アンジュの手紙
純白となったシーツをじっと見つめていたロゼ。
「なんだか、妙な気持ち。恥ずかしいような、それでいて、満ち足りていて……」
「今まで、ロゼは幸福という感情を持ったことがないのでは? 頑張るよ! これから、君を世界一の幸せ者にしてみせるから」
一般の男女でも初めて結ばれるというのは、特別な意味を持つだろう。彼らはそれに加え、生涯達成不能だと考え、諦めていた何かが突如、棚から落ちてきた訳だ。
今、彼らは途轍もない高揚感に包まれている。ニールの芝居がかったクサイ台詞は、どうか勘弁してやってほしい。
「ありがとう、ニール。私たち、小さなクリーニング屋さんでも始めましょうか? あっ、そうだ、私はゴミの処分屋ができますよ」
「アハハ、それはいい!」
「確かに、こんな気持ちは初めてかもしれないわ。でも、どこか後ろめたいのは、アンジュのことが気になって、彼女……、あっそうだ」
アンジュが持たせてくれたリュック、急いでいて、まだ中身を確認していないことに、ロゼは気付いた。
改めて、荷物の中身をベッドの上に出す。着替え、タオル類、鏡、ブラシ、化粧道具、水筒、携行食、さらには、紅茶缶、ロゼが好きな紅茶をわざわざ詰めてくれていたようだ。
これだけ? あっ! リュックの底には、A4半分くらいの大きさのエンベロープが見える。
ロゼは白い封筒を開けた。そこには、小さく折り畳まれた、アンジュの生まれ故郷である、魔の森の隠れ里、ミシュラ・ワハームへの地図、転写魔法で撮ったロゼとアンジュの写真、さらには手紙が添えられていた。そこには、
〜*
ロゼ様
この手紙を読まれるころ、ロゼ様はニール様とどこかの宿におられるのでしょう。
ロゼ様がオステン戦役から戻られた時から、この日が来ることは覚悟しておりましたし、準備もしておりました。あまりお荷物になってはいけないと思い、紅茶缶一つしか入れられませんでしが、どうか、お好きな紅茶、ニール様とお楽しみください。
前にも申し上げました通り、私は幼いころから大恩を受けたロゼ様をお慕い申しております。ですので、いえ、ですから、あなた様の幸せは、私にとっても、大いなる幸福である、とお考えください。私のことを気に掛けて、ニール様との清福を躊躇うなど、本末転倒でございます。
とはいえ、私は、あなさ様以外にお仕えする人など、この世におりません。ですので、再度、お二人のメイドとして雇い入れていただく思います。どうか、この我儘をお許しください。
直ちにお二人の後を追い、ミシュラ・ワハームに参りたいところではありますが、私が迂闊に動いてしまえば、その跡を辿られてしまうやもしれません。ほとぼりが覚める数年間を我慢いたします故、私から音信がないことを、ご心配なされませぬように。
写真を添えましたのは、再会した時、ロゼ様が私の顔を忘れていないように、と思ったが故でございます。
では、しばしのお別れとなりますが、どうか、ニール様とお幸せに。 かしこ。
*〜
手紙を読んだロゼ、アンジュの気持ち、複雑な思いは、痛いほど分かる。だが、いつか再会して三人で暮らせばいいではないか。アンジュにとって、それはベストな選択ではないにせよ、ベターな何かだろう、ロゼはそう思った。
ただ、一つだけ引っかかることがある。何故、アンジュは写真を同封したのだろう? アンジュの顔を忘れる? あり得ぬことだ。
この世界の写真は、かなり特別なもの、この写真も去年の誕生日に、写真屋に依頼し、高額なお金、確か金貨一枚を払って撮ってもらったものだ。貴重な一枚だから、保管しておいてくれ、ということか?
「アンジュ殿のお手紙に何か?」
「いえ、合流するのは、数年後になるだろうと」
「そうなんだ、随分と気を使われたんだな。だが、まだまだ、俺たちは若い。俺も三人で暮らせる日を楽しみにしているよ、ロ……」
「待って! 名前、名前よ、しばらくは、怪しまれないためにも偽名を名乗った方がいいわ、慣れておかないと」
「だな、オリヴィア」
「じゃ、オーシーノ、夕食を食べに行きましょう?」
「OK」
二人は部屋を出て食堂に向かう。夕食時を迎え、食堂は冒険者でごった返していた。奥の方に二人向かい合わせに座れそうなテーブルが一つ、空いていたので、そこに座った、ニールとロゼ。
「イーサのもの、ソーセージばっかりと思ってない? オーシーノ」
「ああ、少し、食べ飽きたかな」
「じゃ、シュニッツェルを、あと、ロゼワインをボトルで」
シュニッツェルとは、牛肉を薄くたたいて伸ばし、小麦粉、卵、パン粉をつけ揚げたフライのようなものだ。
しばらくすると、ウエイトレスが熱々のシュニッツェルを運んできた。




