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ロゼの覚悟

 そんな「事件」があったとは露知らず、恋仲と信じる二人に笑顔で応じられないロゼ、自己嫌悪を感じながらも、


「なにやら、嫌な予感のするお話ですわ。ならば、心の準備もございます。早めにお教えいただき、ありがとうございました」


「いえいえ、とんでもございません。私が近衛騎士団長を務めるは王の為ならず、ひとえにロゼ様への忠誠故」


 まぁ〜た、本当はアンジュとセットで、狙いは彼女ってことでしょ? ここで、ロゼは少し笑顔を作ることに成功した。


「シーッ! ローレンス殿のアンジュを想う気持ちが昂じたのでしょう。ですが、王への叛逆とも取られかねないご発言かと。私は何も聞かなかったことにしておきますが、壁に耳あり努々ご注意なさいませ」


「ハハハ、『アンジュ殿』のところはよく理解できませぬが、成り上がり者の私、背中にはいつも気を配っております。では」


 ローレンスは、この国の武人がする正式な礼、右手の拳で左胸を二回を叩き、踵を回すと足早に歩き去った。ちなみに、この礼は、急所である心臓を叩き、この身を投げ打ち主君に尽くす、という忠誠の意思を表すものとされている。


「まったく、あれで、とぼけたつもりかしら? ローレンスったら、恋のいろはも知らない子供のようだわ」


「ロゼ様、久々に笑顔をお見せになりましたね。重畳至極にございます」


「本当に、話題を逸らすのが巧いんだから」


 ロゼは生まれつき、とても心優しい子だ。


 分かっている、分かっているわ……。


 この国には五百万もの民がいる。もし、あの、オステン帝国の侵略を受けたら……。


 イーサ、と、隣国リバの民はエアルメラ教を信じている。この宗教は自然崇拝、アミニズムといったところだ。両国を跨いで聳える霊峰、エアルメラ三山を御神体と崇め、その使徒である鹿を神獣としている。故に、二国の人は決して鹿を殺さない。


 だが、一神教であるアルカーン教を信仰するオステンにとって、彼らは、原始的な邪神を信ずる異教徒だ。異教徒など「人」と見做さぬ彼らは、他国の街を蹂躙し虐殺行為を行うことも、しばし。


 もちろん、この世界でも非戦闘員を殺傷するのは、重大な軍規違反だ。だが、オステンの王、フォルセイス・マスリュコフは、侵略の口実を「異教徒に弾圧されているアルカーン教徒の救出」としているためか、ある程度の虐殺は、()()()()()()()()()として、目溢ししているようだ。


 このよう事情があるからこそ、ロゼは自らに言い聞かせている。ひとたび、イーサがオステンの侵略を受ければ、多くの民が犠牲となる。考えただけで胃から酸っぱいものが逆流するような惨事が起きる。


 だから、一人、たった、一人が、男の臭い息、唾液、精液に耐えれば、破瓜の痛みに目を瞑っていれば、人を殺すという罪悪感に耐えればいい。ただ、それだけのことで、何千、何万という人の命が助かる。


 そんなロゼに対するイーサ王の振る舞いは、敬意を示しているように見せているだけで、どこか儀礼的な態度に思える。王の本音は、彼女を国を守る兵器としてしか見ていない、年若いロゼはそう信じている。


 だが、イーサ王ランドルフ・アウエンミュラーは、国益のためなら手段を選ばぬ冷血漢とまではいえない。彼も苦しいのだ、もし、彼女に少しでも情が移れば、このような非道を人として許すことができなくなる、そう考え、よそよそしい態度をとっている節がある。




 それはさておき、ここで少し、聡明なメイド、アンジュについて語っておこう。


 時は十五年ほど遡る。ここは魔の森ミシュラ・マ・フルシュの奥深くに位置する隠れ里だ。古来より、この村の周辺には、魔獣除けの強力な結界が張られている。


 魔の森に迷い込んだ親子連れを保護するため、大賢者がこの結界を張ったのが三百年前という伝承はあるが、もはや事の仔細は明らかではない。


 当初この村は、魔獣を狩る冒険者の避難場所であったが、魔の森に迷い込んだ旅人、司直の手から逃れようとする犯罪者、その他、訳ありな人々が集まり、小さな集落(コロニー)を形成するに至った。


 この村から近隣の街までは、魔の森を決死の覚悟で踏破しなければならない。従って、村人はほぼ自給自足の生活を営んでいる。


 これも大賢者による魔法だろうか、トウヒに覆われた黒い魔の森と、村の周囲とでは植生が大きく異なっていた。貧しい村に食料を齎す広葉樹が多数生息し、春には桜桃、秋には林檎やクリの実が豊かに実る。


 低木に囲まれた村は、日当たりがよく、麦、馬鈴薯、トウモロコシの栽培も行われ、村人の食生活を支えていた。さらには、誰が連れてきたのかは知らないが、山羊や鶏が飼育され、貴重なタンパク源となっている。


 そんな村の安寧を約束する結界は、村の周りにある四つの魔法石、要石(かなめいし)によって維持されていた。この石には、大賢者がその血で描いたと伝わる印、十字架の紋様が刻まれている。


 十字架はそれぞれ正確に東西南北を指し示す。十字架の「上」すなわち、十字の横線に交わる縦線の飛び出しの少ない方が、その方位を示す、「上」ということだ。

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