バラクーダ号
魔動車は夕刻、港町レーヴァンザークに到着した。
今回は急ぐ旅だ。一行は車内でサンドイッチの昼食を済ませており、早々に、ドルティア近辺の港町ダンスクに向かう船に乗船した。
夜、レーヴァンザークを発ったチャーター船は、これも自動運転で終夜航行し、翌朝、目的地に到着する予定だ。
イーサの東バルマ山脈に源を発しリバへ、二国を横断し海へと注ぐライム河の総延長は約千キロ、数百もの支流がある。これらの河川は二国を潤す農業・流通の要となっている。
一行は魔動車を降り、ニールがドアに付いている、小さなガラス板に触れると、指紋認証だろう、全員の降車を確認したAI車は、ゆっくりと車庫に向かって行った。
「ロゼ殿、こんな大きな川は初めてですか?」
「え、ええ」
「ロゼさん、見えてるんでしょ? これ見よがしの目隠しなど外してしまわれては?」
善意なのかもしれないが、どこか険のあるアガーテの一言をトルネードが嗜めた。
「おいおい、アガーテ、『これ見よがし』は余計だろう。ですが、俺たち、妙な迷信など信じておりませんので、どうぞ」
「では、お言葉に甘えまして」
ロゼは目隠しを外した。
目隠し越しに魔法で見ている映像は、色のないモノクロの世界だ。それに比べ、肉眼で見る現世は、茜色の夕焼け、オレンジに輝く雲、風に戦ぐ緑の木々、なにより、エメラルドの水を湛え金剛石の妖精が踊る川面の美しさ。
本を読んで想像していた景色とは全く違う、自然が織りなす絵巻物、ロゼはしばし言葉を失った。
「お姉ちゃんの瞳、これと同じだね」
指輪のペンダントを見せて、早々、ドロシーが気遣いの一言を掛けてきた。
「いいや、どのような宝珠、世界の至宝にも勝る美しさだ」
「おい、おい、ニール、国賓を口説いてどうする? いくらなんでも、礼節を失していないか?」
「な、何を言っている、私は、ただ見たままを……」
「ニール殿、そういうところですよ。あなたが、未だ独身なのは」
トーネードに続き、アガーテがツッこんだ。なんだかんだいいながら、このパーティ、仲がいいようだ。
「さぁ、申し訳ないが、急ぐ旅です。船にどうぞ」
勇者は照れ隠しを事務的な言葉に込めた。
一行は板の簡易桟橋を渡り、全長三十メートルほどの船に乗り込んだ。以前、説明したようにこの世界の常として、この船はジェットフォイルということになるが、水中翼があって翼走できるわけではない。
それでも、陸上交通に比べれば、かなりの高速で、最大速度は三十ノット、平均時速二十ノットほどでの航行が可能だ。
五人は甲板上に設られた客室に入った。客室前方には簡易キッチンとダイニングルーム、後部には六部屋に仕切られたベッドルームがある。
甲板下には一般客用の大部屋船室もあるのだが、今回はチャーター船としての運航で、乗客は勇者パーティの五人だけだ。
「船長のジャンと申します。この度は、勇者パーティのみなさんに乗船いただき、大変、光栄に存じます。どうか、しばしの休息、船内ではゆっくりをお過ごしくださいませ」
船長は挨拶を済ませると、階段を登り客室上の操舵室に消えた。もちろん、この船も自動運転だが、万一の場合は、マニュアルに切り替え操船する。その際の操舵手としての役割と、航行責任者として、船長の乗船が、この国の法律で義務付けられている。
港の作業員が桟橋を外し、ジェットフォイル、バラクーダ号は静かに港を離れた。
「さって、晩飯にしますかな?」
トーネードが陽気な調子で言った。
組員は船長しかいない船、勇者パーティといえど、食事はセルフサービスとなる。だが、この世界恐るべし、地球の物質文明に対する、魔法、いや、魔石文明とでも表現すればいいだろうか。氷の魔石を使っての冷蔵庫、炎の魔石による電子レンジや照明、家電製品一式が完備されている。
夕食は予め調理され、冷蔵庫に入れられた食品を電子レンジで温めるだけ、もちろん、水も氷も冷たい飲み物もある。トーネードとドロシーにより、瞬く間に、夕食の準備が整った。
メニューは、ロゼもよく口にしている、ザワークラウトとピクルス、ソーセージやハムは電子レンジで温められている。スープは定番のソーセージにジャガイモ、にんじん、タマネギ、レンズ豆を煮込んだトマトベースのアイントプフ、これも温かい。さらに、ライ麦のパンと、定番の冷たく冷えたビールだ。
まもなく夏、少々汗ばむこの季節にビールはうってつけだ。この世界でも子供にアルコールは飲ませない、というルールはあるものの、成人である十五歳近くになっているロゼ、二十歳は超えているドロシーも、ビールを嗜むことに問題はない。
ちなみに、魔力の強い者は解毒能力も相当に高い、肝臓の働きに魔法の加護が加わるということだ。ロゼ、ドロシー、ニールについては、どんなにアルコールを摂取しても酔うということはない。




