変装の指輪
所変わって、ロゼとニールは、針葉樹の森林を抜けシャルトガルトに到着していた。ここからは森が切れ、しばらく平野が続く。
東にはパルマ連峰、五合目付近まで冠雪があり、西に傾くA,B両星の光でオレンジ色に輝いている。緯度は日本の東北に当たるイーサだが、冬期の降雪量は少なく、平野部に雪が積もるということはない。
だが、外気温はかなり寒く、深夜には零度を下回っていたはずだ。といっても、ここは魔法の世界、ニールとロゼが羽織っている、薄い防寒コートは魔導の品、このまま地に寝ても、凍えることはない程度の高度な防寒魔法がかかっている。
シャルトガルトは人口十万人ほどもある比較的大きな都市だ。平和なイーサを象徴するかのように、城砦などは存在せず、街へ入るための検問所もない。
二人は街のメインストリートを通って、冒険者用の宿を探した。冒険者が強い魔物を求めて旅から旅へというのは、よくある話で、これから魔の森へ行くと言っても、特に怪しまれはしないだろう。
街の中心には、ゴシック風の作りの石造り三階建の家が並ぶ。銀行、商社、衣類や宝飾品を扱う店、このあたりは貴族向けの高級な店や会社が多いようだ。
道を東に折れると、ここからが庶民街ということだろうか、露天が並ぶ市場に出た。野菜、果物、肉、魚、雑華類……。
ロゼにとっては一つ一つが新鮮な光景、しかも叶わぬ夢と諦めていた最愛の男性と同行している。心が躍る一方、アンジュはどうしてるのかしら? 王に叱責されていないかしら? 不安や申し訳なさも募る。
「この先に一軒、宿屋があるようだけど」
ニールは先ほど露天で買った、シャルトガルトの市街図を見ながら言った。
「あ、あそこ、あそこでは?」
ロゼが指差したのは人魚が描かれた木の看板だ。青く塗られた水面から、なぜか赤ら顔をした人魚が飛び跳ねている構図だが、どうも尾鰭が短い、顔もよく見ると、左右の目のバランスが悪く、美しいとはいえない容姿に描かれている。下手くそな絵師が描いた看板なのだろう。
看板に書かれた店の名を英訳すると「The Drowning Mermaid(溺れる人魚亭)」。よくある冒険者用宿屋の造りで、一階は食堂で二階が客室となっているようだ。オーク材のドアを開けて宿屋に入る二人。
「少々、早いが、少し疲れたので休みたい。明日まで一泊させてもらいたいのだが……」
ニールは、店の玄関先のカウンターに座る宿屋の主人と思しき禿頭の初老男性に声を掛けた。
「ほぅ、珍しいね。エルフの冒険者さんかな。いや、こうやって実物を見るのは初めてだが、噂に違わぬ美男美女だねぇ〜」
《なんだと! エルフだと!》
この世界には、エルフやドワーフといった、異世界物ではお馴染みに種族が住んではいる。だが、前述のように異種族間との交流はあまりなく、人族の街では珍しい存在だ。
エルフの冒険者が人族の国へ来ることに、特別な違法性はないものの、目立ってしまうといえば、その通りだ。ニールはアガーテの悪い冗談だと思ったようだが、それは少々見当違いだった。
そもそも、変装の指輪は精神操作をし、見る人に軽度の錯覚を覚えさせるだけ。装備した者の背格好はそのままだし、大きく容姿を変えることはできない。だから、この二人があり得ぬ美男美女カップルに見えてしまうのは、どうしても誤魔化せない。
であるが故のエルフだった訳だが、アガーテが悩みに悩んだ窮余の策に、彼は気付かなかったようだ。
「うん? どうしました? 一応、規則なんで、冒険者証、見せてくれるかな?」
「あ、ああ、すまない、ちょっと考え事をしてしまった」
ニールは慌てて、リュックから二人分の偽造冒険者証を主人に見せた。
「ふむ、オーシーノさん、と、オリヴィアさん、エルフの名前も人族と変わらんですな。って、Aランク冒険者さんですか!!」
《まったく! 目立ちなくないと言ったのに、アガーテは!》
これもニールの早合点だ。これだけの魔力を持つ二人、魔法世界の住人には、どう隠しても只者ではないと分かってしまう。彼らが低ランク冒険者だというのは、むしろ猜疑心を煽るだろう。
「ええ、言葉も共通語が常ですしね」
一言くらい喋っておかないと不審に思われると感じたのか、あるいは、アガーテ演出の身分詐称に不満があり、心ここにあらずなニールを気遣ったのか、ロゼが、そう答えた。
「確かに、容姿も人族といっても通じそうですな。ま、美し過ぎるが故の違和感はありますが」
「まぁ、褒めていただいても、割増料金は払いませんわよ」
「はは、眼福料をこちらがいくらかお支払いしないと」
ひとまず、割り当てられた二階の奥の部屋に荷物を置いた二人は、一階の食堂に降り、黒パン、ソーセージ、ザワークラウト、コーヒー、イーサ定番の昼食を食べた。




