ドルティア
皆の話を黙って聞いていたロゼだが、ひとまず大人の対応をしたようだ。
「私も、これ以上は、言いますまい。みなさんのお気持ち、ありがたく頂戴いたします」
嬉しい言葉ではあるが、こんなことで自分の生き方を変えるつもりもない、ロゼ。幽閉生活の中に、一服の清涼剤があった、と考えることにした。
戦災に家を焼かれ、幼子を抱えて逃げ惑う人々、それを想像するだけでもロゼの心は痛み、自らの成すべき道が見えてくる。「私はブレない、決して」そう心に誓う。だが、わざわざ決意しなければ心が折れそうになる、そのこともロゼは自覚していた。
共用のシャワールーム、といっても、この世界では光の魔石による清浄の魔法で、衣服ごとクリーニングしてしまうのだが。魔法の助力による丈夫な衣類と相まって、アニメによくあるように、衣服は一度着たら同じものを長期に渡って着用するのが常だ。
化粧やヘアスタイルを整えるのは、専用の魔道具を使い一瞬でできてしまう。フレグランスについては、ドロシーがロゼにすずらんの香りがする、と言ったように、魔法を持つ者は、花のような、独自の体臭を持っている。魔法を持たない人用の香水がないわけではないが、あまり一般的ではない。
それぞれシャワーを浴びて、個室に引き上げる。明け方、電子レンジで温めたスクランブルエッグとポタージュスープ、例によってソーセージとサラダ、ライ麦パンという朝食を食べ終わったころ、船はリバの港町ダンスクに到着した。
ダンスクは、ドルティアに最も近いというだけで、大きな港町というわけではないようだ。ここからリバに入国したということになるが、入管審査などはなく、特にパスポートをチェックされることもない。
一行は、船を降り、準備されていた魔動車に乗り込んだ。車内のスタートボタンをニールが押すと、魔動車はゆっくりとドルティアに向け走り出す。
イーサより北に位置するリバ、冬には雪が降り、寒くなるが、初夏のこの時期は一年で最もよい季節だ。平原の多いこの地方は、放牧も盛んで、白いクローバーの花が揺れ、牛がのんびりを草を食む、牧歌的な風景とは裏腹に、あと二時間ほど行ったドルティアでは、今、五万のオステン軍が街を包囲している。
ドルティアは魔動車が走っているこちら側、ヴィエルコ平原と今オステン軍が集結しているグレンスコ平原の間ある渓谷を利用して作られた堅牢な城塞都市だ。
地球の函谷関によく似た構造で、その守りは固い。だが、ここを突破されてしまえば、首都ワルバードまでは、大平原が続くばかり、軍の侵攻を妨げるものは何一つない。ドルティアはリバの最終防衛線ということだ。
「見えてきました」
「すごい!」
これから起きるであろう悲惨な殺戮、自ら行う大虐殺に胸が締め付けられているロゼではあるが、初めて見るダムのよう城塞の威容に彼女の心は踊ってしまった。
ワルバードは太古の昔、渓谷を流れていた川が作った三角州を利用して作られている。バームクーヘンを四分の一にカットした形をイメージしてもらえばいいだろう。ヴィエルコ平原側が外周、グレンスコ平原側が内周だ。
魔動車は、ワルバード外周側の城壁門の手前三メートルでピタリと止まった。
城塞都市、その守りは反対側の内周が要となっている。高さは十五メートル、巾十メートル、ヴィエルコ平原側は、見上げるばかりの巨大なダムが聳え立っているはずだ。だが、こちら側の壁は、その半分、七メートルといったところだろうか。
門番の衛兵に混じり、立派な鎧を着た偉丈夫が進み出て魔動車のドアを開けた。
「私は、ドルティア守備隊長ウーカシュと申します。勇者殿、どうぞこちらへ」
守備隊長自ら迎えに出てくれていたようだ。この都市は城壁と山に囲まれた扇状をしており、人口は十五万を数える。南北、すなわち、扇の外周から内周の距離は約八キロ、東西は約八キロといったところだ。
内周近くにリバ軍が接収した作戦本部があるが、歩くには遠すぎる。守備隊長が準備してくれていた街中用の魔動車に乗り換えた六人だが、こちらは舗装道路を走る専用車で三十キロほどの速度が出る。
ロゼは魔動車の窓から街を眺めた。建築物についてはイーサと大差ない、グレーの煉瓦を積んだ石造りのものがほとんどだ。だが、王宮から外へ出たのは初めての彼女にとって、見るもの聞くもの全てが新鮮に見える。
魔動車は途中、市場の側を通過した、売られている野菜や果物、肉、魚、半分くらいはイーサと同じだが、見たこともない、星型の果物や紫色の野菜、口がやたら大きくなんともグロテスクな魚、ロゼは子供のように車窓を眺め続けた。
ああ、これ、こんな街も、アンジュにも見せてやりたかったな、ふとそう思う、ロゼ、心ならずも浮かれている自分が、不謹慎に思えてしまう。




