勧誘ですよね? プロポーズではなく
正直その質問はされたくなかったけれど、けれどもどう考えたって問われるものだったのだろう。
このまま何も言わずに引っ込めれば良かったけれど、そういうわけにもいかない。
だってまだコレットは宿の部屋の手配すらしていないのだ。宿に足を踏み入れた直後に彼らとエンカウント。何も言わず引き返したとして、クラエスが泊っている宿へ戻るなんてもってのほかだし、ここもダメとなればあとどこに宿あったかな……というくらいに他の宿の位置を把握できていない。アテもなく彷徨うのも何かあった時に自力でどうにかできる気がしないし、うっかりガラの悪い連中に絡まれたらと考えるとこの場を飛び出したくても飛び出せない。
けれど流石に彼らを無視して部屋をとる手続きをするのもな、と思ってしまう。
何度か共に行動した事もあるし、その時にコレットは何だかんだ彼らには世話になっているのだ。主に魔物から守ってもらったりだとかで。
そんなある意味命の恩人を無視して……だなんて、流石に人としてどうなんだろうと思うわけで。
そうやって考えれば、どうしたって話す以外の選択肢は存在していなかったのだ。
「――追放、ですか」
「それはまた……」
「なんというか」
セルジュ、ユーシス、スレインがどう反応したらいいのかな……みたいな何とも言えない表情を浮かべている。ルグノアは元々寡黙なのでここで別に何を言わなくともコレットも何とも思わない。むしろ何も言わないでくれる方が余程マシだ。慰めの言葉でももらおうものならコレットも居た堪れなくて泣くかもしれない。
アッシュだけがやけに不機嫌そうな顔をしているのが気になったが、流石にどうしたのか、とは聞けなかった。
だって今更自分がお荷物だって気付いたのかよもっと早くに抜けとけばよかったんだよ、とか言われたらコレットは確実に泣く。
自分がお荷物なのはわかっていたけど、それでもクラエスに誘ってもらって冒険者になった以上、努力して彼とその仲間たちに貢献しようとはしていたのだ。クラエスだってコレットが弱いのはわかった上で誘ってくれたのだから、無理をしてでも前線で戦えとまでは言わなかった。だからこそ自分にできる精一杯を常にしてきたのだ。とはいえ結果はご覧の有様だが。
コレットだってわかってはいる。わかってはいるけれど、それを改めて第三者にズバッと言われてしまうと心の柔らかい部分からボロボロと崩壊しそうなので思う事はあっても何も言わないでくれ、というのが本心だった。
話をするにしても彼らの部屋に行くわけにもいかず、食堂の一画を陣取っての話であったが幸いと言うべきかセルジュ達以外の客は食堂に今のところいなかったので、こんな――仲間からお荷物だと思われて追放された、なんていう話は他に広まる事はなさそうなのが救いだった。
いくら役立たずなのが事実であったとしても、だからって大々的に広められるのは流石にコレットだってイヤだ。恥という概念は持ち合わせている。別に自分が役立たずである事に関して何を思おうとそれは各人の勝手ではあるけれど、それをわざわざこっちに改めて突き付けてこないでほしい。言われなくたってわかっているのだ。
コレットのメンタルは今現在、言うまでもなくどんどん沈んでいく一方だった。
「その……コレット」
「よし、じゃあいっそ俺と結婚するか?」
「……は?」
言葉を選ぶようにして何かを言おうとしていたセルジュを遮って唐突にそんな事を言い出したのはアッシュだった。そしてコレットは一体何を言われたのかわからずに、思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「え……?」
聞き間違いでなければ結婚と聞こえたような気がするのだが……?
ぽかんとした表情でアッシュを見るコレットに、しかしアッシュは真剣な表情のままだ。冗談であるならばそそろそろ「なんてな、嘘に決まってるだろ」とかネタばらしがあってもいい頃なのだがそれがない。
「ぁでっ」
「すいません、こいつの言う事真に受けなくていいので」
すぱん! といい音をさせてアッシュの後頭部を叩いたユーシスに言われ、コレットは「あ、はい」としか言えなかった。
「なんでだよ!? 失恋の隙を狙ったわけじゃないけど今こいつチーム追い出されていくアテなくて付け入る隙しかないだろ。そこ狙って何が悪い!?」
「え? え……!?」
アッシュもてっきりいや悪い悪いちょっと度が過ぎた冗談だったな、とか言えばコレットも状況を理解できただろうけれど、しかしアッシュの言い草はそれとは違って。
というか、付け入るって何……? 確かに行くアテはないけれども、それにしたって付け入る隙って何……?
「あ、セルジュさん、そういえば何を言おうとしてたんですか……?」
何がなんだかわからなすぎて、コレットは一度アッシュの言葉を聞かなかった事にした。そして何かを言おうとしていたセルジュに改めて聞き直す。
この状況でコレットがそうくるとは思っていなかったのか、セルジュも一瞬「え?」という反応をしたがすぐに思い出したのだろう。コホン、とわざとらしい咳ばらいを一つして、
「その、コレット。よければ僕らのチームに入ってくれませんか?」
などと言い出したのだ。
「……え?」
しかしコレットはその言葉の真意を探った。
そもそもセルジュ達チームとは何度か確かに行動を共にするような事もあったけれど、どちらかといえばクラエスがライバル視しているチームの人たちだ。
セルジュ達がクラエスをどう思っているかはさておき、まぁお友達とまでは思っていないだろう。精々が悪友とか、まぁ一応ライバル扱いしているかどうか、といったところか。一応お互い相手の実力を認めていないわけではないのだが、対等かどうか、と聞かれればコレットから見ればセルジュ達の方が確実に実力はあると思える。
チームは六名まで。セルジュ達はコレットが初めて出会った時からずっと五人のままだった。
だからこそ、時としてその残り一枠に入りたい、という者がいたのもコレットは知っている。というか、あんたらの仲間に入れてくれ! と頼み込んできた人物を見た事もある。
けれどもセルジュ達はそれらを上手く躱していたのだ。
彼らのチームは既に五人で完成している。であれば、そこにあと一人を加えたところでそれはチームの力を低下させかねない、とも思われるようになっていたと思う。少なくともコレットから見た、という言葉がつくが。
そこに、自分を入れるメリットとはなんだ……? コレットは考える。
だってつい先程、実力不足で追い出されたばかりだ。ロクに戦う力もない、このあたりの魔物相手では自分の身を守るのだって危ういようなコレットを、セルジュ達がチームに引き入れる理由がわからない。
そんなコレットの困惑を感じ取ったのだろう。セルジュもまたどこか困ったように眉を下げて、微苦笑を浮かべる。
「その、こういう言い方をすれば貴女が戸惑うのはわかっているのですが……初めて出会った時からずっと、貴女を引き抜こうと考えていました」
「なんで?」
その疑問はするっと出てきた。無理もない。
コレットがいくら考えたって、自分に足りない部分は思いつけど、彼らに引き抜きを考えられるような何かがあるとは到底無いとしか思えないのだ。
「チームが駄目なら俺の嫁さんになってくれればいいぜ」
「お前は黙ってろ」
「ぁでっ」
またもやスパンといい音をさせてアッシュの後頭部が叩かれる。
「アッシュがイヤなら……オレのところに嫁にくるか……?」
「えっ!?」
ここでまさかのルグノアの発言。アッシュだけなら冗談か、で済ませたかもしれないがルグノアはそういった冗談を口にするような人ではない、とコレットもわかっているのでその発言の衝撃は大きかった。
もしかして、自分の知らないうちに何か、とんでもない事態が起きているのではないだろうか……
コレットはそう訝しんだ。だって、どうしたってそうじゃないと説明がつかないからだ。
コレットは自分の事を平凡な人間だと思っている。これといった特技はない。できる事はするけれど、出来ない事は努力したって中々できないままで、抜きんでた特技のようなものがあるでもない。見た目だって自分より可愛い人や美人な人はいっぱいいるし、そういう意味では容姿も平凡。そんなコレットに、いきなり方向性が違うとはいえ見た目も中身もイケメンな男性から脈絡なく嫁にくるか? とか言われるような事があるとか、どう考えても何か裏があるとしか思えないのだ。
コレットがもっと自分自身に自信を持てるのであれば、二人の言葉も「まぁ当然よね」と受け入れたかもしれない。けれどもそうではないのだ。むしろこんな素敵な人がどうして自分に……? と疑問しか生まれない。
「あの……」
どうして、と考えて思いついたのは一つ。
コレットが消え入りそうな声を出した途端、何やら言い合っていたそれぞれが一斉に黙る。
そうして「ん?」とばかりにコレットへ注目するのだ。
顔が良い……とコレットは現実逃避のように思いながらも、それでも恐る恐る言葉を出した。
「あの、私、お金持ってないです」
「ちょっ、と待ってください……? 一体どういう流れで所持金の話が?」
「え、結婚詐欺とかではなくて?」
自分には絶対見向きもしないだろうイケメンに結婚するか? とか言われても正直何の罠だとしか思えない。だからこそ精一杯考えてもしかして金を引き出したいのかなぁ、と考えた結果だ。
だがしかしどうやら違っていたらしく、四名は凍り付いたように固まったし一名はぶはっと吹き出してその後腹を抱えて笑い出した。ちなみに笑っているのはスレインだ。
「だってその、私別に特別可愛いとか美人ってわけでもないし。冒険者として見ても実力は下の下だし。他に何か、胸を張ってこれが特技ですって言えるようなものがあるわけでもないし。
それなのに、アッシュさんやルグノアさんみたいなカッコイイ人にそんな風に言われるような事、あるはずがないと思ってますし……じゃあ、あとなんだろうって考えたらお金引き出すのが目的かなって……」
「コレット」
「は、はいっ」
「生憎ですが僕らはお金に困ったりはしていません」
「そう、ですか……その、何か、ごめんなさい」
「わかってくれればいいんです。で、誰の嫁になります? 僕? ユーシス? それともスレイン? まぁこの際誰を選んでも文句は言いません」
「え、あの、ちょっと……!?」
明らかにおかしい。
言い出しっぺはアッシュだった。そこに便乗したのがルグノア。
だからこの流れで言われるのはどっちの嫁になるのか、とかそういうのであればまだコレットもわからないでもない。
だがしかし、誰と結婚しますか? という選択肢が唐突に増えている。
何が何だかわからなくて、コレットは別段寒さを感じたわけでもないのになんでか震えてきた。多分純粋な恐怖だと思う。だって今の状況わけがわからなさすぎるもの。
「そうですね、誰の所に嫁いでも住む場所、着る物、食べる物は困らせません」
セルジュのジョークかと思ったがそこに更にユーシスが便乗する。
待ってそれ冗談ですよね……? と思いたいが、そんな雰囲気が困った事に無い。えっ、もしかして本気なんですか……? 何それ怖い。
腹を抱えて笑っているスレインに助けを求めるように視線を向けたが、スレインは笑いを堪えつつその上でコレットに笑みを向けた。それはもう蕩けるような、とでも言えばいいだろうか。そこらのお嬢さんが見たら間違いなくきゃあと黄色い悲鳴を上げそうなとてもいい笑顔だった。
……どいつもこいつも顔が良い。
というかだ。
コレットから見て確かにセルジュ達はカッコイイ。何度か一緒に行動する事もあったから、なんとなくどういう人たちであるか、というのもわかっているつもりだ。そんな彼らはコレットから見れば、何とも頼りがいのあるお兄さんたちだ。
絶対美人の彼女がいると信じて疑ってなかった相手に、結婚する? とか言われてもそりゃまぁ、ときめかなかったかと言われれば嘘になる……いや、普通に恐怖しかなかったな。もっとこう、別のシチュエーションで言われてたらときめいたかもしれない。
「うーん、どう言えば信用してくれるのかわからないけれど。
ただ、わたしたちのチームが五名だけ、というのはコレットも理解はしていますね?」
スレインに言われ、コレットはこくりと頷いた。
「本当は六人目を迎え入れようと思ってはいたのです。で、その六人目はコレット、貴女しかいないと決めていた。これはこのチーム全員の総意ですよ」
諭されるように言われても、正直それを一切の疑いも持たずに信用できるかというと……という話である。なんで。どうして。そんな疑問は当然のように付き纏う。
「コレット、貴女はとても素晴らしい人だ。僕たちは全員そう思っていますよ。そして貴女には僕たちの誰にも真似できない特技がある」
セルジュがそっとコレットの手を取る。包み込まれるようにして持たれた手を慈しむように見ているセルジュの目に嘘はない。
「あり、ますかね……私にそんな特技が」
「えぇ、胸を張っていいと思います」
向けられる眼差しも、手から伝わる温もりも、そしてコレットへかけられた言葉の優しさも。
そのどれもが嘘ではないとコレットに伝わっていた。
足手纏いだからといって追い出された自分に、そんな凄い何かがあるのだろうか……?
到底信じられないけれど、でも、彼らの言葉であるのなら信じてみたいと思った。
純粋に凄いと思える人たちの、そんな言葉を信じてみたいと思えたのだ。
「本当に……いいんですか……?」
「勿論。むしろこちらからお願いしたいくらいなんです。ねぇコレット。どうか、僕たちのチームに入っていただけませんか?」
「私、ロクに戦えませんよ」
「はい。コレット、僕たちの実力はわかっているでしょう? 大丈夫です。貴女は共にいてくれるだけでいい」
なんだかそこまで言われると逆に怪しい勧誘めいてる気もするが、確かにセルジュ達はコレットが弱い事も知っている。その上で言っているのだ。
「戦う事以外で、貴女ができる事はあります。雑用に関しては勿論貴女一人に押し付ける気はありません。
僕らは貴女にしかできない事を知っていて、そしてそれを必要としている」
そこまで言われるような事が果たしてあるだろうか……? とは思う。何かの思い違いではないのか? とも思う。
けれども、セルジュだけではない。ユーシスも、スレインも、ルグノアも、アッシュも。
コレットが視線を向けると真剣な眼差しを返してくるものだから。
「えっと、その……よろしくお願いします……」
気付けばコレットの口からはそんな言葉が出ていたのである。