アガーテの過去
トーネードとドロシーの気配りで和気藹々と飲んでいた五人だが、酔わない三人のペースに合わせていたアガーテの様子がおかしい。目が座ってきたようだ。
「あのねぇ、ロゼ、あんたねぇ〜 なに、その達観したような態度は。気に入らない、ぜ・ん・ぜ・ん、気に入らない」
絡まれたロゼ、直感によるミスリード「これは恋愛絡みだな」と判断してしまったようだ。
「アガーテさん、私、世間ではSLUTなどと揶揄されていますが、勇者様を殺すような非道は、決していたしませんので、どうかご安心を」
「なに、その言い方? 私が、あなたにぃー 嫉妬しているとでも!?」
実はアガーテのフォルクヴァルツ家は、ニールのリンハルト家と並ぶ侯爵、彼女は名家の令嬢だ。歳が近いこともあり、かつて彼女はニールの婚約者でもあった。
「あった」と過去形にしたのは、二人の婚約が破談になったからだ。悪意があるわけではない、だが、アガーテの歯に衣着せぬ物言いは、何かと物議を醸す。
彼女は、ある令嬢の誕生パーティで、儀礼上、婚約者より先に令嬢とダンスを踊ったニールに逆ギレしてしまい、パーティをぶち壊した前歴を持つ。
些細な事件といってしまえば、それまでだが、リンハルト家の当主、先代勇者のパウルはこれを許さず、二人の婚約は破談となった。
だが、どうやら、これには裏がある。そもそもアガーテ、ニールとの結婚に前向きではなかった。だが、貴族の名家同士が決めた縁談、従うしかなかったということのようだ。
自作自演の事件を起こして破談に持ち込む、アガーテの計算もあったが、パウルも彼女の計略と知りつつ、無理に縁談を進めるのは得策ではない、と判断したらしい。
ところが、ここで、アガーテに計算外の事態が持ち上がる。ぶち壊した誕生パーティにニールと伴に出席していた、トーネードに一目惚れしてしまったのだ。
彼がニールの勇者パーティメンバーに加わったことを知ったアガーテ、社交界で後指を指されるのも構わず、勇者パーティのヒーラーを志願したのだ。
とはいえ、こう見えてアガーテは、とても正義感が強い、ニールが命を賭け守ろうとしているリバの民、その理想に共感している部分もかなり大きいのではないか。
それはそうだろう。婚約破棄された相手のパーティに所属するなど、名家の娘のプライドが許すはずもない。それを押してもとなると、ちょっとした恋愛感情だけでは、到底、決意できぬ話だ。
「違う、的外れなのよ、あなたは! 過酷な運命を背負った、可哀想な人を演じるのは、もう止めたら? 人は他人のためじゃなくて、自分のために生きるの、そうでしょ?」
「いえ、それは違います」
「だ・か・ら、その目よ、悟り切った、あなたの目が、だ・い・き・ら・い!」
「ならば、再び目隠しを」
「ああ、もう、いい、いいわ、私、寝る、寝るから」
捨て台詞のように、そう言い残して、アガーテは自分に割り振られた個室に消えた。
「ま、ああいうヤツだが、悪気はないんだ。どうか気にしないで」
「ちょっと彼女、酔っ払いすぎたな、明日の朝にはケロっとしているさ」
男性二人がとりなす中、ドロシー一人が真剣な顔をしてロゼを見た。
「ねぇ、お姉ちゃん、溢れる川の船って寓話知ってる?」
「ええ」
この世界では有名な寓話、異世界版トロッコ問題だ。
〜*
あなたは、今、川の合流地点にいます。大雨により川は氾濫寸前です。すると、川の上流から一人の人が乗ったボートが流されてきました。
増水し流れが速くなった川、ボートは制御不能となり、このまま行けば、本流の先の滝に落ち、乗っている人は溺れ死んでしまう。
でも、もし、あなたが、本流に設けられた水門を閉じれば、このボートは滝に落ちることはなく、一人の人命は助かるでしょう。
しかし、そんなことをしてしまったら、支流に濁流が溢れ、数万の流域住民に大きな被害が出る。浸水による死者が出るかもしれません。
*〜
「お姉ちゃんは、決して水門を閉じないよね?」
「ああ、その考えは私も同じ、勝てぬと分かっている魔王との決闘に望む気でいたからな」
ニールが口を挟んだ。
「その通りだけど、ドロシーは、何が言いたいの?」
「アガーテの言う通りなんだよ。人の数じゃない、他人に犠牲を強いた上での幸福なんて、まやかし、倫理に悖る自己中心的な考え方だよ、たとえ自分の命が尽きようとも、してはならない我儘だと、僕は思う」
「ドロシーは水門を閉じるというの?」
「ええ、ボートに乗っているのが見ず知らずの他人で、川の下流にお母さんがいた、としてもね」
「そうかもしれないな。正直に告白しよう、俺は、魔王との決闘がなくなって、心の底からホッとしている。オステン軍の侵略により死んだ、カロブレフの兵士や民には申し訳ない、と思いつつだ」
「待った、ニール! それは、勇者様にあるまじき発言、いや、お前らしい正直さかな? ま、だけどロゼ殿、俺たち、昨日会ったばかりだけど、君のことは、もう仲間だと思っている。だから、いつも君を案じている人、アガーテも含めてね、がいることだけは忘れないでほしい」
最後はトーネードがまとめた。




