恋心
閉じられていく城門の前でニールは召喚獣を返した。
「いやいや、なんとか勝つことができましたが、彼ら大人しく退却してくれるでしょうか?」
だが、どこか倦怠感が漂う言葉、勝負は一瞬だった、勇者の有り余る体力からすれば、そこまで疲れるということはないだろう。
そうだ!
ロゼは理解した。勇者ニール、彼は生まれて初めて人を殺したのではないか? 心穏やかならざるのは当然だ。
この方は、本来、自分が負うべき心の負担を肩代わりして下さったのだ。彼女はドロシーの気遣いに安閑としていた自らを恥じていた。
ここまで気が回るロゼは人として立派ではあるが、真面目過ぎる、物事を異常なまでに堅苦しく考えてしまう性格は、決して好ましいものではない。
過ぎたるは及ばざるが如しということだ。その真面目さが仇となり、破滅への道を歩むことにもなりかねない。
一行は連れ立って本部に戻った。会議テーブルのところまで行くと、すでに、昼食の準備が整っている。メニューは定番のサンドイッチだ。
「いつも、同じものになりますね……」
ウーカシュがテーブルを見て言った。
「いえいえ、戦時で補給も十分ではない現状、ここまでしていただけて、ありがたい限りです」
こんな時の代表は、やはりニールだろう。
「今夜は、早めの祝杯にしようと思いますので、あまり食べ過ぎないでくださいね」
「いえいえ、そこまでお気遣い、いただかなくとも」
「いいではないですか。皆様のお陰で、一兵も失うことなく勝利できそうですから」
「まだ、敵が撤退すると決まった訳ではありませんよ?」
ロゼが不安げな顔で問う。
「そうですね。皆様には申し訳ないですが、一週間ほど待機していただけますでしょうか? 随時、斥候を出しますので、敵が撤退し始めたら、帰還していただくということで」
「もちろん、そのつもりでおりましたが、一週間で大丈夫でしょうか」
「ロゼ様と勇者様のお力を拝見し、こういう表現は大変失礼なのですが、鳥肌が立つような凄みを感じました。敵が全員狂戦士でもない限り、逃げる、という選択肢を取るでしょう。一週間は、万一に備えた保険と考えております」
逃げゆく敵兵の恐怖に歪んだ顔、敵将の首が地に転がる様、ロゼにとってももちろん初めてであり、ショッキング体験でもある。だが、少し心が落ちついてきたロゼは思う。
そうか、これで戦いは終わったのだ。私は、また、籠の鳥となって、誕生日の秋が来たら……。一週間、それが私に与えられたモラトリアムということなのかもしれない。
いつもなら、このまま心の闇に沈んでしまう、ロゼだが、なぜか、今日は違う。ならば、一週間を楽しもうと考えている自分に驚いてもいる、そんな気持ちが湧き出る源泉がニールだと知り、彼女の心は、また、振り出しに戻ってしまう。
多分、これは、小説に書いてあった「恋」というものに違いないだろう。
いけない、いけない、私は恋などしてはならない身ではなかったの?
どんなに愛おしいと思っても、一夜限りで想い人を殺す恋などあり得ない。結ばれることなどない虚しさだけなら、まだ、まし。その方へ恋情は、見も知らぬ相手に抱かれ、かつ、殺す、そんな未来を、もっと、ずっと、辛くしてしまう。
部屋に引き上げたロゼは、再び物思いに沈んでいた。
コンコン
ドアをノックする音が聞こえた。例によってサイドルームのドロシーが出てくれたようだ。
「あれ? ニールどうしたの?」
「ああ、すまないが、ロゼと二人で話がしたいんだ。ちょっとだけ外してくれるかな?」
「え!! まだまだ、Hは早過ぎます! お姉ちゃんが成人してからにしてね」
「なに、バカなこと言ってるよドロシー、さっさと行くわよ!」
ドロシーとアガーテは連れ立って部屋を出た。
ドロシーの軽い冗談に心ならずも動揺し、頬を染めてしまったロゼ。微熱があるように顔が熱い、早鐘のように鼓動が高鳴る。大丈夫だろうか? ニールに気付かれていないだろうか?
「例の魔道具ができてきたんだ。わざわざ、ゼッドが届けてくれてね」
「あ、そういうことだったのですね?」
「うん? 何か別の用だと思ったのかな」
「いえ……」
取って付けたようなぎこちない返事、ニールを意識すればするほど、平静を保てなくなる自分。本に書いてある通りだ。
でも、あのロマンス小説のようなハッピーエンドを私は望んではいけない。叶わぬと決まっている希望ほど残酷なものはない、そうよね?
「ニール様にお礼を言っておきたくて、それを考えておりました」
ロゼは咄嗟に場を繕う嘘を付いたが、ニールに感謝している気持ちは本物だ。




