知らぬ元凶
拠点を移そうと思う。
そうセルジュに言われた時はまた唐突だなと思わないでもなかったけれど。
それでもコレットは別に居場所に関して特にこだわりもなかったのであっさりと了承し、そして速やかに荷物を纏めた。
元々自分の物と言えるようなものは少なかったし、だからこそ荷造りなんてのは案外呆気なく終わった。
そうして次に向かった先は、神殿国家だった。
以前はそこから少し離れた街にいたけれど、こちらの方が色々と便利ではあるから、という理由で訪れる事となった。ここは確かユーシスの実家があるはずだけれど……と思いながらもユーシスを見れば、そんなコレットの視線に気づいただろうユーシスが唇に人差し指を当てて「しぃ」とさもわかっているというような反応を返す。
実家があるなら家族に久々に会うだとか、そうでなくとも連絡の一つくらいは入れた方がいいのではないだろうか……などと思ったけれど、もしかしたらユーシスもコレットと祖母のように家族であってもうまくいかないというやつなのかもしれない。
もしそうなら、コレットがあれこれ言うような事でもないのだろう。
もちろんその考えが違っていて、家族仲が良い可能性もある。その場合はいつ気付くか、をさながらゲーム気分で楽しんでいるとかだろうか。
とりあえずユーシスの実家がある地区とはやや離れた所に新たな拠点としての家を借りて、コレットたちは神殿国家での生活を始める事にした。
以前住んでた場所と同じくこの神殿国家近辺にはいくつかのダンジョンが存在している。
もう随分と長い間存在しているものもあるからか、そこは定期的に魔物を倒すしかできる事がない。
勿論、最深部へ到達しダンジョンコアを破壊できるならやってもいいだろう。とはいえ、神殿国家周辺のダンジョンはどれも育ちすぎてそう簡単に攻略できるようなものではなかった。
だからこそ、とでも言うべきか。未開の地を踏破しようというものではなく、財宝を目当てにしている冒険者が多く存在している。
セルジュ達はそんな冒険者たちの中に上手い具合にするっと入り込んでいるためか、引っ越してきて数か月。未だにユーシスの家族が接触してきた、なんて話は少なくともコレットの耳には入っていない。
だが――
「コ、コレット!? あんたなんでここに!?」
今日は小麦粉が安かったなぁ、なんてホクホクしながら買い物を終えて帰路につく途中、背後から唐突に声をかけられて何となく立ち止まって振り返ってしまった。
コレットという名前は別段珍しいものではない。よくある名だ。だからこそ同じ名前の別人である可能性もあったのだが、それでもなんとなく、その声に聞き覚えがあったからこそコレットはその声の主へと視線を向けていた。
「えーっと……」
「レネティアよ!」
声に覚えはあったけれど、自分はそう彼女と多く交流したわけでもない。見覚えはあるけれど誰だったかな……なんて感じで記憶を手繰っていれば、じれったいとばかりに先に彼女が名乗りを上げた。
そうだ、レネティア。
まだ自分がクラエスの所にいた時に一度だけ別のチームと手を組んだ時にそっちのチームにいた法術師。
その後はチームを抜けたのか、一人で冒険者やってるとかいう噂になって、度々遭遇してたし一時的に行動を共にしたりもしたけれど、その後クラエスたちが魔のガルヴァ海峡へ挑む直前でコレットと入れ替わるようにしてチームに入った女性。
あれから既に三年とちょっとが経過している。
だからだろうか。
記憶の中のレネティアよりも随分と……
「老けました?」
「しっつれいねあんた!」
「すみません。えぇと……大人っぽくなりましたね……?」
「言い直せばいいってもんじゃないのよ」
きぃっ、とハンカチでも噛み締めそうな勢いだったものの、あまり大きな声で喚けば無駄に注目を集める事になるというのはレネティアも理解しているのだろう。どうにか声を抑えている。とはいえ、口の端が引きつっているのは隠し切れなかったが。
クラエスたちのチームに入る前から既に充分大人っぽい色気のある女性であったけれど、たった三年とちょっとで随分と老け込んだな……というのはだがしかしコレットの偽らざる感想だ。声をかけられなければ、彼女がレネティアだとは気付かなかっただろう。見た目だけでは以前と大分違って見える。
クラエスたちと別れてあれから三年。
同じだけの時間が経過したはずなのに、コレットは残念な事に当時からあまり見た目が変わっていないので、三年でガラリと変わったレネティアを見てもしかして私の分の時間までもっていったんじゃないだろうか……なんて突拍子もない事を考えてしまった。
そういえば前にいた場所でクラエスと遭遇はしたけれど、他の仲間たちがどうなったかは知らなかった。
けれどもここにレネティアがいるという事は、もしかしたら他の皆もいるのだろうか。
「お一人ですか?」
少なくとも今、レネティアの近くにコレットの見知った顔はない。けれどもチームだからって街の中でまで常に一緒に行動しているというものでもないだろう。町や村で休むとなれば、各々好きに時間を使っていたくらいだし。
だからこそてっきりレネティアからは「そうよ」と返ってくるものだと思っていた。いたのだが、何故だかレネティアは苦虫を間違って噛み締めてしまったような表情を浮かべた。
何か、聞いてはいけない事だっただろうか……?
以前いたチームを抜けた後は、一人で冒険者をしていたくらいの実力者だ。
その後も度々遭遇はしていた。とはいえ、ダンジョンの中だとかではなく、移動中に同じ方向が目的地だから、とかいう理由での行動だったのでセルジュ達のように共闘する、といった展開にはならなかったけれど。
けれども一人である程度戦える実力者だ。法術師は世間一般で回復職扱いをされるけれど、決して戦えないわけではない。そんな法術師と比べるとコレットは治癒魔法が使えるわけでもないしましてや戦えないのでどれだけお荷物か……という話になってしまう。
コレットが一人であればまぁあんたの実力じゃぁねぇ……みたいに言われても仕方がないが、レネティアは違う。一人でいたとしても、それを引け目に思うような事なんてどこにもないわけで。だからこそコレットだって一人かと聞く事が悪い事だと思わなかったのだ。
「……そうね、一人。えぇ、一人よ。生憎と前にいたチームは解散しちゃったから」
「あ、そうなんですね」
「あなたがいたチームの話よ!?」
「え、そうだったんですか……あ、だから」
「なんなの」
「いえ、少し前にクラエスと会って、戻ってこないか? なんて言ってたから誰かがチームから抜けたのかなとは思ってたんですけれども……」
「はぁ!? 会った!? 彼に!? どこで!?」
「えっ、ここじゃないけど近くの街で……少し前までそっちで暮らしてたんです。私」
もう既に抜けたチームの話だ。
だからこそ、自分がいなくなった後どうなったか、なんてのを根掘り葉掘り知ろうとまでは思わなかった。気にならなかったと言えば嘘になる。
自分がいなくなった後のチームで、きっとクラエスたちはあの魔のガルヴァ海峡を越えただろうし、その先にあると噂されている未開の地へ辿り着いたに違いない……とコレットは思っているものの、けれどもそれにしては以前出会ったクラエスは随分とみすぼらしくなっていた。
少なくとも成功者としての風格というものとは程遠い。
冒険失敗したのかな……と思っても、生きてるならマシな方だとは思うし、そこに固執しなければ稼ごうと思えば冒険者なんてダンジョンへ行くとかすればそれなりに稼げる。実力次第、という言葉がつくけれど。
しかし解散とは……
コレットが抜けた後、一体何があったのだろうか。
気になりはしたけれど、果たしてレネティアがそれを話してくれるだろうか? 聞いて大丈夫かな……なんて思いながらそっと視線をレネティアへ向ける。あまりじろじろ見るのもな、と思って少し視線を逸らしていたけれど、よく見ると彼女もなんて言うか以前見た時と違って装備がランクダウンしているように思える。それでも法術があるので実力そのものが大きくダウン、なんて事にはならないだろうけれど、以前のような余裕たっぷりめの姿ではなく、今は焦りのようなものが強くあるような気がした。
「……聞きたい事があるから、ちょっと付き合いなさい」
コレットの視線の意味をどう受け取ったのか、レネティアは有無を言わさぬ迫力でもってコレットに近づいて彼女の腕を取る。そうして跡がつく程……とまではいかないにしても、決して弱くはない力で引っ張った。
「――で、聞くけど、あなたとクラエスってどういう関係だったわけ?」
連れていかれた先は大衆向けの食堂だった。
レネティアの事だからてっきりオシャレなカフェとかに連れていかれるものだとばかり思っていたけれど、実際は早い安い美味いを掲げている食堂である。
とはいえ、ここはそれなりに広さもあるし多少長く居座ってもそこまで文句を言われるところでもないので、話をするというのであればまぁ、あまり長引かなければ大丈夫だろうとは思う。
「どう、って言われても……冒険者にならないかって誘われたんです。私あの時行くアテなかったし」
「それは前にも聞いたわ。そうじゃなくて」
違う、そうじゃないとばかりに首を振られて、コレットはわけがわからないなりに一応メニューに目を通す。流石に席を占領しておいて何も頼まないわけにもいかない。
「仲間でしたよ。チームを抜けるまで」
コレットがクラエスに抱いていた感情は、少なくとも以前はもうちょっと色々あったように思う。
けれどもチームを追い出されて、その後セルジュ達に拾われてからは、もうクラエスは元仲間であって今は仲間ではない。精々がただの顔見知り。友人か、と問われるとまた違う気もするし恩はそれなりにあるけれど、けれど今クラエスが困っているなら彼のチームに今一度戻ろう、とか思えるようなものでもない。
遠い地で成功をお祈りしていますね、くらいの心境である。
例えばこの先クラエスがどこかで何らかの偉業を達成してそれが世界中を駆け巡るニュースになったとして。
その成功を称賛すれど妬んだり恨んだりする事はないと言える。
そんな凄い人の所で一時的とはいえチームに入れてもらってたんだなぁ、と思いはしてもそれだけだ。あの人のチームに以前私もいたんですよ、とはいえ私は足手纏いだったので今こうしてここにいる時点でお察しですけど。とか平然と言える。
例えばクラエスがどこかで素敵なお嬢さんと出会って冒険者をやめて結婚した、という話を聞いたとしてもコレットはそれを素直に祝うだろう。おめでとう、お幸せに。
そこは私の居場所なのに、だなんて思うはずもない。
チームにいた時だって別にクラエスの隣は自分の居場所ではなかった。
彼のチームにいたけれど、イコールでクラエスの隣が自分の居場所というわけではなかったのだ。
クラエスはクラエスなりに自分の近くにコレットを置いてくれてはいたけれど、近くであって隣ではない。
今にして思えば、友人程度の距離感であって親友とまではいかない――そんなものだったのではないだろうか。
かつて。
コレットが祖母の元で身を寄せていた時。
そこでも一応友人と呼べるような人はいた。けれども、あの土地を飛び出してからは一切連絡をとっていない。
きっと今なら仮に出会ったとして、久しぶり、元気してる? くらいの挨拶はできたとして、会話を弾ませて当時のように、いや、当時以上に仲良くできるかと問われればきっと難しいだろう。
今のコレットとクラエスはそれと同じようなものだ、とコレットは思っている。
そういった感じの話をつらつらとレネティアにすれば、彼女は何とも言えない表情を浮かべていた。適当な事を言って誤魔化しているだとか、煙に巻こうとしているだとかではなく、本当にコレットが本心から思っているというのがわかってしまったからだ。
なんてこと……知らず、レネティアの口からはそんな言葉が呟かれていた。