ロゼの決意
ブラディローズの血脈を残す「儀式」が倫理に悖る行為であるのは論を俟たない。それを重ね行う、鬼畜すら震え上がる蛮行といえるだろう。これを止めたランドルフ王の判断は当然である。
だが、この中止命令は遅きに失した。一年にも渡り「乱行」を繰り返した、クララは性病に感染していた。地球でいうところの梅毒である。
以前、解説したように、魔法世界の臨床医学は遅れている。
梅毒が梅毒トレポネーマという細菌によって齎されることを、この世界の人は知らない。梅毒の原因は呪いであるという迷信により、ペニシリン相当の抗細菌薬があるにも関わらず、ロゼの母はこれを処方されることはなかった。
体調不良はもちろん、クララの全身にはゴムのような腫瘍が発生した。醜く変わりゆく己が姿を鏡に映し、ロゼの母は絶望の淵に沈んで行った。
「そ、そういうことだったのね」
ロゼは唇を血の出るほど噛んだ。「ほど」ではない、唾液が鉄臭い、本気で噛んでしまい、血が滲んでいるようだ。
もちろん、ロゼは、母に効く薬があったということは知らない。だが、こんなになるまで、家畜、いや、それ以下の扱いを受けた母、悲しみに勝る怒りが、ロゼの胸に沸々と湧いてきた。
「ロゼ様のお気持ち、五万の民を守るという崇高なる理想、素晴らしいものと思いますし、であるが故、私は、あなた様を敬愛いたしております。ですが、ここまでしてしまう、国家、守るに値する存在でしょうか? 国民は何も知らなかった? 知らなかったからといって、許されるような所業ではございません。この国の五万の民も同罪でございます」
「ロ、ロゼ……、どういうことだ、私にも分かるように説明してくれ」
決死の覚悟でロゼを攫いに来たのに、突如、アンジュに今夜の主役を奪われたニール、ロゼの切迫した表情に言葉を失っていたが、蚊帳の外に置かれたとも感じたのだろう。少々、強い口調でロゼに詰め寄った。
怒りの興奮冷めやらぬロゼに代わって、アンジュが手短に事の次第をニールに説明した。
「なるほど、あのイーサ王、曲者だとは思っていたが、そのような所業、許すまじ」
「ニール殿、お気持ちは嬉しいですが、イーサ王に復讐したところで、私の母が生き返る訳ではございません」
少しずつクールダウンしてきたのだろう、ロゼはニールを諌める余裕を取り戻していた。続いて、アンジュの目を真っ直ぐに見て、こう言った。
「よく分かりました。この国のために命を捧げようなどと思っていた私は愚か者だったということですね」
「とんでもございません。ロゼ様の決意は気高いものであることに変わりはございません」
「ありがとう、アンジュ」
ニールの前にも関わらず、ロゼはアンジュを抱きしめ、軽く頬に口付けた。
「ニール殿が国賊とならず、かつ、私が心安らけくあれるには……。アンジュは気付かなかったでしょうが、最もよい方策が、日記に記されておりました」
「どういうことでしょう?」
興奮が冷めたロゼの目はどこか焦点が定まっていない。心の病が強く影響しているのだろう、どうしても、どうあっても、ネガティブな思考に囚われてしまう。
「母は万一の場合に備え、ブラッディーローズの力を持つ者の自殺方法を暗示してくれていたのです」
「ロゼ様、私は、あなた様が、そのような決断をさせるために、日記を渡したのではございません。短慮はお控えくださいませ」
慌てるアンジュの説得に耳も貸さない、ロゼ。
「私が死んで、ニール様は、何事もなかったようにリバに帰る、これで全て解決です」
これを聞いたニールの表情が一変した。
「いいや! 違う、断じて違う!!!」
頬を染め興奮した様子のニールは、ロゼを睨みつけ、叱責するかのような口調だ。
ロゼはその力を恐れられる身、十五年の間、一度たりとも、叱られた記憶はない。ニールに剥き出しの怒りをぶつけられたロゼは、怯み、戸惑った。
「ロゼ、君は愛というものの本質を分かっていないのではないか?」
「私は、ニール様のこと、お慕いもうしております。であるが故の……」
「君の気持ちを聞いているのではない! 君は自死し、私は虚しくリバに帰れと言うのか? いいか! ロゼ、生きているということは、死んでいないことではない!」
「そ、それは……」
「君を愛している、という言葉は、君と生きたい、と同義だ。君なき世界、灰色に色褪せた世界など無意味どころではない、私は壊す、世界の全てを壊してしまうだろう!!」
こんなに情熱的な愛を向けられるのも、やはり初めてのロゼ。
「君の気持ちなどどうでもいい、これは、私心、己が我を通すということだ。従わぬのなら、縛り上げてでも連れて行く。だが、愛する人に乱暴はしたくない、どうか、この手を」
「ロゼ様、素直に敗北を認めるべきです」
「アンジュ、今夜は随分と意地悪ね」
そう言ってロゼは、叙任される騎士のように、目の間で立膝をしているニールの手を取った。




