表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/87

薔薇園

「もう、この話はおしまいにしましょう。今は、薔薇園と、それに劣らず美しい、アンジュの瞳を鑑賞することにしたいから」


「お戯れを。ロゼ様のルビーの瞳こそ、至宝」


「何言ってるの、私のは呪われし血の色よ」


「ロゼ様、だめですよ。そのように、自らを卑下なされるのは」


「そうね。ありがとう、私に意見してくれるなんて、アンジュだけ、好きよ」


 ロゼはアンジュの頬に軽く口付けた。


「また、お戯れを」


「なに? どうしたの、真っ赤な顔をして。でもね、多分、私、まもなく、お母様のように狂死するわ。だから、アンジュ、あなただけは幸せになって」


「いえ、そんな……。私は王様に拾われ、命をいただいた身、ロゼ様に生涯お仕えするのが責務でございます。あなた様の身に事ある時は、殉死も覚悟しております」


「アンジュこそだめよ、死ぬ死ぬなんて言っては。そうそう、好みの男性と一緒になるのもいいわけね。近衛師団長のローレンスなんてどう? ちょっと厳ついけど、よく見るとハンサムじゃない? あれでいて優しい人みたい、あなたにお似合いだと思うわ」


「めっそうもございません、卑しい出自の私などに貴族であらせられるローレンス殿など、全く不釣り合いでございます。それに、そもそも私は……」


「はい、はい、お互い死ぬ死ぬ話もこれまでね、気を取り直し、もう少し散策して帰りましょう」


 実はアンジュにはひとつ秘密があった。彼女のロゼへの想いは、主従の絆や友情を超えたところある。そう、彼女にとってのロゼは恋愛の対象、ありていに言えば、性的な行為をも夢想してしまう相手であった。


 だが、この世界には、いわゆるソドミー法がある。同性愛者の情交が公になれば、二人は死刑。宗教観に基づくシャリーアは、性的マイノリティの前に超え難い壁となって立ち塞がっていた。だから、アンジュは自らの想いを口が裂けてもロゼに告げることはできない。


「さて、そろそろ、お部屋に戻りましょうか。と言っても、本を読む以外、何もすることはないのだけれど」


 そう言って、ロゼは首のチョーカーに手を触れた。彼女はその役目故、王宮を死ぬまで離れぬことを強いられている。銀色に輝くシンプルなチョーカーには、複雑なルーン文字が刻まれていた。そう、これは魔道の品、彼女の逃亡を防止する首輪だった。


「害意」に対して無敵の魔法を持つロゼだが、ただただ苦痛を与えるだけの魔道具には全くの無力。王の持つ指輪から一定距離離れてしまうと、ロゼはチョーカーの魔法により激しい頭痛に襲われる。あまりの激痛に歩くことすら叶わなくなってしまう。


 当然だが、この首輪はロゼ自身の手では外せない。対となる指輪が破壊されぬ限り、彼女への拘束魔法は続くということだ。


 二人は庭園を後にし、地球のエカテリーヌ宮殿に似た王宮に入った。豪奢というより、成金趣味な装飾、金箔と鏡で光輝くような回廊を行くロゼ、一歩遅れてアンジュが付き従う。


 イーサという国、東には領土拡大を虎視眈々と狙う大国オステン、西には人族最強の武を誇る勇者を奉ずるリバ、北には魔の森ミシュラ・マ・フルシュを挟み、魔族の国クトゥル・アル・シュタールに囲まれている。


 この世界の常識でいえば、とうの昔に侵略を受け、独立などおぼつかぬだろう。だが、この国にはロゼがいる。彼女の存在により、各国を威圧できるイーサは軍事予算も極限まで削減している。すなわち、近衛師団千名以外、一切の常設軍を持っていない。


 このことは国民からの税収に比して、軍備に使う予算が極めて少ないことを意味する。余った予算を使い、贅を尽くした王宮が完成した、ということでもある。


 とはいえ、この国の王ランドルフ・アウエンミュラーは愚鈍な君主ではない。贅沢はするが独り占めはしない。国民からの不満が爆発しない程度の税率、絶妙なバランスを心得ている。


 彼は間違っても「パンがないならケーキをお食べ」などとは言わない狡猾な王なのだ。低い税率の恩恵を受け、国民も他国に比べれば、ずいぶんと裕福な者が多い。王も国民もロゼあってこその繁栄を享受している、ということになるのだが……。


 居室に向かうロゼとアンジュにとって、最も会いたくない人物が廊下の先に見えた。この廊下は部屋まで一本道、避けることはできない。


「あら、朝から、人殺し兵器の顔を見るなんて、縁起でもないわね。いいこと、あなた、道具の分際で、庭の散歩なんて、不遜だと知りなさい。私の目に触れないよう、部屋から出ないでくれるかしら」


「申し訳ございません。クラウディア王女様……」


 王には男子の世継ぎがいないため、王位継承権第一位、次世代女王となるべき彼女は、ブロンドの長い髪にブルーアイ、この世界ではステレオタイプの容姿をしている。


 やや険のある顔つきだが、一般的な基準からいえば、美女の類に属するだろう。だが、ロゼとアンジュの前で、その輝きは色褪せ、凡庸な顔に見えてしまう。


 そんなことを自覚しているが故の嫉妬なのかもしれない。クラウディア王女は何かとロゼに辛く当たる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ