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X'mas Rose〜聖夜に咲く白き薔薇は紅に染まる  作者: 里井雪


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石投げる者

 時速百キロで王宮の庭を駆け抜けたドロシー、城壁? そんなもので、彼女を拒むことなどできない、雷神トールもかくや、一撃で厚さ五メートルの壁に大穴を開けたドロシーは十メートルの堀を助走なしで飛び越える。


 途中、薬屋に寄ったドロシー。


「ご主人、後でお金は払うから、トウシキミの薬を」


 この世界の抗ウイルス薬もタミフルと同じ八角から生成されるようだ。


「へ、へい」


 魔法のある世界、すべての人は直感的に相手の魔力を感じることができる。今のドロシーの状態を見ただけで、薬屋のオヤジは、逆らえば死ぬことを知っている。


 薬をひったくるようにして掴んだドロシーは、チーターのごとく街をかけた。道行く人は、ただならぬ魔力の気配に、恐れ、道を開けた。


「ハー、ハー、お母さん1 お母さん!! お母さん!!!」


 何度呼びかけても、返事はない。


 慌ててベッドルームに駆け込むドロシー、そこで彼女が見たものは……。


 ベッドに横たわりすでに冷たくなった、母の亡骸だった。


 強力なフォービドゥン・アビリティではあるが、この種のものに代償は付き物だ。その効果時間が切れれば、数時間の間、術者は強い倦怠感に襲われ、常人なら立っていることすら覚束なくなる。


 だが、ドロシーは、渾身の力を振り絞り、ベッドの母を抱きしめた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん、ぜんぶ、ぜんぶ、僕のせい。僕が、僕が、お母さんを殺してしまった!!」


 一滴の涙さえ出てこなかった。ふと振り返れば、追っ手の衛兵が恐る恐る近づいてくる。アビリティがもたらす虚脱以上の脱力感、もはや生きるすべを無くし、人形と化したドロシー、抵抗はおろか、一言も発することなく、引き立てられて行った。


 すぐに裁判が行われ、王の裁定が下る。


 判決は、死刑、公開処刑とし、石打ちの刑が決まった。


 ドロシーは脱走し、建造物を破壊したが、一人の人も傷つけてはいない。だが、狡猾な王は、なんとかトラブルの火種である彼女を排除したかったようだ。


 脱走した点を重く見て、ドロシーに国家への叛逆、内乱罪を適応したのだ。濡れ衣ともいえる重罪。だが、母を亡くし、生きる気力をなくした彼女は抗弁することもなく、唯々諾々と罪を認めてしまった。


 処刑場に引かれていくドロシー。勇者との決闘システムが確立して以来、百年間、リバは魔族と刃を交えていない。だが、であるが故に、魔族の強さ恐ろしさは伝説と化し、針小棒大に語られるようになっていた。


 人々は、魔族、赤い目をした者に、恐れと憎しみを抱く、その憎悪の念は、レイシズムという言葉が生ぬるく感じられてしまうほどだ。


 刑場に引き立てられたドロシー、首、腕、足には、幅一センチはあろうかという、分厚い鉄の枷が付けられている。枷から伸びる鉄のチェーンを刑吏が処刑台に固定した。


 これから一人の人を殺す、憎い魔族を殺す、禍々しき赤き瞳、この世に災いを齎す者は、死すべし、滅せらるるべし。


 人々は異常な高揚感に囚われている。用意された直径二十センチほどの石を手に手に持って、処刑開始の合図を待つ群衆。


 ああ、これから私、死ぬんだ、願わくばあの石の第一投が頭を直撃しますように。天国に行ったら、真っ先にお母さんに謝らなければならない、でも、許してくれるかな? また、あの優しい笑顔を見せてくれるかな?


 アレ、天国? 僕、天国になんか行けるはず、ないじゃん、だとしたら、永久にお母さんに会うことなどできない。いやだ、いやだ! でも、それこそが、僕への罰、そうなのかな……。


 ドロシーの心は千々に乱れた。と、その時、


「待て! その処刑、待った!!!!」


 群衆ををかき分けて登場した男、静止しようとした兵士が、凍りついたようにその場に立ち尽くす。男は、成人したばかりの勇者ニールだった。当然だが、勇者の顔を知らぬ人など、この国にはいない。


「ドロシー、君は冤罪、これは全くの濡れ衣だ!」


 勇者はドロシーが母の薬を買うため指輪を売ろうとして冤罪に問われたこと、脱走は危篤の母を思う気持ちの成せる技で、叛逆などではないことを説明した。


「私は勇者だ! 今、私が話したことに嘘偽りがないことを、ここに誓う」


 興奮していた群衆が水を浴びせられたように静まり返った。


「これを聞いて、なお、自らの無謬を信ずる者のみ石を投げよ」


 まるでイエスのような大見得を切った勇者、すっかり水を差された群衆は回れ右をして家路についてしまった。


 刑吏に命じてドロシーの枷を外させた勇者は、彼女の前に立膝し首を垂れた。


「ドロシー殿、申し訳ない。もう少し早く、もう一日早く、私があの指輪、魔王の印たる指輪に気付いていれば、君のお母さんが死ぬことはなかった。この通りだ」


 勇者は地に頭がつかんばかりに叩頭した。

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