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愛を試さないで〜元平民令嬢は婚約者の意外と重たい愛に気が付かなかった

作者: 牧場のばら

 わたしの婚約者は女の子が大好き。今日も片手に女の子を抱きながらわたしと対峙している。

 ここはとある夜会会場。来る時にはエスコートされて一緒だったが、中に入ると婚約者は女性に捕まってしまった。

 普通なら断るのだろうけど彼は違う。何だか僕に話があるそうだから聞いてくる、ごめんね、と言って目の前から消えた。


 少しだけお酒を飲んで楽しげな華やかな人たちを眺めていたが飽きてきたので、そのまま帰ってやろうと思っていたら、視界に入って来たのは婚約者と彼の腕に絡みつく男爵令嬢の姿だった。


* 


「ですから貴方は一応婚約者のある身でしょう?人目を気にしてもう少し自重なさってはいかがですか、と申し上げているのです」


「別に望んでいないけど女の子が寄ってくるんだよ。無碍に扱うと失礼でしょ。だって女の子には優しくするようにって、両親から言い含められてるんだからね。

 ん?もしかしてヤキモチ妬いてるの?可愛いね、僕のメリッサ、ちょっとだけ待ってて」


 わたしは大袈裟にため息を吐いた。表情筋が余り活動しないせいか、黙っていると怒ってる?と聞かれる事がある。素敵な言葉で言い換えれば、クールビューティとか言うらしいが、いずれにしても辟易している事に変わりない。


「もう結構です。バートランド公爵子息と話していると頭痛がいたします」


 いい加減にしろよ、この色惚け野郎と怒鳴りつけたいところをぐっと我慢する。


「おお、怖い事!ショーンさまぁ、あんな怖い人と早く婚約解消してあたしを婚約者にしてくださいな」


 こっちは何度も婚約解消を打診してるんだよっ!それをあの色惚け馬鹿野郎が嫌だと言って話が進まないんだよっ!


 わたしは心のリミッターが外れて暴言を吐く一歩手前で、何とか踏み止まった。ここで売られた喧嘩を買ったら、お義父様やお義母様を悲しませるだけだ。我慢するのだ。


 踵を返して彼らのいるバルコニーから立ち去り、このまま夜会会場から帰るつもりだ。視線の先にお義兄様夫婦を見つけた。


「メリッサ!大丈夫か?具合が悪いのか?まさか、あいつに何か不埒な事をされたのか?」


 してたんじゃないですかね、あの毳毳しい下品な女の子相手にね。

  

 わたしは弱々しく微笑んで、先に帰りますわ、お義兄様達はごゆっくり、と告げてジェイド侯爵家の馬車に乗り込んだ。


** (ショーン視点)


 メリッサが去って行くその後ろ姿を、俺はじっと見つめていた。均整の取れた体つき、すっきりと伸びた背筋、柔らかな薄茶色の髪を緩く纏めているが、一筋だけ頸に垂らしている。

 その頸の白くてきめ細かい肌に、顔を埋めて心ゆくまで堪能したい。今日は久しぶりに彼女とダンスを踊れると思っていたのにとんだ妨害が入った。


 それにしても残念なのは彼女は俺が贈ったドレスもアクセサリーも身につけていない事だ。俺の色、エメラルドグリーンの瞳を模した色のドレスやイエローダイヤを散りばめた装飾品の、どれひとつも身につけてはいない。

 これは説教案件だなと考えていた時、おざなりに相手をしていた女が甲高い声で喋り始めた。


「ショーン様?ねぇ、早くホールへ戻って踊りましょうよ!あたし達の仲良い姿を見せびらかさなきゃならないわ。

 全くあの忌々しい女のせいで時間を取られちゃったわ。本当に疫病神みたいな女ね」


 ゴテゴテに飾り立てた下品な女が騒ぐ。


「なんだ君、まだいたのか。君の発言は侯爵令嬢に対する不敬であり、僕の婚約者への侮辱と受け取った。ひいては我がバートランド公爵家への侮辱でもある。

 君の父上である男爵に抗議するので覚悟しておきたまえ」


 俺はニッコリ微笑む。巷では微笑みの貴公子と呼ばれているらしい。自分で言うのも何だが整った顔をしている俺が、柔らかい表情で微笑むだけで、周りにいる女たちが騒いで寄ってくるのだ。


 しかし下心満載で近寄ってくる変な女達は、俺の気持ちを全く理解していない。俺がどれだけメリッサを愛して、メリッサだけを欲しているかを知らない。そしてメリッサを貶める発言をして俺の不興を買うのだ。

 愛しているのはメリッサただひとり。彼女をこの腕に閉じ込めて誰にも見せたくないし、何なら結婚後は屋敷から一歩も外に出したくないくらい愛しているのだ。


 しかし、肝心のメリッサの心は俺には向いていない。

 この婚約は貴族の務めであって自分の意思ではない、ゆえに義務感はあるが愛情は無いと態度で示す彼女を振り向かせたくて、好きになって欲しくて、俺だけのものにしたくて、あれこれ画策して焦りみっともない姿を晒している。辛い。


「え?何言ってるの、ショーン様ったら。あたしの事可愛いって言ってくれたじゃない?あの女よりも可愛いって」


「ああ、言ったさ。メリッサと比べて、なんと小さな可愛い脳みそなのかってね。

 君の会話の内容の幼稚さといい、身分を弁えずに目上の侯爵令嬢をあの女呼ばわりをして暴言を吐く態度といい、その可愛いサイズの脳みそには何が詰まってるのか、中を覗いてみたいくらいだよ。

 ああ、そうか、頭に行くべき栄養が全て、胸に行き渡ってしまったのか。何とも残念な事だが、君のその残念なオツムはたとえ栄養が回っていても残念なままである事には変わりないだろうな」


 俺にしては随分と優しく懇切丁寧に説明したつもりだったのだが、変な女には伝わらなかったようだ。


「ひどぉい、ショーン様の意地悪ぅ」


 無駄に大きな胸を押し付けてしなだれかかってくて、とにかく気持ち悪い。もう取り繕うのも飽きたな。


「んー、何を勘違いしてるのか知らないけど、お前確かメリッサについて耳に入れたい事があると言ったから、俺は嫌々ながらも話を聞く事にしたんだ。

 ところがお前の話と来たら、愛するメリッサへの謂れなき罵詈雑言ばかり。出自が何だって?お前こそただの男爵家の娘ではないか。

 たかが男爵家の娘如きが、我がバートランド公爵家とジェイド侯爵家に喧嘩を売って、ただで済むとは思ってはいないだろうな?」


 俺は絡みついていた腕を乱暴に振り払った。


「痛っ、何をするの!酷いわぁ、ショーンさまぁ」


「そもそも名前を呼ぶ権利をお前に与えてはいない。俺の機嫌がこれ以上悪くならないうちに去れ。立場を弁えない不遜な態度を取り続けたらどうなるか、その小さなスカスカの脳みそでよく考えろ」


 合図をすれば近寄ってくる公爵家(うち)の護衛の姿を見て、ようやく女の顔が青ざめた。そして一目散に駆け出した。おいおい、ここは夜会だぞ、貴族のマナーも何もあったもんじゃない。


 変な女は大概逃げ足が早いのだが、門の辺りで護衛に捕獲されて、郊外の男爵家のタウンハウスへと送り届けられるだろう。これ以上付き纏うとこうやって夜会に出てくる事も叶わなくなるぞと、きっちりわからせねばならんな。


 しかし、俺はメリッサしか見ていないのに、何故変な女たちが後を絶たないんだ?

 母上からは『女の恨みは怖いわよ。つまらぬ嫉妬からメリッサちゃんを守る為にも、貴方は演技してでも女の子に優しくしなくては駄目よ』と言われているが、そのせいで俺はメリッサから誤解されている。ある意味母上のせい、否、俺のせいだよな。


 メリッサは俺の事を政略結婚の相手としか思っていない。誤解というより嫌われているだろう。俺、ちゃらちゃらしてるから。

 どれだけ好きだと告げても、メリッサは、はいはいわかりましたという顔をする。『わたしの様な娘と婚約させられてご迷惑でしょう?いつでも解消してくださって結構ですわ』と言われた事すらある。なんでそんな発想になるんだよ。


 どうしたら彼女の心の鉄壁を崩す事ができるんだろうか。どうしたら俺を愛してくれるんだろうか。

 俺の態度が駄目だとわかっていても、メリッサ様の事でお話がありますなんて言われたら、こんな女にまで凋落されようとしている自分に腹が立ち、どうしようもなく無力感を味わうのだ。




* (メリッサ視点)


「全くバートランド公爵子息様の節操のないご様子には呆れてしまいます」


 侍女のアンが憤慨している。頭から湯気が出そうなくらいだ。


「本当に。彼は馬鹿だと思うのよね。あの男爵令嬢に引っかかるって。あの人、高位貴族の子息をターゲットにしてるって有名なのに、女なら誰でもいいんじゃないかしら?違うわね、胸の大きな女なら誰でも良いのよね。

 ほんと、もういい加減にしてほしいわ。お義父様の顔を立てる為の政略的な婚約だから我慢してたけど、既に我慢の限界突破しちゃってるわよ」


「お嬢様。本音が漏れすぎです」

 

 酷い。アンが睨む。

 思わず舌をぺろりと出すと、何ですか!お行儀が悪うございますよ!と叱られた。


 でも仕方ないじゃない。そもそも10歳まで下町に住む平民だったのですもの。

 そりゃあね、父が元侯爵家の次男で母も没落貴族の娘だったからね。母は父と出会った時には既に平民だったの。

 平民なのに気品のある一家だねぇ、訳アリなんだろうねぇと、パン屋のおかみさんに言われてはいたけど、わたしは侯爵家に引き取られるまでそんな事は知らなかった。

 

 父と母は恋に落ちだが、身分違いという事で当然結婚を反対されて駆け落ちして、わたしが生まれた。

 子どもから見てもとても仲が良くて愛し合っている夫婦だったので、駆け落ちして実家から絶縁されて父は平民になっても幸せだっただろうと思う。だからと言って2人仲良く病に罹ることは無いと思う。

 そんな両親の元で愛されて育ったからわたしは幸せだった。父も母も大好きだった。


 父親が病で亡くなった半年後、母もまた後を追うように病に倒れ、わたしはひとりぼっちになってしまった。それが10歳の時。

 そんな時に現れて、わたしに手を差し伸べてくれたのが亡き父の兄という人だった。

 煌びやかな上等な服を着たおじさんとおばさんがわたしを見て泣いていた。早く知っていれば弟もその嫁も死なずに済んだのかもしれないと。


 後悔というものは大抵役に立たない。泣いても悔やんでも死んだ父も母も戻ってこない。病を知った時に、良い医者に診せていれば助かっただろうと言われてもね、今更どうにもならないのだ。

 

 母は自分の死後わたしが1人になる事を憂慮して、父の実家へ手紙を出したらしい。母の実家は没落して一家離散しており、そちらに頼む事が出来なかったから。

 幸いな事に侯爵家は父の兄に代替わりしており手紙は無事届けられた。そしてわたしは伯父と伯母に泣かれて抱きしめられもみくちゃにされ、侯爵家へ引き取られて今に至る。


 侯爵家当主のお義父様達は子どもに恵まれなかったので、既に親戚から跡取りになる養子を迎えていた。そしてわたしもまた、運命の恋をした弟の忘れ形見として、養女に迎え入れられたのだった。


 今から考えると父は立派な貴族だし母だって元子爵家の娘という事で、知らず知らずのうちにそれなりのマナーは躾けられてきたけれど、高位貴族令嬢の淑女教育を舐めていた。


 それはもう厳しくて何度も無理だと投げ出しそうになった。それでも必死で食らいついたのは、亡き母を貶める発言をする家庭教師がいたからだ。そいつを見返してやるのだと、寝る間も惜しんで学んだ結果、今のわたしが出来上がった。つまり感情の吐露の薄い、常に平常心を失わないクールビューティ?


 引き取られた時からわたしの世話係をしている侍女のアンの前ではボロが出る事もあるけど、他人の前では完璧な淑女だと思う。義理の両親の前でも、婚約者の前でもね。


 お義母様は、貴女は完璧な淑女よ、どこに出しても恥ずかしくないわと褒めてくれる。それは素直に嬉しいの。だってお義母様は、侯爵夫人なのに気取ったところがなくて、本当に優しい。娘が欲しかったのよと言って、わたしの事をとても可愛がってくれる。

 だから実母と義母という2人の母の名誉の為に、わたしは頑張った。わたしのせいで後ろ指をさされる様な事があってはならないから。

 それでも下町言葉はたまに出てしまうのはご愛嬌だと許して欲しい。対外的にはきちんと淑女をしています。


*  


 婚約者ができたのは15歳だった。

 お義父様から、一度だけで良いので会うだけ会って欲しいと頼まれたのだ。お義父様と仕事の繋がりがあり盟友なのだと言う。

 お義母様もお義兄様も、嫌なら断ればいいと言ってくれたけど、貴族令嬢ならば政略結婚は必須だと思っていたし、ご恩返しにもなるから粛々と受け入れた。


 お相手は同い年の公爵子息ショーン・バートランド様だ。

 初めての顔合わせの時、あまりに笑顔が眩しくて、(胡散臭っ!)と思ったことは内緒だが、あながち外れてはいない。

 

 彼は外面が非常に良く、眉目秀麗で学業優秀、非の打ち所がない男なのだ。その上、女性に優しいときているから、モテる。とにかくモテる。そんな人が何故わたしと婚約するのか。

 母親が没落した元子爵の娘、つまり平民の母親を持つわたしを嫁にする事は生き馬の目を抜くような貴族の社交界において、不利にしかならないのでは?


 そもそもが公爵家の優秀な跡取りという高嶺の花なのだから、相手はわたしでなくても良かったと思うのだ。しかも大層モテ男なのだし。

 ところが思わぬ落とし穴があった。年齢の釣り合う高位貴族のご令嬢にはほとんどの場合婚約者が既にいて、選択肢があまり無かったみたい。侯爵令嬢なのに15歳になっても婚約者がいないわたしの方が珍しい存在なの。理由は出自ですかね、やはり。


 お相手のショーン様は、婚約していたご令嬢が他国の王族に嫁ぐ事になり婚約解消となったそうだ。元々その方とは幼馴染で、便宜的に婚約していただけなので恋愛感情はなかったと、笑いながら言ってたけど。


 そしてその見合いはわたしが相手側に気に入られて、あっさり決まってしまった。わたしには断る理由もないから、あーそうですか、くらいの感想しかない。

 まあ、あちらのご両親の公爵様ご夫妻は良い方みたいだから嫁いびりは無さそうだし、金持ちだから食いっぱぐれる事もないだろう。

 しかし、そのご両親から生まれて、どうしてあんな浮かれた言動の息子が育ったのだろうとは思う。


 女の子には等しく優しくしてあげないといけないよね、だけど僕にとっての最愛は君だけだよ愛してると、歯の浮くような科白を吐く婚約者様。貴方に言いたいわ。博愛的に女性全てに優しいのは人としてどうなのかしら?誰にでも優しいのは、結局誰にも興味がないからではないの?と。


 

 しかもこの婚約者は外面の良さの反面、中身はかなり過激な男だった。


 デートで連れて行かれた観劇のボックス席で、わたしが一緒に居るというのに、どこかの令嬢が突撃してきた事があった。

 

 なんでこんな人と!この人は元は平民ですわよっ!出自の怪しいこんな女を婚約者にするなんて!と大声で叫ばれました、はい。

 お義父様お義母様、そして実の両親の名誉の為に立ち上がるかと渋々重い腰を上げようかと思っていたら、先にキレたのは婚約者のショーンだった。


「確か伯爵家のご令嬢だったね。そう、君は世間知らずなんだね。メリッサの正しい出自も、彼女がジェイド侯爵家に引き取られた経緯も何も知らないのだね。その頭の中にはきっと、甘い菓子とお洒落と恋への憧れしか詰まっていないんだろうな。お父上の伯爵も不出来な娘でさぞかし残念な事だろうね」


あー喧嘩売っちゃった。わたしは彼を止めようとしたのだけどね。


 言われた方は初めは理解できず首を傾げていたが、取り巻きの少女に耳打ちされて、自分が馬鹿にされた事に気がついた様だ。


「なっ……でもその方(わたしの事ね)の母親っていかがわしい女で、侯爵家のご子息を身体で籠絡したと聞きましたわ!そんな女の娘なのだから同じ血が流れてますのよ?世間ではそういうのを売女って呼ぶのだとお母様が仰ってたわ!」


 あー、こりゃ駄目だ、ショーンの地雷を踏んだ。彼はわたしが侮辱されるとキレてしまうのだ。


 そもそも母は没落したけど元々は子爵令嬢で、父とは貴族学院で出会ったのだ。売女と蔑まれるのは名誉毀損で訴えられるレベルの侮辱といっても良い。父は母との恋愛が身分的に許されなかったから、実家との縁を切ってまで愛を貫いただけなのだ。


 ショーンは微笑みを消してこんな顔も出来るんだってくらい冷酷な表情をして、どこかの伯爵令嬢を睨みつけた。


「僕はそういう根拠のない噂を鵜呑みにして、他人を貶めようとする下賎な心の持ち主が大嫌いなんだ。しかもメリッサは僕の婚約者だ。愛しい婚約者を貶められて気分は最悪、目の前のお前の顔を見るだけで吐き気がするよ。

 美しさも賢さも、己より優れて太刀打ちの出来ない相手と知って尚、貶めようとする醜い言葉を吐く、まるで毒を撒き散らしているかの如くにな。

 その毒は自分にはねかえってくるとも知らずに。愚かな事だ」


 え?何?と、まさか反論されると思わなかった伯爵令嬢はキョトンとした顔だった。


「お前はたった今、公爵家と侯爵家を敵に回した。二度と僕の前にその醜い姿を見せるな。それからこの事はわが公爵家への侮辱と受け取った。伯爵家へ厳重に抗議するからそのつもりで」


 あぁ、やっちゃったよ。真実を知らなくて噂だけで攻撃してくるお馬鹿さんが嫌いなんだ、ショーンは。そしてわたしが侮辱されると、人格が変わったみたいに冷徹になれるのだ。

 ショーンの美しい外見に騙され、蕩けるような甘い笑顔を向けられて勘違いした少女達の暴走で、ショーンがキレるというこの一連の流れが、これまでもありました。


 貴族学院でも多々あったこの手の嫌がらせも、彼が全て潰して来た。

 元々、駆け落ちした侯爵家の次男の子どもで養女という事もあって、生粋のご令嬢達からは格下扱いされてきたし、このモテモテで過激な婚約者のせいで遠巻きに見られて誰も近寄って来ないから女友達なんて出来ない。関わってくるのはショーン目当ての伯爵位から下の令嬢達。自分達の方が正しい出自だから奪い取れると思っているのだろう。

 学院生活に期待はしていなかったけど、この過激な婚約のせいでヤバい奴だと思われた。せめて楽しく過ごしたかったものだ。


 ショーンというのは本当に厄介な男だ。


 いつも女の子に囲まれていて、どの女の子にも優しくて、その上婚約者の義務を果たそうとする。婚約者のわたしを守ろうとしてくれる、実に器用で厄介な男なのだ。

 

 だから……実のところは彼から愛されてるのではないか?と勘違いしてしまう時がある。謂れのない中傷を受けて心が弱った夜などにね。彼からの贈り物やカードを眺めていると、そこに愛情があるのでは?と勘違いしてしまう。


 だけどね、わかっているの。相手だって政略なんだって事。


 だって婚約者様(ショーン)はモテるのだから、いくら親同士の繋がりがあると言っても、元平民の、ややこしくて気が強くて、笑顔も見せない婚約者を我慢する必要など無いのだ。


 そもそも彼はわたしの事を小指の先程も想ってはいないって、わたし知っているんだ。


 だって彼の理想の女性は、一途で謙虚でいじらしく、でも意地っ張りで素直じゃなくて自分の価値に全く気がついていない、純情乙女なんだって。取り巻きの女の子達と話してるのを、通りがかりに聞いてしまったわ。

 誰よ、それ?


 だからね、わたし、貴方に嫌われて、きっちり捨てられてあげるから安心してね、婚約者様(ショーン)



** (ショーン視点)


 最近、メリッサの様子がおかしい。いや、おかしいのは以前からだが、前はもっと俺の行動を諌めていたのが最近は無い。

というより視界に入って来ないのだ。昼休みに教室を訪ねても居ない、帰りはさっさと帰ってしまうから捕まらない、一体どこへ消えたんだ?


 メリッサとは貴族学院を卒業後に結婚する事が決まっている。だから最近は頻繁に我が公爵家へやってきて、母上といろんな打ち合わせをしたり公爵夫人としての教育を受けているのだが、俺が様子を見に行くと、「メリッサちゃんは帰ったわよ」と、いつもすれ違ってしまう。

 母上は、貴方避けられているのではなくて?と、疑惑に満ちた目で俺を見る。


「メリッサちゃんを嫉妬から守るために、女性には優しくしなさいとは言ったけど、肝心のメリッサちゃんに優しく出来ないのでは、本末転倒じゃないのかしら?」


 母の目が冷たい。

 

 例えば学院での休み時間、俺は彼女の目につくところで、まとわり付いてくる女の子達と楽しくお喋りしてる風を装っているが、実はメリッサが来るのを待っているだけ。

 メリッサが何か言いにくるたびに「嫉妬してくれてるんだね、可愛いなあ僕のメリッサは!大好きだよ」と、毎回大好き宣言をしていたのだが、全く通じていないのだろうか。

 

 俺の一目惚れだったんだ。初めて会った日、淑女然として済ました顔をしているメリッサが、侍女と話してるところをたまたま聞いてしまったんだ。


『面倒よね、だってあの人、どんな女の子も自分のことが好きになるって自惚れてるわ。誰にでも優しいのは誰の事も興味ないから。多分一度だって、本気で人を好きになった事が無いのよね』


『お嬢様、思っていても決して口に出してはいけませんよ』


『はぁい、わかっているわ。あの人がわたしを好きにならない様に、わたしもあの人を好きになる事は絶対にないわ。

 あーでも。お飾りの妻ってなんだか少し嫌かも』


『もう少し、公爵子息様を信じて差し上げてはいかがですか?』


『小説では、わたしみたいなのが公爵夫人になっても社交界で虐められるんだよね。そして頼りになるべき夫は浮気してたりしてね。だって政略結婚でそこに愛は無いのだから。

 あの人だって、なんで自分の相手が元平民なんだよって不満に思ってる筈よ。わたしは捨てられても生きていける様に、貴族学院でしっかり学んで知識をつけるの』


『何故捨てられるのが前提なのです?そんな馬鹿げた事になる前に旦那様がお嬢様を助けます』


『でも、お義父様達にこれ以上迷惑かけられない』


『馬鹿な事を仰らずに早く見送りに行かれては?』

 侍女の言葉に、はーいと答えて、メリッサは叱られていた。


 驚いた。そんな事を考えてたのか。俺が彼女を捨てる?元平民だから不満だって?何故そう考えるんだ。

 それに俺は、メリッサを好きにならないなんて一言も言ってないぞ。それより、好きになる事は絶対に無いってなんていう彼女を、振り向かせるって決めた。何しろ彼女は俺の好みにぴったりの女の子だったのだから。浮ついていなくてしっかりしててしかも可愛くて、会話も楽しくて最高じゃないか!


 しかしその後、俺の前では淑女の皮を被るメリッサに俺は苦労する事になる。なんとか彼女に本来の姿を見せて欲しくて、俺は試し行動みたいな事をしてるってわけだ。

 全く微笑みの貴公子がこの体たらく。笑えるよな。それだけメリッサに夢中なんだ。


**


「ショーン様、不思議ですわね。こうやってショーン様を囲んでお話ししていると、今までならメリッサ様がいらっしゃって、お小言を貰っておりましたのに」


「そうですわ。メリッサ様は最近お昼休みと放課後は図書館へ行かれていると耳にしました。まるでショーン様を避けておられるみたい」


「どうしましょう、メリッサ様がいらっしゃらないと、こんなのただの茶番ですわ」


 いやそれは、元々『茶番』に過ぎないのだがな。

 それでも女の子達と仲良くしているところへメリッサが来て、彼女が文句言って、俺がへらへらと笑ってメリッサに愛を告げるというパターンが確立して、女の子達も自分の役割をきっちり演じつつ、メリッサの様子を観察して楽しんでいたのだった。


 ここにいる令嬢達は、ほぼ全員がメリッサのファンだ。

 彼女らは俺とメリッサの仲を引き裂くつもりなど毛頭無いと言う。クールビューティのメリッサが唯一感情を揺り動かされるのが、俺とのやり取りだけであり、その時の動揺するメリッサが見たいらしい。


 初めはメリッサに嫌がらせをする令嬢に近付いて、己の立場を思い知らせ懲らしめていたのだが、よくよく観察しているうちにメリッサに憧れて興味のある令嬢もいる事に俺は気が付いた。遠巻きに見ている彼女らは、メリッサを見て顔を赤くするのだ。なんてこった!メリッサのあのクールさは女子も惹きつけるのか。


 そこで俺はそういう女の子達に頼んで、昼休みに俺達に構ってくれないかな?とお願いしたんだ。そうすればメリッサの可愛い一挙一動が見られるよと。


 理由は単純。俺に興味のない婚約者(メリッサ)を振り向かせる為だ。

 嫉妬して欲しい、怒って欲しい、どうしても彼女の感情を揺り動かしたい、そうすれば俺の事をちゃんと見てくれていると感じられるから。


 何しろ今までも、微笑みの貴公子とか呼ばれて常に令嬢達に囲まれていたから、メリッサが俺の事をチャラチャラしたいけすかない男だと思っているのはわかっている。

 ならばメリッサ一筋で脇目もふらなければ良いだけなのだが、そうもいかなかった。


 ややこしい背景のある高位貴族令嬢が、やっかみからメリッサを排除しようとしたり、或いはやたらとぶつかってくる変な女とかが定期的に現れるからな。

 そいつらがメリッサに危害を加えかねないと知った時、彼女を守る為に俺自身が動くと決めた。相手の隙や落ち度を見つけて徹底的に潰してやるのだ。勿論、公爵家の力も存分に利用する。その為には、優しい振りをして敵に近づき、油断させて最後は地獄に叩き落とすという作戦だ。


 炙り出しと証拠集めの為に、メリッサをこっそり慕う令嬢達を味方につけて、彼女達にも監視を頼んだ。メリッサが目にする女の子たちとの触れ合いってのは実は『メリッサに関する報告会』だったりする。そこで俺は、()とライバルの情報を入手し、排除に向けて行動する。

 なにしろメリッサは美しく賢く謙虚だからな。男達の中には俺から奪うつもりの奴もいるのだ。


 この昼休みの報告会が終われば、メリッサのファンの女の子達はごきげんようと言いながら蜘蛛の子を散らしたみたいに去ってゆく。

 俺が好きとか俺に興味があるわけではない。

 このメリッサファンの女の子達は、時々現れる変な女達とは違うのだが、メリッサにはその区別はついていないのかもしれない。

 というよりも、そんな事はどうでもいい程に、俺には関心が無いということかもしれない。


 メリッサのファンたちは俺を慰めてくれた。媚びない孤高のクールさの一方、実は俺を見る時にほんのりと目元を赤らめるところとか、気にしていない風を装いつつ必ず注意する為に現れるところとか、意地っ張りないじらしさとのギャップに萌えるとの事。

 

 少しは俺を意識してくれていると自惚れてもいいのだろうか。


**


 メリッサが俺に構わなくなって暫く経ったある日の事。


「ショーン様、大変ですわ!メリッサ様が図書館へ向かう途中で、ある男性から口説かれて連れていかれました」


「は?誰が誰にだって?」


「ですからメリッサ様が、留学生の某国の第三王子に拉致されたんです!早く行って助けて差し上げない!あの殿下は女癖が悪くて有名なのです!!」


 俺は一目散に駆け出した。



* (メリッサ視点)


 距離を詰められてると感じた時には、隣に座られ手を握られていた。


 確か近隣国からいらしてる第三王子殿下だったかしら。図書館で本を読んでいたら、声をかけられて、今度珍しい外国の書物を見せてあげると言ってたわね。しつこいのよね。

 もちろん断ったけど相手はどこぞの王族。上手く逃げないと外交的に問題になってしまうと思っていたら、図書館から出た途端に王子とその従者達に囲まれて逃げ場を塞がれ馬車に乗せられた。


 連れて行かれたのはこのクソ王子が滞在している離宮の一室だろう。女性に不埒な行為をしようとして連れ込むのが離宮の客室って、クソ王子は本当に馬鹿なのだと思うし、我が国を舐めくさっている。


「ねぇ、君。君に憂いを帯びた顔をさせる相手なんて忘れて、私と共に来ないかい?」


「第三王子殿下、申し訳ございません。わたくしには婚約者がおりまして、卒業後すぐに結婚する事が決まっております」


「だけど君さぁ、いつもほったらかしにされてるそうじゃないか?悪いけど君の事は色々と調べさせて貰ったよ。

 ジェイド侯爵家の養女で、亡くなった侯爵家次男と平民との間に生まれた娘。10歳まで下町で暮らしていたのだってね。その頃、平民だった君が食べていた庶民の食事や暮らしぶりに興味がわくよ。君を作り上げた基礎だものね。教えて欲しいなあ」


 第三王子はにこりと笑った。白い歯がきらりと光った気がした。実に胡散臭い。ショーンの笑みとは違った種類の、なんというか人を小馬鹿にした笑い方が気に食わない。

 

「ねぇ君、私の側妃にならない?悪いけど正妃は無理なんだ。うちの国の公爵令嬢と婚約してるからね。でも側妃なら、君の今の身分なら可能だよ?これは物凄く高待遇なんだよ、だって愛妾ではなく側妃なのだからね?

 私と一緒に来たら、たくさん愛して甘やかしてあげるよ」


 わたしは握られていた手を引っこ抜いた。


「ご冗談はおやめくださいませ」


「私は本気だよ?君は美しいし立ち居振る舞いも完璧だ。10歳まで平民で育ったとは思えない程だよ。そんな君ならきっとみんな認めると思うんだ。ゆくゆくは、公爵令嬢の正妃を追い出して、君を正妃にしても良いくらい気に入っているんだよ」


 背中を虫が這いずり回るような悪寒がする。こいつ、気持ち悪い。気持ち悪すぎる!


「殿下。お言葉ですが、確か、さる伯爵家のご令嬢に愛妾にならないかと持ちかけられましたわよね?そのご令嬢は今、体調を崩して領地にこもってらっしゃるとか。

 それから子爵家と男爵家のご令嬢達にも、愛妾になれば今よりずっと良い暮らしが出来るからとお誘いになったとお聞きしましたわ。ああ、それはそのご令嬢達がご自分達で吹聴してまわってらっしゃいますの。ご存知ではない?

 それに学院の試験ですが、殿下はいつも別室で受けられていますよね。試験を受けているのが替え玉だという噂もございますわ。

 わたくし、嘘つきと下半身がだらしない人は大嫌いですの」


 第三王子のこみかみがピクピクと波打つのを器用だなあと眺めていたわたしは、思い切り頬を叩かれた。衝撃で座っていたソファから転がり落ち、そしてお腹を踏まれた。

 痛い、涙が出た。痛いし苦しい。胸も苦しい。このままこのクソ王子に手籠にされてしまうのだろうか。それとも殺されるのか?


「優しくしていればつけ上がりおって!この女を縛っておけ。なに、構わんさ。他国の王族への不敬なんだから文句は言わせない」


 従者達は青ざめて止めようとしている。流石に外交問題に発展するかもしれないと焦るわよね。図書館から出たところで連れだしたのも目撃されているだろうし。

 まともな従者がいるのに、それを統べる王子が馬鹿だと本当に苦労するでしょうね。我が国の王子でなくて本当に良かった。

 ああ、頬とお腹が熱いし痛いわ。


 わたしに隙があったのが悪かったのか。婚約者から相手にされていない惨めな元平民の女だから、どう扱っても良いと思われたのかな。しかしわたしの今の身分は侯爵令嬢なのだ。もしわたしに何かあればお義父様が黙ってはいないだろうし、婚約者の父の公爵閣下も動くだろう、多分……


 お義父様、お義母様、お義兄様、お義姉様、お父様お母様、バートランド公爵ご夫妻、ごめんなさい、役立たずで。

 わたし、令嬢としての名誉を穢されるくらいなら死んだ方がマシ?


 だけど死んじゃったらもう会えない。


 ショーン……ショーン、助けてショーン、本当は貴方の事が好きって伝えたかった。本当は大好きなの、ショーンの事が。

 彼に伝えられないまま命を落とす、そしてその前にクソ王子に純潔を散らされるかもと考えたら、悲しさより腹が立ってきた。


 猿轡をしようとした従者の手を噛むと思い切り大声で叫んだ。もうどうなっても構わない、と思った。


「た、助けてーーー!!ショーン!」

「この女を黙らせろ!手荒に扱っても良い!」


 わたしが叫んだのと扉が蹴破られたのは同時だった。


「ごめん、遅くなった。メリッサ」


 扉を蹴破って入ってきたのはショーンと、後ろにいるのは近衛の騎士達だ。


「第三王子殿下、我が国の未婚女性に対する狼藉がバレていないとお思いでしたか?証拠は上がってます。

 そして我が婚約者たる侯爵令嬢の拉致と暴力の現行犯として連行します。

 ……せいぜい覚悟する事だな」


 ショーンはあろう事が、第三王子の頭をポカリと殴った。

近衛さん達は見て見ぬふりをしてる。わたしは嘘みたいな展開に泣き笑いの顔になった。


 そして目の前にショーンがいる。

 わたしは彼の腕に抱き止められその胸に顔を埋めていた。


「叩かれたのか!?腹もかっ!あのクソ野郎!同じ様にあいつの腹を蹴飛ばしてやれば良かった」


「………遅い」


「ん?痛むのかい。早く手当しなくては」


「来るのが遅い……怖かった」


「ごめん。不甲斐なくて君を悲しませるばかりでごめん」


 ショーンに抱きしめられたまま、わたしは泣いていた。


「ショーン、好き」


 小さく呟いた言葉は口の中で消えた。





**  (ショーン視点)


 腕の中でメリッサが泣いている。子どもの様に。

 そして泣き疲れたのか張っていた気が緩んだのか、ふっと気を失ってしまったようだ。その一瞬、「ショーン、好き」という言葉が小さく聞こえた気がしたのは、俺の願望か?


 メリッサはいつも俺に対して一線を引いていた。


『ショーン様にはわたくしよりも相応しい方がおられますわ、きっと、どこかに』


 メリッサの言葉に俺はいちいち反応してしまう。そんな悲しい事を言わないで欲しい。


『それは根拠があるのかい?ちなみに聞くけど、どんな子が僕に相応しいと思う?』


 俺は微笑みを崩さないままメリッサに尋ねた。


『そうですわね、貴方のその微笑みを受け入れられる方なら誰でも』


 俺はこのやり取りが好きなんだ。何を言ってもうまく切り返してくるし、踏み込まない程度に俺のことを理解しようとしてくれている。 

 結婚は貴族の義務だと言いながらも、女の子と仲良く話してるところを諫めにやってきて、紡ぎ出す皮肉の言葉の隙間から俺への好意が感じ取られるようで俺の心は喜びで震えるんだ。


 倒錯してる?歪んでる?そうかもしれない。

 初めは本当に純粋に、君が好きだよと伝えていたのに、メリッサは一向に信じないばかりか、『わたくしと婚約なんて貧乏くじを引いたみたいで残念でしたね?』なんて言い出すのだ。


『だって、ショーン様はよりどりみどりで女性を選べますのに。表情筋の死んでるわたくしなど、目にしてもつまらないでしょう?』


『そうかな、君の瞳は結構雄弁だよ。君が思っている以上にね』


『そういうお口の巧さが女の子を惹きつける要因なのですか?

勉強になりますわ』


 俺はどんなメリッサでも愛しい。こんな事を言われても好きなものは好きなんだ。

 

 だから攫われて泣き疲れて俺の腕の中で眠るメリッサを、誰にも渡さないとぎゅうぎゅう抱きしめていたら、駆けつけた医者に叱られた。



* (メリッサ視点)


「あの時、あいつをボコボコにしてやれば良かった。俺のメリッサに手を上げやがって。万死に値する」


「相手は王族ですよ?」


 俺?俺って言った、この人?

 

 ジェイド侯爵家の客間で、わたしはショーンと向き合っていた。お腹を蹴られたので念の為検査して、大事をとって学院は休んでいる。

 ショーンは大きな花束を持って見舞いに来てくれたのだ。


「王族っても田舎の小国だぜ?連れてる従者もしょぼかっただろ?特にあれ、期待されてない第三王子だしさ、自国で持て余して、ていよく追っ払われてたんじゃないのか」


「でも婚約者は公爵令嬢だと仰ってました」


「公爵ってもピンキリだぜ?国の規模からいって、うちの伯爵クラスだろうよ。それが言うに事欠いて、側妃だの愛妾だのって。単なる阿保なの、あいつは」


 何だろう。助けてもらった日から、この人性格変わった。取り繕った貴公子の化けの皮が剥がれ落ちちゃったみたい。

 思わず、訝しんだ目つきになったわたしに、楽しげに微笑んだ。ええ、そりゃもう自然に。


「俺さぁ、良い子ぶるの得意で普段はキラキラの王子様っぽく振る舞ってるけど、本当はこんなヤツなの。

 好きな子にヤキモチ妬いて欲しくて、振り向いて欲しくて、その子が怒る様な事をするみっともない男、それが俺」


 うん、なんとなく知ってたよ。わたしが勝手にいじけて拗らせていたように、ショーンもまた拗らせてたんだね。

 だから、取り繕うのをやめたショーンに対して、わたしも淑女の皮を脱ぎ捨てる事にした。


「そうね、馬鹿は馬鹿だよね。女の子を侍らせなくてもちゃんと気持ちを伝えれば良いだけの事じゃないかしら?それを嫉妬して欲しいがための試し行動って。お子様ね」


「あー、ぐうの音も出ないわ。メリッサが正しい」


 ショーンはニヤリと笑った。いつものあの何考えてるかわからない、内面を隠した偽の微笑みじゃない。


「つまり、貴方ってヘタレって事ね」


「ヘタレって、どこでそんな言葉覚えたの?

 しかしまあそうかもな。本気で好いた女に手も触れられないような意気地なしだもんな」


 徐々に距離を詰めてきて、ついには隣に座った。


「ちょっ!何すんのよ!」

 片手を取られたので払おうとするがびくともしない。華奢な様に見えてやはり男なのだと、妙に意識してしまう。


「あいつにどこ触られた?」

 

 まずは頬だなと、人差し指で優しく撫でられた。わたしはショーンの色気にぞくりとする。


「それから、白くて綺麗な手。この手で触られたい。いやその前に上書き」


 ショーンはわたしの手を持ち上げて、甲に唇を押し当てた。

わたしは息を呑む。


 ショーンさんよ、なんでそんな目でわたしを見るの?まるでわたしの事を好きみたいじゃない。


「何度伝えても通じなくて鈍感で、自分の価値を全くわかってなくて、一途で謙虚で意地っ張りで素直じゃなくて、でも可愛いメリッサが大好きなんだよ」


「は?それも試し行動なの?」


「だからっ!俺はお前が好きなの!初めて会った時からずっとお前の事が好きなんだよ。ずっと好きって伝えてるだろう」


 わたしは全くもって素直ではないので、心からの好意をぶつけられても、わたしも貴方が好きという言葉が出てこないのだ。

 だって!恥ずかしいのよ。


「わたし達、政略よ?そこには愛もへったくれも無いのよ、あるのは家同士の契約で……」


「あーもう、かったるいな。よく聞いてくれメリッサ。

 俺はお前を心から愛してる、だから結婚してくれ」


 わたしはびくりと体が震えた。こんなに真っ直ぐに愛を伝えられて、その気持ちにきちんと応えたいのに、素直になれない自分が情けなくて震えた。


「返事は?『はい』以外は受け付けないぞ」


「……は、い」


「それから、『ショーン、好き』ってちゃんと言って。どさくさ紛れは嫌だ」


 ショーンはわたしの耳元で、耳をはむ様にしながら囁いた。


「あ、観客(ギャラリー)が……」

 

 わたしは恥ずかしくて、室内に侍女のアンやショーンの護衛がいる事を伝えたけど無駄だった。


「あれは道端の石ころ、気にしない。さあ、好きって言って」


「す、好き。ショーンが好き、大好き」


 俺も、と言いながらわたしを抱きしめた彼は、勢い余って唇を寄せてきたが、大層怖い顔をしたアンに引っ剥がされて、ふたりして説教を受けたのだった。





 そして今日はなんと結婚式なのである。


 ボヤボヤして他の男に取られたら困ると言う、ショーンの我儘で素直な訴えにより、貴族学院卒業後すぐに結婚式を迎えた。なぜ婚約者時代にその素直さを発揮しなかった?普通に激甘に溺愛していれば、拗れなかったかもしれないのにとわたしは思う。

 

 貴族の身分を捨てて駆け落ちした両親から生まれて、その両親と死に別れ、伯父である義父に引き取られた元平民の訳ありだから、政略結婚だと淡々と受け入れたつもりだった。

 確かに事あるごとにショーンはわたしに愛を告げていたけど、まさか本心だったとは思えなくて。そもそものショーンの普段の行動がクズだったから。


 でもそのショーンの擁護をしたのは取り巻きの女の子達だった。彼女達に『わたくし達はメリッサ様のファンなのですわ、そしてメリッサ様を振り向かせたい情け無いショーン様の応援をしていただけなのです』などと言われたら、許すしかないじゃない?


 それに彼女達は、わたしの様子を逐一ショーンに報告していたのだと言う。そのおかげで助かったのだった。

 愛が重すぎるのも考えものですわねと、慰めるように言われたりして、苦笑いするしかなかった。


 素直なくせに素直じゃない、わたしに対してだけ拗らせてるショーンと、初めから諦めてた素直じゃないわたし、案外お似合いかもしれないね。


「結婚後に試し行動をしたら離婚だからね」


「俺の事、そんなに信用ないの?助けに行った時、腕の中で震えて、ショーン好きって言ったの誰だっけ?」


 愛の試し行動はもう終わり。これからは愛を育てて実を結びましょう。


 わたし達は微笑み見つめあった。

 ショーンは愛おしそうに新妻となったわたしを抱きしめた。





 



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[良い点] 色々演じちゃっているけどSっ気のあるショーンと、感情表現が苦手だけど実は下町っ子(心の声が面白い!)のメリッサ。 どちらも不器用で……お話が進むにつれて、お似合いだなあと思いながら見守らせ…
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