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彼についての客観論



 てっきりセルジュたちもまたクラエスたちと同じく魔のガルヴァ海峡へ挑むのだとばかり思っていたが、実際は違っていた。

 コレットを新たなメンバーに加えた彼らは、

「ここにはもう用はありません」

 なんて言って別の場所へ行く事に決めたのであった。


 えっ、それじゃあどうしてわざわざ……? とコレットが問えば、彼らは改めてコレットを引き抜きに来たのだとか。

 そのために、それだけのために……? とコレットが訝しむのも無理はなかった。

 なにせチームから追放されたのがコレットである。戦う力は皆無。

 ちょっと強い魔物と遭遇したら自分の身を守るのも危うい。そんな実力しかない彼女を、クラエスたちのチームよりも上だろう実力を持つ彼らが勧誘するつもりだったなんて言われたところで到底信用できるものではない。


 まぁ実際は勧誘されたしこうしてコレットもそれじゃあ……とばかりにチームに入ったわけだが。


 チームに入るにあたり、セルジュ達は早速冒険者ギルドで手続きをした。それはもう迅速な行動だった。


 本来ならチームは最大六名まで。

 これに関しては冒険者ギルドによって登録しなければならない。

 仮に登録しないで六名以上で行動していた場合、必ずしもペナルティがあるわけではない。

 とはいえそれも時と場合による、としか言えないものだが。


 例えば冒険者になろうと思っている新人をギルドに連れて行くため、という場合であればまだ問題はない。

 たまたま辺鄙な場所出身の人物をギルドがある場所まで案内していた、程度ならとやかく言うものではないからだ。


 人誑し、というような相手に勧誘されて……という一件で仲間が増え過ぎて宿泊施設などが唐突に逼迫するような状況になった事も確かにチームの人数を制限する大きな理由であったが、他にもある。

 チームにいずれ加入させるつもりだから、なんて言って実際のメンバーとしてではなく候補者、という扱いで一時的に行動していた者たちもいた。

 そして実際にその後、チームのメンバーにするのであればまだいいが、酷い所はそうやって下積みだとかこれも経験だからと雑用などを押し付けて、使いつぶすなんて事もあったのだ。

 雑用を押し付けられるのであればまだいい方で、更に酷いところとなれば魔物と戦わせて怪我をしてもその後の治療などを適当にする、なんてところもあった。こいつ正式な仲間じゃないからうちから貴重な薬とか使いたくなくて、なんて言い訳する冒険者がいた、という話はコレットも聞いた事がある。



 あまりにも酷い冒険者チームはギルドから冒険者の資格を剥奪される。


 冒険者を名乗るだけなら誰にだってできるけれど、実際に活動するのであれば冒険者ギルドで登録し身分証明にもなるギルドカードを発行しなければギルドの依頼を引き受ける事もできない。

 資格と言っても別段難しいテストを受けるわけでもないが、最低限の読み書きができる事だとか、あとは簡単な常識テストをするくらいなので、ギルドカードも持っていない自称冒険者はそれすらできないと思われるのだ。


 資格を剥奪された元冒険者が他のギルドで新たに登録しようにも、ギルドカードは特殊な魔法アイテムが使われるのでそれもできない。登録する際にはギルドカードに己の血と魔力を少量とはいえ使うので、例えば外見――それこそ顔を変えるくらいでは偽装もできない。



 セルジュ達冒険者チームは実力もありそれなりに名前を知られている。

 だからこそ、新たなメンバーが加わったという話は大きなニュースというわけでもなかったが一部界隈をざわつかせた。

 一体どんな奴なんだ……!?

 なんてどんな強者が参加したのかと噂になったが、加入したのが強者とは正反対のコレットであるという事で噂には余計拍車がかかりもしたけれど。


 いいでしょううちの大事なメンバーなんですよ。

 くれって言ってもやらねーぞ。

 むしろこいつに難癖つけるってんならうちに喧嘩売ったも同然なんで最大高値で買って叩き潰してやろう。


 何て感じで笑顔で牽制したり喧嘩売ってるのはむしろこっちでは……? といった態度でいるセルジュ達に、彼らのチームに入りたかった者たちは勿論最初のうちはコレット相手に何でお前みたいなのが……と言いたくもあったが、結局は何も言えなかった。

 何せあまりにもセルジュ達のコレットに対するガードが鉄壁すぎたので。


 例えば宿などは部屋を取るにしてもコレットは女性なので流石に一つの大部屋というわけにはいかない、とセルジュ達は個室をとってくれたけれど、そこに乗り込んで文句の一つも言ってやろう、なんて者は現れなかった。というか、セルジュだけではなくユーシスまでもが、チームの仲間以外の人が来たとしても、気軽にドアを開けてはいけませんよと幼い子供に言うかの如く言い聞かせてくるのだ。

 その上で彼女に用件があるならまずはこちらに取次いでください、とか言ってしまえば、もうコレット直通で行くに行けない。


 一度それを無視して乗り込もうとした女性冒険者がいたが、その背後から、

「彼女に何か?」

 と気配を消したルグノアとユーシスが武器を手に問いかけた事で、コレットには何の被害もなかったのである。女性冒険者の心に傷がついたかどうか、といったところまでは知った事ではない。



「あの、私に対する扱いがどこぞの姫君みたいでとても落ち着かないんですが」


 一度あまりにも恭しい彼らにそう言ってみたけれど、なんだかんだ最終的に丸め込まれてしまったコレットは、言うだけ無駄だと諦めた。

 物理的な実力でも、人生経験の差でいってもコレットに勝ち目があるはずもなかったのだ。



 そもそも、とセルジュはどこか複雑そうな顔をしてぼやいたのは、コレットがチームに入り二日後。運河都市ゾラッタを後にした時だ。


「そもそも、正直な話、彼はあまり仲間を大切にしているようには見えませんでした」


 彼、というのがクラエスであるとコレットはすぐに理解した。

 これでクラエスの話じゃなかったら、一体誰の事だというのだ。セルジュ達とコレットとの共通の話題になる人物なんてそう多くはない。かなり限られている。


 仲間を大切にしていない……そうだろうか?

 セルジュの言葉にコレットは首を傾げた。


 そりゃあ、意見が食い違ったりだとか喧嘩がなかったわけじゃない。けれど、決定的なまでの亀裂が入るような事はなかったと思う。チームのメンバーもある程度入れ替わったりはしたけれど、それだって致命的なまでに関係が壊れて……だとかではなかった。少なくとも、コレットから見た範囲では。



「コレットは気付いてなかったかもしれないな。あいつ、男と女で大分対応に差があったぞ」

 そう言ったのはスレインだ。

 とは言え、コレットはそうだろうか? とも思う。

 仲間になった男性は過去に何人かいた。その時は何だかんだじゃれあったりしていたし、他の町や村で見かけた男性同士のやりとりとそう変わらなかったから、差、と言われてもあまりよくわからない。

 そりゃあ、男同士拳で語り合う事もあったように思うけどそれだって終わった後は引きずるでもなくそこで決着がついている。女性の仲間とは流石に拳でやりあったりはしていなかったけれど、むしろ男性相手にする対応と同じように接されていたらコレットは今頃どうなっていた事やら……と思う。


 殴り合うような事になったとして、コレットの実力は把握されているので流石に手加減はされると思う。けれど、手加減されたところで殴られるのはなぁ……としか思えない。



「以前共闘した時にいた彼……名前なんでしたっけ。覚えてないけど、あの時にいた彼がちょっとしたミスをした時、彼、かなり激しく叱責してたでしょう」


 ため息まじりのスレインの言葉に、思い出す。いや、それ以前に名前を覚えてない方とクラエスの事も彼、と呼ぶのはやめてほしい。正直どっちがどっちかわからなくなりそうなので。


 セルジュ達と共闘する流れになった事は過去何度かあるけれど、その時の事はコレットも覚えている。何せ共闘するくらいだ。そうしなければ最悪クラエスのチームは大変な事になっていた可能性が高かった。


 そしてスレインが彼、と言ったかつての仲間の事もコレットはよく覚えている。

 器用な青年だった。斥候だとか、ダンジョンの罠解除だとか、そういうのを得意としていた。

 そしてたまたま発生したダンジョンで、セルジュ達と共に行動する流れとなったのだ。


 ダンジョンは元々存在しているものもあれば、土地の魔力が凝縮されてある日突然発生するタイプのものもある。突発的に発生したものであれば、日が浅いうちなら最深部へ行きダンジョンコアを破壊してさえしまえば消滅する。


 あまりに長い事放置してしまうと、ダンジョンはどんどん成長してしまうので発見したらなるべく早い段階で消滅させることをギルドから推奨されていた。

 どこまで成長するかはわからないが、ある日突然飽和状態に陥って中の魔物が外へと解き放たれるような事になれば、近くの人里は最悪壊滅する可能性があるのだから。


 ダンジョンコアが破壊できるのなら問題ないが、ある程度育ってしまったダンジョンで攻略が難しい場合であっても、それでもある程度中の魔物を退治する事が必要とされる。

 それすらしないまま放置すると、中の魔物は増える一方。最悪スタンピードが発生、なんて事になりかねない。



 世界には未踏の地が多くあるが、同時に知らず発生したダンジョンもまた多く存在しているはずだ。

 だからこそ、それらの解決も含め冒険者ギルドは世間から必要とされている。


 ダンジョンの中には宝も存在するので、それを目当てに潜る冒険者もいる。むしろそれをメインにしている冒険者だって多く存在していた。



 そんなダンジョンで彼は一つの罠を見過ごしてしまった。別の罠の存在に気付いて、もう一つには気付けなかった。とはいえその罠は大したものではなかったから、コレットや他の仲間はあまり気にしていなかったけれどクラエスだけは万が一の事を考えて彼に注意をしていた。スレインが言っているのはその事だろう。


 あの時のクラエスの言い分はわからなくもない。

 大した事ないだろう、そんな気持ちで放置した結果、後々大惨事に……なんて事になったら。

 自分一人の軽率な判断で自分一人だけ痛い目を見るならまだしも、仲間全員が死んだ、なんて事になったら。

 とばっちりを受ける側からしたらたまったものではない。


 一度は大丈夫だったし次も大丈夫だろう、と軽い気持ちが続けばいずれ致命的な事にもなりかねない。


 クラエスが言っていた事に関しては、特に間違っているとは思えないもので。

 だからこそ彼も反省していたし、ダンジョンを脱出した後しばらくして師匠のところで腕を磨いてくる、なんて言ってチームを抜けてしまったけれど。



「あの人あの後別のチームに入ってましたよ」

「えっ、そうなんですか?」


 コレットとしては師匠のところで元気にやってるかなぁ、と思っていたのだがスレインに言われ思わず間の抜けた声が出てしまった。

 そのチームに師匠がいたとかではなくて? と問えば、スレインはそっと首を横に振った。


「あの時の言葉は正論かもしれないけれど、それ以外でも小さな失敗をねちねちとあげつらってましたからね。嫌気がさすのも当然かと」


 ユーシスが肩をすくめてそんな風に言う。


 斥候ができる仲間はその後別の人物がチームに入ったのでクラエスたちが困る事は特になかったが、言われてみればあの時の彼とその後に入った仲間の対応は異なっていたように思える。

 というのも新たに入った斥候担当の仲間が女性であった事もあるからかもしれない。



 あまりかつてのチームの人間の事を悪く言って聞かせるのもな……と思っていたセルジュ達であったが、それでも何も言わないという選択肢は選べなかった。

 もしまたどこかでクラエスがコレットと接触して、うちのチームに戻ってこないか? なんて図々しくも言うかもしれない可能性はとても高いのだ。

 クラエス本人は今はまだコレットの事なんてロクに戦えない雑用仲間くらいにしか思っていないだろう。けれど、彼女と離れた後、きっと間違いなくあいつはコレットの重要性に気付くに違いないのだ。


 だからこそ、コレットには今のうちにクラエスに対する不信感を芽生えさせておく必要がある、とセルジュ達は思っている。

 コレットにとってクラエスはある意味で恩人のような存在でもあるから、あまり露骨に悪く言い過ぎるのもよろしくない。

 だからこそ、セルジュ達は軽い世間話程度の空気感を出しつつ、客観的に見たクラエスたちチームについての話をコレットに聞かせていった。

 悪口ではない。あくまでもあの時ああいう事ありましたよね、といった思い出話だ。

 セルジュ達は巧妙にクラエスの事を悪く言うような言葉は避けて、けれど少しずつ、コレットがクラエスに抱く印象を変えていった。


 度が過ぎれば洗脳と言われたかもしれないが、決してコレットの考える力を奪うような事はしていない。あくまでも彼女自らがクラエスに対していい印象を抱けないように少しずつ誘導しただけだ。



 そうしてその甲斐があった、と思えるような出来事は、コレットがセルジュ達のチームに入ってから三年後に訪れた。

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