魔王の指輪
助命されたドロシーだが、未だその瞳に生気はない。
「いえ、母が死んだのは、すべて僕の責任、判断の遅れによるものです。せっかく助命いただいたのですが、母を亡くし、もはや、僕が生きる意味などありません。恩知らずな言い方で恐縮ですが、勇者殿、これは有難迷惑、どうか、僕を静かに死なせてください」
「あなたのお気持ちを理解した、などと不遜なことは言いますまい、ですが、今一度、考え直していただけないものでしょうか? 私は、いえ、この国は、あなたを必要としているのです」
「国? 私が邪魔で処刑しようとした国ですか?」
なに言ってるの? 勇者ってバカなの? 国家? どいうこと? なにがなんだか、分からぬドロシーだが、勇者の言葉には言霊というのだろうか、魂を揺さぶる何かを宿している。無理にでも人の心、その関心を向けてしまう力とでも、表現すればいいだろうか。
「私には、この国、ひいては世界の安寧を守る責務があります。その目的のためなら、なんでもする所存です」
「それが、なんで、僕をスカウトすることになるの?」
「はい! あなたはダンピール、私をも凌ぐ魔力をお持ちです」
ここで、少し冷静になったドロシーは、意地悪を言ってみた。
「ああ、なるほどね。でも、もし、僕が『使える人』じゃなかったら、あなたは、見殺しにしたんだね」
「無実の罪と分かれば、何人たろうと、それを救うのは私の責務です」
「偽善者!」
「その通り、私は偽善者、勇者という、この世界最強のペテン師です。ですから、ドロシー殿、騙されてみませんか?」
決して逃げない、誤魔化さない、勇者の真っ直ぐな心、それに打たれたということだろうか。今でも子供の振りをするのが得意なドロシーだが、彼女の心根は子供のまま無垢なままなのかもしれない。だから、こういう正直な男のクサイ台詞に共感してしまう。
「そう、でも、僕は偽善者が嫌いなんだ、だから、あんたなんて、大っ嫌いだよ。でもさ、この命は既に捨てたもの、勝手に拾って行けば? 煮るなと焼くなと好きすればいい」
「それは、了のご返事と考えていいのですね?」
「ええ、こんなロリでもよければ、手籠にしてもいいよ」
「そんなこと、決していたしません」
「真面目に答えるなバカ! でも」
「でも?」
「なぜ、僕が偽善者を嫌うか、分かる?」
「いえ」
「僕自身が偽善者だからだよ。母を想い本気で清く正しく生きようと思っていた。差別されても、いつか、魔族と人族が手に手を取り合える時代が来ることを願っていた」
「その理想は捨てぬと」
「うん、理想のために二度目の死が来たとしても」
「よい心がけです。お互い国家安寧、世界平和のため、全力を尽くしましょう」
なんだろう、この感じ、さっきまで母の死に絶望していたのが嘘のようだ。母に申し訳ない、自責の念、悔恨の念は残るものの、生きる力が湧いてくる。
年齢に比してはずいぶん大人なドロシーだが、まだまだ幼いということだろう。この時の気持ち、その根底に恋心が詰まっているなど、彼女は気付く由もなかった。
「では、契約の証として、これを」
「え!」
勇者はドロシーに、母の形見となったルビーの指輪を返した。
「というのが、コレ」
ドロシーの指には少々大きすぎる、シルバーのチェーンを通し、ペンダントにして首から下げている立派な宝石が嵌った指輪、彼女は、それを少しはにかんだ様子でロゼに見せ、長い長い昔語りを終えた。
「ねぇ、僕も眠くなってきたな、お姉ちゃんの肩いい?」
「いいけど、ドロシー、本当は、あなたの方が年上でしょ?」
「いいから、いいから」
甘えてくるドロシー、辛い辛い過去の悔恨を背負った彼女、ロゼの心境もお見通しなのだろう、だからこそ、こうして肩にもたれ掛かって来るのだ。
「ねぇ、ロゼ、これから、あなたのこと、ずっと、お姉ちゃんって、呼んでもいい、だって、母さんと同じ、すずらんの香りがするんだもん」
「いいわよ。ありがとう、ドロシー」
「お礼を言うのは、僕の方じゃないの?」
「違うわ、あなたの気遣いへのお礼よ」
「まったく、鋭過ぎる、お姉ちゃん、ちょっと嫌かも」
そう言うや否や、ドロシーは寝息を立てていた。その寝顔、やはり、幼子のようだ。
魔動車は順調に旅程を稼いだ。鉄製のサスペンションにも何らかの魔法があるのだろうか、木の車輪にも関わらず、乗り心地はすこぶる快適だ。
ちなみに、この魔動車、御者がいるわけでもなく自動運転のAI車といったところで、決められたポイントを事前設定しておくだけ。客室からスタートボタンを押せば、自動的に目的地まで運んでくれる。




