キャピュレット家の庭園
ワンコーラス、唄い終わった、ロゼは夜空を見えた。
と、その時。
窓の下、庭先からロゼの名を呼ぶ声がする。囁くような男性の声、この声、聞き覚えがある。
まさか!!!!
「もしやと思いますが、ニール様?」
「はい、お迎えにあがりました。ロゼ殿の部屋が分からず、難儀していたところに、美しき歌声、これは、まさに、神の配剤ということでしょう」
「お迎え? もう戦争は済んだと思いますが……」
「いえ、そうではありません。ここでは、ゆっくりお話できません故、お部屋にいれてもらえませんでしょうか?」
ニールは、縄の束を投げて寄越した。軽くこれを受けとるロゼ。
「どうなさいました?」
後からアンジュが声をかけたが、この異常事態に驚いた様子もない。もしかしたら彼女、今日あることを予期していたのかもしれない。
ロープを腰に巻いたロゼ、華奢な体だが、大の男のニールが縄を登ってきても、微動だにしないのは加護によるものだろう。
「お久しゅうございます」
「ニール様、おいでになるのが遅過ぎます。間に合わぬかと、寒心に絶えぬ日々を送っておりました」
アンジュは自己紹介も省き、いきなりニールを攻めるような口調で話す。やはり、今夜のことは想定内なのだろう。
「そ、その……、儀式が延期になったという情報は、私の方も掴んでおりましたが」
「それとは、また、別のお話です」
今日は十二月二十三日、アンジュの誕生日の二日前だ。そのことと、何気ないアンジュの言葉を結びつけるのは、さすがに、ロゼもニールも難しかっただろう。だが、この一言はこの先、とても重要な意味を持ってくる。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、アンジュ。私は、ニール様に付いて行くつもりなど、ありませんよ」
そう言い切ったロゼは真っ直ぐにニールを見つめて、付け加えた。
「ニール様が、私のことを案じてくださるのは、とても嬉しゅうございます。ですが、私を攫えば、あなた様は破滅への道を歩むことになります。愛する男が、裏切り者の汚名を着て、追われる身となることを望む女など、この世界に存在いたしません」
もはやこの気持ち、隠しようもない。だが、であるが故に、彼をニールを叛逆者にはさせられない。
「このまま、黙ってリバにお帰りください。私は、最後に一目、あなたにお会いできただけで、もう、生涯の幸、その全てのいただきました故」
「ロゼ様、アンジュは、あなた様をお慕いし、命の限り尽くすと誓っております。ですから、どうか、どうか、あなたの、ロゼ様ご自身の幸せを」
「アンジュもありがとう、だけど……」
「いたしかたありません。では、ロゼ様、これをご覧ください」
アンジュは自室のビューローの中から、丁寧に布で巻かれた本のようなものを持ってきて、ロゼに渡した。
「なに、これ?」
柔らかいオフホワイトの布を開け、それを見た瞬間、ロゼは本、いや、日記を取り落としそうになった。それは、国家機密として、全て焼却処分されたと思われていた、母が記した日記であった。
「私の先代のメイドが密かに仕舞っており、これを引き継いだものです。僭越ながら読ませていただき、ロゼ様に、お見せしてはならぬものと思っておりました。ですが、天啓があったとしか思えません。今『やはり、お見せすべきだ』と閃いたのです」
天啓というのは、アンジュが作った嘘かもしれない。彼女は予々、ロゼは、その使命感から逃れ、自由になるべきだと考えていた。それが、主人の一番の幸せであると。
だが、ロゼが自由になる手引きをすることは、国家への反逆であるのはもちろんのこと、恩人である王への裏切りともなる。
さらには、好きで好きで堪らないロゼが自分の元から去って行くということでもある。だが、ロゼを愛すればこそ、それがどんなに辛いことであっても、いつか、いつの日にか、決断しなければならない。
自分の愛する人には、我が身がどうなろうとも、幸せになってもらわなければならない。この日記は、その時が訪れた際の切り札にしよう、そう思っていたのだろう。
「最後の方のページからお読みください」
ロゼは、丁寧に装丁された、モスグリーンの表紙の分厚い日記のページを開いた。アンジュがそういうので、母が亡くなる半年前からの記述を読むことにした。
読み進めるに従い、ロゼは、手が蒼白なるくらい強く日記を掴んでいることに気が付いた。身体中に悪寒が走り、呼吸が浅くなってくる。
「そ、そんな……」
言葉も涙さえも出てこないロゼ。
ロゼの母クララは、幼い頃病弱だったロゼのバックアップを産むことを強要されていた。
毎月の排卵日に合わせ、死刑囚が三人連れてこられ、これと交わり殺す、そのような非道な行為を何度も、何度も、繰り返し強要されていた。
先代の王が亡くなり、現ランドルフ王が王位を継承した後、中止命令が出るまで、一年に渡って、陵辱と殺戮が繰り返されていた。




