし作者が早逝してしまい、未完の名作となってしまっている。


「なるほど、実戦ではなく本で学んだと。頭でイメージした動作を、そのまま実行できる人など、聞いたことがないが……」


「だから、私は人ではないと。でも、もう娶ってしまったのだから、返品不可ですよ。バケモノはいらないなんて、言わないでくださいね」


「なんだか、ロゼは、ジョークのセンスも一流のようだね。そんなこと、口が裂けても言わないさ、君を怒らせようものなら、俺は秒殺される」


「秒殺なんてしませんよ、悩殺はしますけれど、ね、旦那様」


「それを聞いて安心したよ」


「この世界最強の勇者様に、お褒めいただいたと思っておきましょう」


「いやいや、俺が君に秒殺されるというのはお世辞でもなんでもない。世界は広い、勇者より強いヤツはゴロゴロいるよ」


「そうなんだ? 身近な人でいますか?」


「ドロシー」


「え!」


「ああ、一対一で、力と力の勝負をしたら負けるね」


「へーー」


「だが、ドロシーなら、汚い手(チート技)でも使えば、隙をつけると思う。俺に比べれば、彼女は経験不足だからね。だが、君の場合、チート技を出すより先に殺されてるな」


「スピードですか?」


「そうだね。だけど、見ていて、まだまだ無駄な動きも多い、俺に教えてあげられることはあると思う。当初は木刀を持っての模擬戦と考えていたのだけど、座学で十分かな」


「よろしくお願いします、先生。座学なら今夜からでも、教えてもらえますね」


「ああ、夕食の前にでもね」


「前、だけですか? 夕食後になにかご予定でも」


「う、うん」


「あら、赤くなった」


 二人は再びロートハーゼに跨り平原を行く、遠くに針葉樹の深い森が見えてきた。その手前が、農家、住宅と町が開けている、ミルトブルグだ。


 放牧地帯から今は休耕している畑、農家が数軒集まり、さらに進むと民家や商店街が並んでいる。どこからが街の始まりなのかは少々曖昧だ。


 ニールの魔力限界ということもあり、まだ、夕刻前だが、このあたりで一泊するのがいいだろう。


 ミルトブルグはシャルトガルトに比べれば、ずいぶんと小さく、貴族の住まいと思しき豪邸もない。


 メインストリートには、銀行、服や、雑貨屋、一通りの店が開店しているが、その脇では露天が並ぶといった塩梅だ。街の奥の方は、エアルメラ三山の麓に広がり、魔の森へ続く大森林地帯の入り口付近、そこに冒険者ギルドと並んで冒険者宿舎があった。


「ギルドには寄らず宿舎へ」


「了解です。先生」


「あのなぁ〜 その先生はやめてくれないか?」


「オーシーノは、私より十歳以上も年上、家庭教師だったとしても不思議はありませんわ」


「なんだか、俺、ロリコンみたいじゃないか。まるで『夏への猫』だ」


 『夏への猫』もこの世界では有名なフィクション。こんなあらすじだ。


 ある男が、友人の奸計で、長い眠りにつかされてしまう、三十年後に目が覚めた男、時間遡行機の存在を知り、これを使って過去に戻る。


 友人の不正を暴いた後、男は再び、魔法の眠りで未来へ、そして、三十年前は、まだ子供だった少女と結ばれる。


 二人は揃って、看板に赤い月C星に向かって吠える青い狼が描かれた冒険者宿舎「吠える山犬亭」の暖簾を押した。


「こんばんは、旅の冒険者なのだが、一泊部屋を貸して欲しい」


「おやおや、エルフのご夫婦ですか。噂には聞いていたが、この世のものとも思えぬ美しさ」


 溺れる人魚亭の主人と同じく、山犬亭の女将は、未知との遭遇をエルフとした際に語る、一通りのお世辞を並べ立てた。


「あら、まあ、A級冒険者ですって! こんな凄い方々が、こんな田舎町に来られるなんて」


「少々、魔の森を探索してみようと思いまして」


「なるほど! あそこなら、強い魔獣もたくさんいますからね。どうかお気を付けて行ってきてください。では、208号室で」


 女将は二階一番奥のツインルームの鍵を渡し、この宿では一番の部屋だと聞きもしないのに付け加えた。


「さて、シャワーを浴びたら、アンジュからいただいた紅茶を飲んで、剣術講座をお願いしますね。先生」


 ロゼは、二人用にしては大きめの食卓の隅に、紅茶器と魔法の湯沸かし器があるのを見て、そう言った。


「はい、はい、じゃ、先にどうぞ」


 二人はシャワーを浴び、食卓に腰をかける。ロゼは、客室備え付けの白磁に青い花の模様が描かれている紅茶ポットに、シャンパンのような香りがする大きめの茶葉を入れ、魔法で沸かした九八度のお湯を注いだ。


 三分ほど待ってかからティースプーンで、ポットの中をゆっくりと混ぜる、同じ紋様のあるカップに注ぎ分けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ