勇者の誓い
リバ王による「困った時の勇者頼み」。勇者ニールとしても、いろいろ思うところはあるだろう、だが、このあたり、彼もロゼに似ている、何よりもリバ国民の安全を優先し、イーサ国に支援を求める決断をした。
「では、勇者殿、こういたそう。この指輪、これは……」
「はい、はい、この首輪と連動し、私を縛るもの、そうですわね?」
ロゼは自身のチョーカーに触れながら、皮肉混じりに割って入った。
「うむ、それを勇者殿にお貸しいたそう。だが、ドルティアの防衛に成功し、オステン、および、魔族の撤退を確認したら、速やかにこれを返却する。以上を、『勇者の誓い』としていただきたい」
勇者、人類最強の戦士ということだが、神より賜った大きな力の対価として「誓い」というものに縛られる。
やり方は簡単だ、彼が「○○について誓う」と言うだけ、その言葉は絶対的な拘束力を持ち彼を縛る。
他方、この縛りは勇者の権威を示すものでもある。「○○について嘘偽りがないことを誓う」と言えば、その言葉はまごうことなき真実、ということにもなるのだから。
「かしこまりました」
勇者は王からロゼを縛る魔法の指輪を受け取り、左薬指に嵌めた。
え! 指輪の大きさがちょうどだったからよね? ロゼはこの勇者の行動に内心驚いていた。そんな動揺があったロゼ、ロゼと目を合わせたくない王、聡い二人は、勇者の発言をうっかり聞き流してしまった。
「指輪を返却すると、誓います」
ロゼのチョーカーを外すには指輪を破壊する以外にない。すなわち「指輪を返す」は、彼女を王宮に戻すのと同義である。
だが、ニールはここでチート技を使ったようだ。英語に近いこの世界の言葉だから、仮に英語翻訳すると。
I’ll definitely return a ring.
勇者は、「this ring」と言わず「a ring」と言った。
この言葉を聞いていた一同の中で、勇者パーティのドロシーだけがニヤリと笑った。
翌朝、さすがにドレスで戦場に赴くわけにもいかず、かと言って、幽閉の身であるロゼが活動的な服を持っているはずもない。
あの勇者と会議の後、宮廷に出入るしている仕立て屋が急遽呼ばれ、彼女の外出着があつらえられた。と言っても、既製服を魔法でロゼの体型に合わせただけなのだが。
オフホワイトのチュニックに黒のパンツ、チュニックが広がらないための実用性とお洒落、黒のショートコルセットがベルト代わりになっている。
ロゼは、こんなカジュアルウエアを着たのは初めてだ。多数の兵士を殺しに行くというのに、妙に心が浮き立ってしまう、彼女の気持ちを察したのだろう。アンジュは、
「ロゼ様、数週間程度ではありますが、旅をすることになります。その間、些事など忘れ、お楽しみください。それで、いいのです。あなた様の使命への対価が、束の間の休息だとして、釣り合ってもいないはずですから」
「ありがとう。アンジュ、あなたには、私の心、その全てが見えているみたいね」
「長いお付き合いですから」
アンジュは言葉を濁した。「愛していますから」の一言、どうあっても口にすることはできない。そして、心の内を隠すように、昨夜準備したロゼの旅支度の説明を開始した。
旅の支度といっても、魔法のあるこの世界、それほど大層なことをする必要もない。着替えが一式、この世界の服は、清浄の魔法で常に清潔に保たれるため、破れるなど不測の事態が起きた際の予備、という意味だ。
鏡、化粧道具、万一の場合の携行食と、コッヘル類、逸れた際に自らの居場所を他人に知らせる魔法のビーコンがその全てだ。
ところで、中世風に見えるこの世界ではあるが、魔獣を狩って得られる魔石を動力源とした機械類は、かなりの進化を遂げている。
まずは魔動車、魔石で動く馬なし馬車といった作りで、起伏のある地形となると時速十五キロ程度が精一杯、馬よりも遅いが、生物である馬に比べると、機械であることのメリットは大きい。飼い葉や水の心配がいらず、一日を通して走り続けることができるということだ。
魔動車は朝から夜まで、一日で百五十キロの道のりを踏破することが可能だ。さらに、同じ魔石動力で動く魔動船もあり、こちらはかなり高速で、水の流れに乗れば魔動車の倍、三十キロもの速度が出るようだ。
ただ、船の大型化やバラストなどの設備、外洋航行に耐えうる船はこの世界になく、川船しか存在しない。だから、この世界において、新大陸は発見さえておらず、海の向こうに何があるのかは、まだ誰も知らない。
以上が、この世界の一般的な交通手段となっている。
ちなみに、ここミュルンからドルティアまでは約五百キロの距離だが、魔動車、魔動船、魔動車、と乗り継ぎ、三日の旅程で到着できる。




