アンジュの想い
黙ってローレンスの話に耳を傾け、政治の話が一段落するのを見計らっていたアンジュは、
「さ、ローレンス様、難しい話はそれくらいにして、お茶とクッキーなど、いかがですか?」
バスケットの中からグラスを出し、水筒からよく冷えたミントの香りのする紅茶を注ぎ分けた。
袋に詰めたクッキーは、そのまま袋を破いて皿代わりにする。ロゼが格式ばったことを好まないという点もあるが、三人が気の置けない仲ということだろう。
「これは、アンジュ殿がお作りになったものでしょうか。バターが効いて、甘さも程よく、甘苦いオレンピールとの相性もピタリ、素晴らしい味です」
「ローレンス殿、褒めても何もでませんわ」
「いえ、もう、何物にも代え難い品をいただきました」
と言ったローレンス、はにかんだ笑顔を見せ、ポケットから黒いハンカチを出した。
「まぁ、騎士殿は戦地に赴く際、恋人からもらったスカーフを腕に巻くと聞いておりますが、私、貴方様の恋人ではありませんよ」
「アンジュ、そんな木で鼻を括ったような言い方をしては、ローレンス殿に失礼よ」
「あはは、構いません、どうかお気ならずに」
二人の間に好意、恋愛感情がある点は、ロゼから見ても明らかだ。自分と違い、アンジュは交わった男を殺してしまう、などということはない。恋仲を否定するかのようなアンジュの宣言は不自然に感じられる。
さらに、彼女の仕事はロゼの付き人で、ローレンスは近衛師団長、いずれも王宮内で働く仕事で、結婚しても、そのまま継続可能だろう。二人が結ばれることへの障壁はないはずだ。なのになぜ? ロゼは妙な違和感を感じた。
「まぁ、まぁ、このお話はここまで。いずれにせよ、これは、私のお守りとして、生涯大切にいたします」
「それはそうと、ローレンス殿、このカサブランカの香り、ちょっと強過ぎませんか? 来年からは、普通の白百合を植えるよう、庭師に言っておいてください」
ローレンスとアンジュの間に何かある? とは思ったロゼだが、あえて話題を変えた。以後、三人は四方山話をして、ロゼとアンジュは居室に戻った。
「そろそろ、お昼です。お昼食は何にいたしましょう?」
「さっきのクッキーでお腹一杯」
「お帰りになってから、ロゼ様は、ますます食が細くなられました。せめて、パンだけでも、お食べにならないと、体に毒ですわ。ああ、この間、考えていたのですが、ロールパンの真ん中を切り、ソーセージ、ザワークラウトを挟んで、マスタードを塗るというのは、いかがでしょう?」
「ああ、それなら簡単に、食べれそう」
「では、準備してまいります」
イーサに戻ってから、誕生日後の儀式をどうしても強く意識してしまう。
本を読み、アンジュと庭を散歩して過ごす、たまさか庭でローレンスに会えば、彼は、王からの伝言だけではなく、今、巷で何が流行っているのか、世間話もしてくれる。
叩き上げの軍人で、無骨であるのは、その通りだが、ロゼと彼女に付き従うアンジュ、すなわち幽閉の運命を共にする、二人に彼なりの気遣いを示してくれているのだ。
それに気付かぬアンジュでもなかろう。なのになぜに、あんなに物言いをするの?
もしかしたら、どうしようもない、口にできぬ理由で、彼の愛を受け入れられず、冷淡な演技をせざるを得ない? その理由とは何? 分からない……。
単調な日々、時間は確実に過ぎていく、庭の花壇では、コスモスやダリアを見るようになった。そんな、ある夜のこと、レースのカーテン越しに見えるC星、今日は一際大きく紅い。
ロゼの強い要望で、アンジュは彼女の隣の部屋、サイドルームで寝ることになっていた。
名目上はメイドと主人だが、ロゼの頭の中でアンジュは幼馴染の親友というポジショニングであり、そのような扱いをすることを周りに要求し、認めさせている。
夏が終わり涼風が立つ季節となったある夜、なぜか寝苦しく、眠れずにいたロゼだが悪寒のような感覚、痛み? 怪我? 絶大な魔力を持つ彼女だからこそ感じられるフィノミナだ。ベッドから起き出し、ガウンを羽織り、迷わずサイドルームに向かう。
ロゼは悪臭のようなテレパシーが、そこから発信されている、という確信を持っていた。アンジュの身になにか?
「アンジュ、どうしたの?」
「ロ、ロゼ様、なぜ?」
狼狽した声だが、どこか痛みに耐えるような波長が混じる。
「感じたの、あなたの身に何かが起きたと……」
「だ、大丈夫ですから、どうか」
アンジュは慌てて何かを隠そうとしている。もしや自傷行為? そう思ったロゼ。
「その手に持っている物をみせてくれるかしら」
「だ、だめです。これは」
魔力の強いものは、その加護により、ステータスを底上げされていると以前、説明した。ロゼの底上げは魔力特化型ではあるものの、常人であるアンジュと、その力は比べ物にならない。彼女より十センチは小柄なロゼだが、まさに赤子の手を捻るがごとしだ。
「こ、これは……」
ナイフだろうと思っていたロゼだが、あまりに意外なそれを見て言葉を失った。
性知識については、しっかり教育を受けている彼女でも、実物を見るのは今夜が初めてだ。それは、作りものの男根、ディルドだった。しかも、べっとりと血が付いている。
このようなものを、取り上げてしまった後ろめたさ、しかも、どう考えても、これは、本来の目的、すなわち、女性が快楽を得るために使用されたのではないことへの疑念。どう言葉を繋げばいいのか、ロゼは迷った。




