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彼女の思惑



 レネティアは自分の事を優秀だと信じて疑った事はなかった。

 冒険者として活動していた時、正直仲間が足を引っ張ってもそれをカバーできるだけの実力はあったし、自分が周囲からどう見られるかも良く理解できていたので、レネティアは自分が優秀であると信じていた。


 強く優しく美しく。


 そんな言葉は彼女のためにあるのだと、そう信じていた。


 そりゃあ内心で不満を溜め込んだりした事はある。むしろ表に出さないだけマシだろうとも。

 けれども仲間に当たり散らすような真似はした事もないし、内心で思うだけなら自由だろうと思う。

 今の仲間に不満はあれど、決別するほどでもない。

 現状維持しつつ、ある程度稼いで、そうしてどこか適当な所でそこそこ金を持ってる男に見初められでもすれば自分の人生いい方ね……なんて思っていた。

 当時のレネティアの仲間たちの中にはレネティアに想いを抱いている者だっていたけれど、彼女は彼の事はなんとも思っちゃいなかった。実力は普通、常に自分がフォローに回っているからどうにかやっていけてる程度、稼ぎがあるでもない、いいのは人柄くらいで、それ以外はパッとしない。

 どこか、平和で長閑な村あたりで畑耕して暮らすならいいかもしれないけれど、レネティアはそんな暮らしはごめんだった。


 仲間たちからはそんな彼の世話をしている事でくっつくのも間もなくか、なんて思われているのも知っていた。冗談ではない。冒険者としてやっていくうちはいいけれど、それだけだ。それ以上を望まれるのはごめんだった。


 そんな時だ。

 クラエスたちのチームと出会ったのは。


 クラエスの実力はレネティアから見て充分だった。

 今はまだ荒削りな部分もあるが、それだっていずれは洗練されていくだろう。

 見た目だって申し分ない。むしろレネティアにとっての理想とも言えた。

 性格はまぁ、可もなく不可もなく。むしろ彼のチームは来るもの拒まず去る者追わずといった感じなのか、入れ替わりがそれなりにあるようだった。

 彼のチームにいたのは女性ばかりで、あぁ、彼狙いなんだなというのはレネティアも見ただけで理解できた。


 けれども気持ちはわからないでもなかったのだ。


 まだ若く将来が有望そう。

 それは彼を狙う理由になり得る。


 冒険者やってくのだっていずれは限界があるだろうし、そうなれば養ってくれそうな稼げるだろう相手を見繕うのは当然と言えた。それに男ならともかく、女は子供を産むにしたって体力的な限界もある。あまり年をとってからだと出産は命がけだ。若すぎてもそれは言える事だけれども。


 クラエスと共にチームにいたとしても、望みが薄いなと思った者は割と早い段階で他のチームに移動したり、はたまた冒険者をやめて生活できそうなところを見つけては離脱したりとして、実際に入れ替わりは激しかった。クラエスは女性にはそれなりに優しい方ではあったけれど、同じ男性相手にはやや辛辣な部分もあった。だからこそ余計に彼の近くに集まるのは女性の方が多かったように思う。

 男性は大体別の行先を確保したらすぐさま離脱している印象だった。


 けれども、そんな入れ替わりがそこそこあるクラエスのチームでもずっとそこに居続ける者はいた。


 一人はメリダ。弓術師だ。

 剣を手に戦うクラエスにとっては、弓で援護に回る彼女はかなり頼りになる仲間であろう事はレネティアからもよくわかった。実力も中々。むしろ弓術師としては周囲にいる者たちと比べると頭一つ二つ分飛びぬけているといっても過言ではなかった。


 落ち着いた雰囲気の、物静かな女性。必要な事しか喋らない、みたいな印象が強く実際レネティアが彼女と接した時はその印象が当たっていると思われた。

 会話が弾まないという点はあれど、沈黙が苦痛でなければ共にいて楽なタイプだろう。あまり話をする事がないとはいえ、彼女は仲間に興味を持たないわけではない。実際によく見ていたし、仲間が危険な状態に陥れば瞬時にサポートに回ったりもしていた。


 入れ替わりがそれなりにあるクラエスのチームで、彼女がずっと居続けたのはてっきりメリダもクラエスの事を狙っているからだとばかり思っていた。

 後からやってきた女どもが諦めて早々に抜けていったとしても、彼女は狙った獲物を逃すつもりはないのだろうとも。


 もっとも、そんなレネティアの考えは外れていたのだが。



 もう一人クラエスの近くにいた人物がいる。

 それがコレットだ。


 彼女は冒険者であるにも関わらずその実力は全然大した事がない。

 むしろどうしてそんな実力で冒険者になろうなんて思ってしまったのか、と言いたくなるくらいに弱かった。

 だからだろう。チームの中では雑用を率先して引き受けていた。


 クラエスが彼女を冒険者として誘った、という話を聞いた時は何かの冗談かと思っていたがそれが事実であるとクラエス本人から聞いて、だからコレットはいつまでもこのチームにしがみついているのか、と思ったものだ。

 彼女の実力ではここを抜けたら他に行く場所なんてあるはずがない。

 だから雑用係になってもここにしがみついているのだろうとも。


 はたまた、クラエスが誘ってくれたというのが唯一の自尊心になっているのかもしれない、とも考えていた。

 クラエスがコレットへ向ける視線は愛しい女に向けるものというよりは親しい家族に向けるものに近いとレネティアは見ていた。

 実際クラエスがコレットに接している時の様子を見た者たちの感想は、出来の悪い妹に対する兄の姿、といったもので。



 雑用に関しては手際のいいコレットの事は、戦いが絡まなければ良い人物だと思える。

 レネティアはクラエスと出会い、今後とも彼と共に在れたら、と思ってしまった。平たく言うと恋をしたのである。けれどもそれをただの恋で終わらせたくなかった。

 虎視眈々と彼の事を狙い、確実に添い遂げるのだと決め――まずは彼のチームに入る事を目的とした。とはいえこの時点でレネティアは別のチームに在籍している。抜けるにしても仲間たちがあっさりとレネティアを解放してくれるかはわからなかった。仮に抜けたとして、すぐさまレネティアがクラエスのチームに入れるか、となると微妙な気がしたのだ。


 だってそうなれば、他のクラエスの仲間たちからはすぐさまレネティアもまたクラエスを狙っているとわかりやすすぎるものなので。クラエス狙いの女からすれば、敵を内側に引き入れるだなんて事許したくはないだろう。


 だからこそまずは穏便にチームから抜ける事を目標とし、その後どうにか抜ける事に成功。

 そうしてしばらくは一人で行動するようにした。

 流石に一人でダンジョンだとかに行くのは厳しいので、そう言った時は他のチームで人手が足りない場合の応援、とかそういう感じで行動していたけれど、基本的な行先はクラエスたちと同じ方へ。

 チームを抜けたのだって元からそうする予定だった、とばかりの顔をして気ままな一人旅を満喫してます、といった空気を醸し出してすらいた。


 旅の途中で何度か顔を合わせる事になる相手。

 クラエスにはそういう風に意識づける事に成功したと思う。


 そうやって、よく顔を合わせる相手だと認識させて徐々に彼に近づいていった。


 てっきり手強いライバルになるだろうと思っていたメリダはレネティアがクラエスに接近しても特に何の反応も示さなかった。静観しているのは余裕の表れかそれとも――などと最初のうちは警戒していたけれど、メリダの目には一向にレネティアが敵であるだなんて風に映る事もなく。


 同じくコレットもまたレネティアに対して知り合いが増えた、程度の認識しかなかったように思う。


 移動する時に関してはよくかち合う、くらいに接触を増やしていって、その時にコレットの料理が美味しいという事実に気付きもしたけれど、発見といえばその程度だった。


 けれどもそのうちそこそこ出入りの激しかったクラエスのチームから人が抜けないような事になってきて、レネティアはタイミングを見誤ったな……と内心焦りもしたのだ。

 もうちょっとしたらいよいよ彼らのチームに自分を売り込んで入る予定でいたのに、出ていくだろう人がいないとなれば誰かを追い出す事になる。下手に揉めれば厄介だ。


 けれど、レネティアは諦めるつもりなんてこれっぽっちもなかった。


 誰かを追い出すにしても、上手くやらないと揉める。

 人間関係に亀裂が生じた状態で危険な場所へ行けば最悪命を落とす事にだってなり得る。


 誰を、どういう手段で追い落とすか。


 レネティアは自分が悪いなんて事にならないように、それでいてクラエスからの印象は良いままで自分が彼のチームに入るタイミングを慎重に窺い隙を狙っていた。


 そうして、思っていたよりも早くにチャンスは巡ってきた。

 彼が魔のガルヴァ海峡へ挑もうとしているという情報を得たのだ。

 危険な場所だとはレネティアも聞いてはいたけれど、あのあたりはまだ詳しい事はほとんどわからないまま、他の大陸から来た人たちのうわさ話だとかが入り混じるような状態で、未開の地へ挑むという意味では打ってつけの場所であった。


 それはレネティアにとってもチャンスだった。


 危険な場所だ。自分の身だって危うい。けれども、同時にそれは自分が彼の仲間として入り込むにはまさに打ってつけという状況で。


 レネティアはさも偶然を装ってクラエス一人で街を散策していた時に会い、噂で聞いたけどガルヴァ海峡へ行くというのは本当かと訊ねた。

 そしてそれにクラエスは頷いた。

 そこでさもレネティアは心配そうな表情を浮かべて、けど今のチームで挑んで大丈夫なのか? と問うた。


 クラエスは確かにそれなりに強い。

 他の仲間たちもそうだ。

 けれど一人、確実にお荷物としか言えない奴がいる。コレットだ。

 確かに彼女が身の回りのあれこれを片付けてくれているから、そういう意味で楽をできているというのもそうだが、しかし魔物が強く危険な場所である所へ行くというのにそんな彼女を守りながら……というのも効率が悪い。


 だからこそそこでレネティアは自らを売り込んだ。

 危険な場所に挑むのに、コレットを連れていくとなれば他の仲間たちとて危うい。それならいっそ、一度ここでお別れしてはどうか、と。そのついでに自分もそこに挑みたいと思っていたから良ければ是非、仲間に入れてもらえないだろうか、ともクラエスに伝えた。


 最初は少しばかり悩んでいるようだったクラエスも、レネティアの売り込みを聞いているうちに危険な地へと挑んだ上での生存率などを考えて結論が出たのだろう。

 コレットをチームから脱退させて、レネティアをチームに入れる事を決めてくれた。


 クラエスが冒険者となってからずっと共にいたコレットは、お互いにそういう恋愛感情があるように見えずとも傍から見ればそう見える時もあってレネティアはどうにかコレットを引き離したい気持ちがあった。最古参が抜ければ、他の仲間同士でクラエス争奪戦へ加速度的に発展するかもしれない。けれどレネティアは負けるつもりはこれっぽっちもなかったのだ。


 一人で行動するようになってからは、特に身の回りの事なんて自分でやる機会が増えた。その時に料理だって腕を磨いたし、コレットがいなくても自分ならその後釜に収まる事だって可能だろうとも思っていた。

 コレットのようにクラエスの身の回りの世話をしつつ、戦闘においても有用性を示す。そうすればクラエスからは必要とされるだろう。


 コレットは彼の身の回りの事を。

 メリダは戦闘面で。

 それぞれ支えになってはいただろう。

 けれどもこれからは、その両方をレネティアがこなしてしまえば。

 彼の隣は自分のものだと、この時すでにレネティアは確信すらしていたのだ。


 だがしかしそれはレネティアの思い込みでしかなかったわけだが。

 何せこの後、魔のガルヴァ海峡へ挑んだもののそれは見事に失敗しクラエスたちチームには大きな損害が出てしまったし、どうにか手近なダンジョンなどで稼いで補填しようとしたものの。

 そこでチームは解散する結果となってしまったのだから。

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