イーサ王
この王宮にある薔薇園の薔薇は初夏に咲く、ほどなく勇者が到着、オステンとの戦いを経て、今、季節は八月。ロゼの誕生日である十月まで残り二カ月となった。
ロゼ最大の憂い、その「儀式」は誕生日の翌日、十月十一日夜に実施されるのが通例となっている。
イーサは、リバに比べ南に位置しており、八月のこの時期は暑い日も多い。だが、日本の緯度に当てはめると、リバは北海道、イーサは東北といったところで、湿度も低く、蒸し暑いとまではいえない。
さらに、魔法技術恐るべし、氷の魔石を使ったエアコン、冷風機が存在する。当然だが熱交換の必要もなく、単純に部屋の温度が下がる。室温は常に二十八度に保たれ、とても快適だ。
「日差しが強くなる前に、お庭、行きましょうか?」
「ええ」
「今は、花壇の向日葵が満開、白百合も咲き出しているかもしれません。そうそう、冷たいものを水筒にいれて、東屋のところで、お飲みなるというのは、いかがでしょう?」
「アンジュ、なんだか、楽しそうね」
「ロゼ様のお傍に仕えさせていただけることが、私の幸せ、生きる全てでございます」
「また、大仰な言い方をする。でも、私も、アンジュが傍にいると、とても安心する。どんな未来があろうとも、乗り越えられそうに思えるわ」
アンジュは紅茶を淹れ、水筒を氷で満たして注いだ。クリスタルグラスをなぜか三個、布巾で巻いてバスケットに入れる、昨晩、厨房の設備を借りて焼いたオレンピール入りクッキーの袋も詰め込んだ。
「では、まいりましょう」
目隠し越しにでもロゼは魔法で見えている、それを知るアンジュだが、いつも生真面目に、主人の手を引く。
「ロゼ様、今日はお手が冷たく感じます」
「さっき、ずっと、冷風機にかざしていたからかしら。そんなことまでよく気が付くわね」
「主人の健康管理も、私の努めでございます」
「はい、はい」
庭に出て、人目がないことを確認したのち、ロゼは目隠しを外した。
「見ていなくとも満開なのは分かるわね」
左側の花壇には向日葵、右には白百合が植えられているが、この白百合は、野に咲くものに比べ花が大きく、その芳香も強い。薔薇にも勝る甘いフレグランスだが、魔法に秀で、五感が鋭いロゼにとっては、過剰な香りに感じる。
「カラブランカはお嫌いですか?」
「いえ、ちょっと香りが強過ぎると思っただけよ。じゃ、あそこの東屋で。アレ?」
花壇を見下ろす、高い位置に立っている円形の東屋、そこには先客がいた。
「はい、ローレンス殿が、ロゼ様に報告があると仰っていましたので」
「ああ、なるほど。なので、グラスが三個だったのね」
東屋のテーブルと椅子は陶器で作られている。遠い東の国から伝来したという白磁に藍色で花が描かれていた。
席はちょうど三つ。空いている二つにロゼとアンジュが腰掛けた。
「ロゼ様、今日もご機嫌麗しゅう。ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ奉ります」
「みんな、大仰なのよ」
「ロゼ様は、この国をお守りいただいた英雄でもあります故」
「なに、その不自然な過去形は」
「はい」
直接、言わないというのが、あの王らしいが、ローレンスを経由して勇者ニールとのやり取りを、ロゼに伝えてくれるようだ。
まず、ニールは指輪を返却した上で、リバ王実印のある一億円の小切手を渡した。当然だが、この世界にも銀行はある。金貨千枚を袋に詰めて持ってくるなどということはあり得ない。
「まったく、キッチリ、一億、色はつかないのかね」
イーサ王は実務的で、合理的、偉ぶらないのは美点といえないこともない。
「まだ、オステン、および、魔族国との賠償金交渉が終わっておりませんので、それ次第では」
「オステンは、我が国への侵略も考えていたという情報もあったが」
オステンの真の狙いはリバより経済的に豊かなイーサであったことは事実だ。ドルティアを制圧した暁には、リバ東部を魔族国に割譲するという条件で、オステン、魔族合同軍を結成、南進して一気にイーサを手中に収める、という青写真を描いていたようだ。
魔王は、ブラッディローズのリスクをオステンより重くみており、ドルティア制圧までは側面支援とし、ロゼの力がイーサの虚仮威し、張子の虎であることを確認した上で、本格的に参戦する腹積もりでいたらしい。
というような話ぐらい、イーサ王ランドルフはずいぶん前に掴んでいた。だが、勇者がロゼを借りに来た際、これを明らかにしてしまえば、自国の危機への対応となり、ロゼ賃借料を請求できない、と踏んだ。
やはり、イーサ王は曲者だ。ロゼの正義感を煽った、あの場でのシナリオは、オステンへの忖度だけではない、その真の目的を承知していたからこその演技だったのだ。
そして今回は、その情報を開陳した上で、賠償金の一部を寄越せ、と無心する。
だが、彼を悪人と断ずることはできないだろう。むしろ、真面目に、少しでも国を豊かにしようと考えている、怜悧狡猾であることは、王の職務に忠実たらんとしている証左でもある。
「なるほど、王様らしい嫌らしい駆け引きね。私にとっては、夕食のソーセージが一本増えて、嬉しい限りですわ」
ロゼはまだ若く、清濁併せ吞むとまでは行かないのだろう。口には出さないが、功労者である自分に挨拶ひとつもない王の態度も癪に障ってはいるが、謁見して「ご苦労であった」などと言われたら、憤懣遣る方無い気持ちになることも、自覚はしている。




