アポカリプス
この世界の人は魔法を疑うことはなくとも、ここまでの魔力が存在するという点について、懐疑的な思いを持つのは当然といえる。
ロゼのチート魔法への疑い、そんなことも、聡明なイーサ王は見通している。ロゼ、その母、脈々と続く、ブラッディローズ家系の力、民心を安らけくするため、彼は実際に見る機会を与えているのだ。
ちなみに、魔法というものは、人の心の中、正確にいえば、人の心から垣間見える魔法世界にあるもの。術者とは、その実態を正しく掴むことができ、「何ができるのか?」が明確に分かる者のことだ。
逆に言えば、その確信がなければ、魔法を使うことなどできない。だから、練習も必要だ。
国民へのデモンストレーションと魔法の練習、ロゼは年に一度、大岩を砂に変える儀式を執り行っている。これを目の当たりにしているイーサの民、その隣国リバにとって、ブラッディーローズの力は、生々しいリアリティを持っている。
だが、オステン帝国、リバとは魔族国を挟み隣接しておらず、イーサとはバルマ山脈に阻まれ交易もない。しかも、両国とは異なるアルカーン教を信仰している。
近隣諸国を侵略し、自国に取り込むことで、巨大な帝国となったオステン、その皇帝であるフォルセイスが心から信じているのは、権力の神であって、アルカーン神などでない。
だが、彼は、この偏狭な教義をもつ宗教には、利用価値があると判断した。
アルカーン教の大本山を統括する教皇は、皇帝により一定の社会的地位を与えられている、とまで解説すればお分かりだろう。
教皇を中心とするカルト集団は、他の神など邪神、それを信ずる民は邪教徒と看做す。邪神に仕えるブラッディローズの力など、我がアルカーン神を信仰する者には及ばない、などと、なんの根拠もないデマを喧伝しているのだ。
権力の神を信じているフォルセイスは、このような洗脳に毒されてはいないが、優秀な政治屋でもあることが裏目にでている。
これは、軍備を最低限に抑えながら、自国防衛を果たしたいイーサ王が仕組んだ作り話、ブラッディーローズは、小さな魔法を針小棒大に語るフィクションだろうと考えている節がある。
「さて、では、ロゼ殿、今日は英気を養っていただきたいと思います。街に出て気晴らしでもして来られては?」
「この街の方々は、いつ敵に攻められるか、戦々恐々としておられます。そんなところに、私がのんびり出かけるなど……」
オステン軍の機甲師団はとても優秀だ。魔族国との同盟が成立するや否や、わずか二ヶ月でカロブレフを陥落させ、ドルティアに迫っている。
リバ軍は少ない要員で可能な限りの支援をしてはいるものの、市民の避難は思う任せず、ドルティア全市民の内、子供と女性の半数程度を街から逃すのが、精一杯の現状だ。
「ああ、申し訳ありません。気晴らしになどと、嘘をついてしまいました。実は、ロゼ殿のお顔を市民に見せてやってほしいのです」
ウーカシュが申し訳なさそうにロゼを見て本音を言い直した。
「なるほど! ならば、ならば、私、デモンストレーションでもいたしましょうか?」
どこまでも、どこまでも、自らの信念の元に行動する。立派といえば、そうなのだが、ロゼにとっては、いい子を演じ続けなければ、自らを騙し続けなければ、心の平穏を保てないギリギリの状態にあるのも、また事実だ。
「よろしいのですか?」
「はい、市街戦ともなれば命はないと感じておられる、皆様が安心されるのであれば」
「お姉ちゃん、無理しなくてもいいんだよ? ま、でも、どうしてもと言うのなら、僕がサポートに付くよ」
今まで黙っていたドロシーが口を開いた。
と、ここまでブラッディーローズの力を説明してきて、少々不思議に感じられた向きもあるのではないだろうか?
この魔法、確かに強大だが、あくまでロゼに対して敵愾心を持つ人、物に対して有効、すなわち受動的な力であり、ロゼとの距離制約もある。五万もいる兵士の中を走り回り、その害意を自らに向けさせるなど、あり得ぬことだろう。
彼女の力をチートと呼んでいるのには、もう一つ理由がある。そう、ドロシーがかつて脱獄に使ったフォービドゥン・アビリティだ。
ドロシーのドーピングも信じがたい能力だったが、ロゼの方はさらに恐ろしい、その名も「アポカリプス」という。受動的だったブラッディーローズの力を一度だけ能動的に変える技、まさに、黙示録の獣、破滅を呼ぶ力だ。
このアビリティを使った上で、ロゼが破滅を望むもの全て、彼女の視野に入る人、物を任意に砂と化すことができるのだ。もちろん、同アビリティを連続的に使用することはできず、その副作用としてロゼはしばらく立ってはいられぬほどの虚脱感に苛まれるが。
ドロシーが言うサポートとは、隣にいて、倒れそうになるロゼを支えるという意味だ。




