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三年後の再会



 セルジュ達のチームに入って三年。

 それはある意味であっという間だった。


 誘われた当初から今でも正直まだ信じられない部分はある。

 けれども、それでも今は自分もセルジュ達の仲間なのだという思いはあった。


 クラエスの所にいた時はもっとこう……負い目のようなものがあった。

 ロクに戦えずできる事は雑用程度。

 チームの人数は六名までで、だからこそその一枠を雑用しかできない自分が埋めているのは……という思いは確かにあったのだ。

 けれどもそれでも皆、仲間扱いはしてくれていた。


 仲間、だったと思う。



 少なくとも露骨に見下されるような事はなかったし、嫌がらせのようなものはなかった。

 けれども、仲間として対等であったか、と聞かれると今のコレットは違ったな……と当時を思い返してそう思うのだ。


 仲間としての認識はあったのだと思う。けれどもクラエスや他の仲間たちは、コレットの事を対等だと思っていたか……となるときっと意識的にしろ無意識にしろ一段下に見ていたとは思う。

 だってコレットは戦えなかったのだから。

 戦えないコレットを守ってあげていた、という思いがあったのは事実だろう。

 面と向かってあんた戦えないんだからお荷物って自覚しなさいよ、とかそういう風に言われた事はなかったけれど。


 戦ってないからあまり疲れてないよね。じゃあこれも持ってくれる?

 なんて感じで荷物持ちを言われたのはよくあった。

 戦ってないからまだ余裕あるよね、じゃああれ片付けといてくれる?

 そんな風に片づけを頼まれた事もある。


 別に戦ってないのは事実だけれど、皆の荷物を持って移動すればそれなりに疲れも溜まる。

 身軽になった仲間たちは自由に動き回っていたけれど、コレットはそうもいかなかった。

 魔物との戦いになれば自分はなるべく安全そうな場所でじっとしていたけれど、それでも時として魔物がこっちに向かってくることはあったし、それを倒した仲間からそんなところに突っ立ってないで! と言われたこともあった。

 ぼーっと突っ立ってたわけじゃない。

 荷物が重いとそう気軽に動けるわけでもない。それに、コレットがあまりあちこち移動しているとそれはそれで邪魔だからそっちでじっとしてて、なんて言われる事もあった。


 あの時のコレットはその言葉をするっと受け入れていたけれど、今は違う。


 そもそも余計な荷物を持たされなければ自分の身は自分で守れる……と断言まではいかずとも、どうにかできたはずなのだ。全く戦えないわけじゃない。多少の護身程度には動けるのだから。けれども本来自分が持つ必要のない荷まで持たされれば、そりゃあロクに身動きもできないというもの。


 クラエスは労わってくれたけれど、でも荷物を押し付けるのはやめろ、とまでは言わなかった。

 セルジュ達と共に行動するようになってから思い返すと、彼はコレットに対して多少の配慮はしてくれていたけれど、それだって最低限としか言えないものだ。


 セルジュ達は自分の荷物を全部コレットに押し付けたりはしないし、戦う時だってある程度陣形を決めている。基本はスレインやアッシュが近くで守ってくれているので、そう動き回る必要もない。その場に留まって、それでこっちに魔物が来ても即座にスレインかアッシュのどちらかが対処してくれる。


 クラエスたちといた時はそういった時、仲間の誰かが助けてくれることもあったけど、間に合わない事もあった。だからコレットは死ぬかもしれないなんて思いながらもどうにか逃げ回ったりしたのだ。

 セルジュ達と共に行動するようになってからは、そういった危険を感じる事は大分減った。彼らはコレットを守る事を第一として戦っている。

 そう言う意味では圧倒的な安心感すらあった。



 セルジュ達はコレットを仲間に入れてから、魔のガルヴァ海峡へ挑むでもなく普通に引き返していって、未踏の地を目指すのではなく主にそこかしこで発生したダンジョンの攻略をメインにするようになった。

 元々、セルジュ達はそこまで未知というものに惹かれたわけでもない。

 ただ、コレットを仲間に引き入れるためにクラエスたちの足取りを追っていただけに過ぎなかった。


 そうまでして仲間にしたかった、と言われればどうして、という思いもあるが同時に嬉しくもあった。

 そうまでして必要とされている、という思いは、クラエスたちといた時には感じる事のなかったものだ。


 クラエスたちといた時には負い目しかなかったコレットだが、今は違う。

 セルジュ達に必要とされている、というのは決してコレットの思い込みではない。

 セルジュ達がコレットを必要としている理由とでもいうべき部分を聞けば、彼らの拠点で待機しているだけでも良いのでは? わざわざ仲間としてチームの人員を埋める必要ある? と思ったりもしたが、セルジュ達はそうは思わなかったようだ。


 セルジュ達が足を運ぶダンジョンはそこまで大規模なものでもない。精々が中規模といったものだ。けれども、あまり放置しすぎると成長し手に負えなくなりそうなダンジョンでもあった。

 大規模なものはある程度魔物を倒して少しずつダンジョンそのものの力を削いでからの攻略、といった感じだ。

 だが、大規模なダンジョンはある程度内部でレアなアイテムの発見もできるので他の冒険者たちが狩場にしている事もある。だからこそ、人が立ち寄らないようなところならともかくそうでもないダンジョンであるならば、セルジュ達は積極的にダンジョンコアの破壊をしようとはしなかった。



 現在コレットたちがいるのは、クラエスたちと別れた運河都市ゾラッタがあった大陸とは別の――ユーシスの故郷がある神殿国家近くの街であった。

 この辺りはよく新しいダンジョンが発生するので、それらの撤去――というのもなんだが、まぁそういった活動をメインにしている。

 拠点とした街は治安がそこそこ良い方なので、コレットも安心して出歩く事ができた。何よりセルジュ達はそこでは既に名の知られた存在らしく、彼らが積極的にコレットの事も街の人たちに紹介したからかコレットもまたあっという間に馴染む事ができた。



 何というか久々だった。

 楽に息ができる、とでもいうのだろうか。

 両親が死んで祖母の所で暮らしていた時、祖母は悪い人ではなかったけれど、それでも毎日息が詰まるような気持ちで生きていた。毎日自分の首に一つずつ鎖が巻かれていくかのような閉塞感とでも言おうか、そんなものが常に付きまとっていたのだ。

 だからこそ家を出た。

 後先なんて考えずに飛び出て、そこでコレットは自由を得た。

 とはいえコレット自身の事を思えばその自由は先が見えていて、そう長くは続かなかったものだ。


 けれどもそこでクラエスと出会い、新たな居場所を得た。

 最初のうちは良かったのかもしれない。

 けれども段々やっぱりコレット自身目を逸らしていたけれど、息苦しくなってはいたのだ。


 クラエスからチームを追放された時、いずれそうなるとわかってはいた。だからこそみっともなく泣きわめくような事はしなかった。これからどうしよう、という先の不安はあったけれど、でも同時に少しだけ安堵もしたのだ。あぁ、これで解放される、と。



 セルジュ達と共に行動するようになってじきに三年が経過する。

 最初のうちは良くてもいずれはやっぱり息苦しさを覚えるのだろうか、と内心不安もあったコレットだが、今のところそういったものはない。

 毎日がむしろ過ごしやすいくらいだ。


 ダンジョンに行く時は気を引き締めないと危険だけれど、セルジュ達が一緒だというだけでとても安心できた。彼らはコレットを見捨てない。彼らが死ぬような状況になればコレットも諦めがつく。セルジュ達がどうにもできないなら、自分が助かるなんて土台無理な話なのだから。

 冗談めいて言ったユーシスの、

「大丈夫、死ぬときは一緒ですよ」

 という言葉をコレットは割と本気で受け取っている。


 ちなみに冗談めいて言ったユーシスではあるが、割とこちらも本気である。なんなら病める時も健やかなる時も、的な意味で言っている節さえある。

 コレットからすればセルジュ達でも死ぬような状況ならじゃあ自分が死ぬのは当然だろうな、という意味で受け取っているが。



 さて、そんな割とのびのびと過ごしているコレットではあったが。


「コレット!」


 という自分の名を呼ぶ声で食料の買い出しから帰る途中であった足は自然と止まる事となった。

 そうして声がかけられた方へと振り返ればそこにいたのは――


「クラエス……?」


 そこには三年前に別れたかつての仲間。

 自分を冒険者に誘ってくれた、クラエスがいたのである。


 コレットとしては、もうすっかり彼らのチームから追い出されたのは過去の事だ。

 どうしてここに、という思いもある。

 あとは、三年も経っているのだから当然と言えば当然だが、何と言うか変わったな……とも。


 三年前、彼と別れた時と比べて見違えた、と良い意味で言えればよかったのだが、実際は違った。

 どことなく落ちぶれた……? というような雰囲気。


 例えば後ろからクラエスが歩いてきてコレットの事を追い越していったとしても、正直コレットは彼がクラエスであるとは気付かなかっただろう。

 声を掛けられて、顔を見てもすぐにはわからなかったのだから。


 ただ、その声に覚えがあって、そこから何となく見知った気がする相手だな、と思いながら記憶を辿っていった結果クラエスだと気付いたに過ぎない。


 三年前はそこそこ手入れがされていた防具も、何故だか今はボロボロであるし見た目もなんていうか……全体的に汚れている。

 どこかのダンジョンから戻ってきたばかりです、というのであれば理解できなくもないが、それにしたって……と思える状態であった。

 なんというか外から帰ってきたのであればまずは宿なり家なりでゆっくり休んでそれからお出かけしろ、と言いたくなるような状態である事に間違いはない。


「お久しぶりですクラエス。では」


 どうしてここに彼がいるのかはわからない。

 魔のガルヴァ海峡へ挑んだはずの彼が、その後何かあってこっちにやってきたとしても既にコレットからすればもう済んだ話だ。元仲間であって今はそうではないのだから。

 積もる話があるでもない。

 どちらかといえば買ったばかりの食料を早いとこ家に持って帰ってしまいたい。


 だからこそ別段会話を弾ませようなんて思わず、ぺこ、と頭を軽く下げてコレットはそのまま立ち去ろうとしたのだが。


「待ってくれ」

 どこか切羽詰まったような声で呼び止められる。


「なんですか?」

「その……久しぶり」


 気まずそうに、というよりは何か言葉を選ぼうとしてそう言ったのだろう。

 けれど、コレットは久しぶり、は今こっちも言ったばかりじゃない、と思ってしまった。

 わざわざ呼び止めたくらいだ。てっきり何か、用があるのかもとは思ったけれど。


 もしかしてただ見かけて声をかけただけで、特に用なんてなかったのかもしれない。


「はい、三年ぶりくらいですね、では」

「いやあの、コレットッ!」

「……なんなんですか」


 以前のコレットなら「どうしたんだろう」くらいに思ったかもしれないが、今のコレットはもうクラエスのチームの仲間でもないし、今日は他にもやる事・やりたい事がある。そしてそのコレットのやろうと思っている事にクラエスと昔話に花を咲かせるという予定は入っていない。

 久しぶりだねー、元気そうで良かったー。それじゃーねー。くらいのノリでもう終わったつもりだったのだ。けれどもクラエスはどうも違うらしい。


 クラエスってこんな人だったかな……? と内心で思う。

 前はもっとこう、言いたいことはずばずば言ってたし、用があるならサクッと伝えていた。こんな風にどこかおどおどしながら言葉を選ぼうとしたりはしていなかったはずだ。むしろどちらかと言えばそれはコレットの側がそうだったように思える。

 仲間だと言われても、あの時のコレットはどうしたってお荷物であるという思いが消えなかったので。


 チームを追放されたというのも過去の話だ。

 そしてもう彼とは同じチームではない。

 だからこそ、引け目も負い目も感じる事がない。


 例えば今出会ったクラエスが、ダンジョンかどこかから帰ってきたばかりです、みたいな色々と汚れた状態でなければ。

 手入れをきっちり行って綺麗な防具に、ちゃんと風呂に入った後の綺麗な状態であったなら。

 何もかもにくたびれてるような雰囲気じゃなかったら。

 そうだったなら、もしかしたら。

 あの当時のような気持ちになれたかもしれない。


 今はそうは思わないが、それでもかつてクラエスのチームにいた時の思い出はキラキラしていた。コレットにとってはクラエスは憧れのようなものでもあったし、だからこそ追放されるまでは必死についていったのだ。

 その思い出がなんとなく汚されたような気持ちになってしまったけれど、それはコレットの受け取り方によるものでここで出会ったクラエスのせいでもない。


 だからこそさっさと用件を言ってくれれば、それでもう終わるものだと思っていた。


 クラエスはコレットの反応が思っていたものと違ったのだろう。一瞬だけ「あれっ?」というような顔をしていたが、それをすぐに引っ込める。そしてどこかはにかんだように笑って言ったのだ。


「その、コレット。良ければまた一緒にチームを組まないか?」


「…………え?」


 は? とか圧の強い聞き返し方をしなかっただけコレットは咄嗟に自分を抑えた方である。

 けれどもそんな内心をクラエスが気付いたりするはずもなく。


「その、少し、冒険者として行き詰ってしまって。仲間とも別れてしまったし、こうなったら初心に帰るべきかなって」


 何言ってるんだろうこの人。


 そう口に出さなかっただけ、マシだと思う。けれどもきっと口に出していなくとも、顔には思いっきり出てしまっているだろう。そもそも隠そうと思ってないので出ていたとしてもおかしくはない。



 冒険者として行き詰る。要はスランプみたいなものだろうか。その手の話はそこそこ聞く事があるので、別段おかしな話でもない。

 今まで順調に進んでいたのにある日を境に何をしても上手くいく気がしなくなって、なんていう冒険者はそこそこいる。かつてコレットがまだクラエスのチームにいた時、彼は常に自信に満ちていた。だからそういった話とは無縁かなと思っていたのだけれど、どうやらそういうわけでもなかったようだ。


 そうしてそういった時に他の仲間とも上手くいかなくなってチームを解散する……なんていう話も時々聞く。どうにも上手く実力を発揮できない、というような事は多くの冒険者が経験する事だ。

 とはいえ、その状態がいつまでも続くようであれば危険なのは言うまでもない。

 魔物と戦う時に、今スランプなんだよね、なんていう冒険者の状況を魔物がご丁寧に汲んでくれて手加減してくれるなんて事、あるはずがないのだから。


 冒険者だって人間なのだから伸び悩む時期があってもおかしくはない。けれどもそれがいつまでも続くようなら、仲間にとっても負担だし最悪自らの命を危険に晒す事になる。調子が悪い、という事はそりゃあ勿論あるだろう。けれども、それがずっと続くようなら仲間としても一度冒険者から離れてみては? としか言いようがない。

 これをすれば明確に原因が消えて元に戻ります、というのがわかっているならまだしも、そうでなければそんな状態のまま冒険者を続ける方がよほど危険だ。



 けれど。


 それでどうしてコレットとまたチームを組もう、なんて話になったんだろう。

 そして、どうしてその誘いに乗ると思われているのだろう。


 コレットにはそれが理解できなかった。

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