初「夜」
昼食を済ませ、早々、部屋に引き上げたニールとロゼ。
この宿屋の部屋は一般的なホテルのツインルームくらいの広さで、グレーの絨毯が敷かれている。
二つのベッドが設られ、窓際には書き物をするための長机とウィンザーチェア、ベットの足元にあるスペースにはチーク材の丸テーブルに背もたれの低い椅子が二脚、入り口付近にはユニットバス風のトイレとシャワー、といった具合だ。
シャワーを浴びて、といっても。お湯が出るわけではない。清浄の魔法により、衣服のクリーニングと体の洗浄が同時にできてしまう、この世界では普通の仕組みのものだった。
旅支度の二人、部屋着などないのだが、外套をハンガーにかけ、ベッドに並んで座る。自然と肩を寄せたニールは、軽くロゼにキスをした。
これは、私にとって二人目のキスということになるのかしら? どこか、心疾しい気持ちが、ロゼの中に生まれたが……。
「ニール、これ以上はダメ! 私、あなたを殺してしまうわ」
「ずっと前から考えていた。俺たちなら、結ばれることも可能なのではないかと。もちろん、君の『同意』あってのことだけど」
「私は、全てを捨て、あなたに付いて来ました。そのことの意味は、もはや説明するまでもないでしょう。ですが、それと、これとは別です」
「勇者には強い魔法耐性があるのです」
「いいえ、私は魔力において、人ではない、化け物ですよ?」
「そこまで言いますか! 俺を気遣ってくれる気持ちは嬉しいが、違うんだ。君に、具体的なことを説明するのはかなり憚られる。だから、今まで言えなかった。でも、致し方ない! ロゼは、痛みが、害意とみなされる、と考えてはいないかい?」
まともに破瓜の痛みの話をロゼにするのは、セクハラだと考えていたニールだが、そこに切り込まないと説明し得ないらしい。
「は、はい、そうだけど……。ニールの意図がよく分からないわ。私は構わないから、もっと具体的に言って」
ニールによると、ロゼの母は彼女を妊娠するまで、何人もの死刑囚と交わっており、その全てを魔法により殺している。
もし、セックスに伴う痛みにより、その対象を殺すというのなら、このことは理屈に合わない。性交による女性の痛みは、繰り返すことで和らいで来るからだ。
「望まぬ相手との性行為であるが故、魔法が発動してしまう、とは考えられないかい?」
「なるほど、ニールの理屈には筋が通っていると思うわ。だけど、推測であることには違いはない。それを、今、身をもって試すのですか? リスクが大き過ぎるわ」
「君は、さっき、俺と交わっても、よいと、言った」
「あなたと、ひとつになれれば、どんなにか素晴らしいとは思います。その言葉に嘘はない、だけど、本当にそれを……」
言いかけたロゼの口はニールの口付けにより塞がれた。
「たとえ、この身が滅ぼうとも、君が、ロゼが、ほしい」
思い込んだら命懸け、 直情的ともいえるニールの情熱は、ついにロゼの心を溶かしてしまった。受け入れよう、なんとしても、この方を……。
気が付けば窓の外は夜、紅いC星が東の空から昇ってきている。葉を落としたイチョウの木を、舞い落ちる粉雪がなぶっていた。ロゼは、そっとニール、今、自身の伴侶となった男性の頬を撫でた。
温かい、彼は生きている! なんて、なんて、素晴らしいことなの!! 未来永劫、叶うことなどないと思い込んでいた、愛する人との交わり。
腹部に微かだが痺れるような感覚が残っている、だけど、今のロゼには、破瓜の痛みすら心地よく愛おしい。
「ニール、あなたの子供がほしいわ」
「ああ、もちろん、俺もだ」
「でも、男の子がいいわ、女の子だと私と同じ不幸を背負わせてしまうもの」
「大丈夫。男でも女でも、俺が、勇者の名にかけて守ってみせるから」
「そうね。私の頼もしい、勇者様」
今度はロゼからニールにキスをした。
「あ! あまりに夢中でシーツを汚してしまったわ。恥ずかしい」
「ご心配には及びません。お嬢様、勇者の力とくとご覧あれ」
この世界の住人は魔獣も含め、血液型のように固有の魔法属性を持っている、という点はすでに説明した。
その属性は七つ、各種魔法にも同様の属性があり、人は自らの属性に合致した魔法しか使うことができない。すなわち、光属性の勇者は、光属性の魔法しか使えないということだ。
逆に言えば、勇者は光属性の魔法なら、鍛錬次第で、どんなものでも使うことができる。
「星よ、光の精霊よ、その清廉なる魂を示し、ここに清浄をもたらせ! プロープル」
血の滲みができていたシーツは、たちまち、洗い立ての純白に戻った。




