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自供するしかないようです



 コレットがクラエスと出会ったのは五年前。コレットが十三歳、クラエスが十五歳の時だ。

 あの時冒険者に誘われて、嬉しくはあったがそれでもコレットは言ったのだ。


 自分は戦えるかどうかもわからない、と。


 対するクラエスはそんな事構わないとあっさりこたえてみせた。

 魔物が出たなら自分が守るから、と。


 実際その言葉は守られていた。

 言葉と、そして行動で確かに守られていたのだ。


 戦闘面では役に立てないとわかっているからこそ、コレットはそれ以外の事は積極的にやった。

 冒険者といっても魔物を相手に武器を振り回すだけじゃない。時として荷運びなどの依頼を受けたり、はたまたどこそこの町まで行きたいけれど戦闘力的に不安がある、といった人を護衛しつつであったりだとか。

 報酬などもあればあるだけ使ってしまえばとんでもない事になるからこそ、経理などもきっちりしておかなければいけない。

 お金がなくて武器を質に入れる、なんて事を軽率にやるようでは冒険者としてやっていけるはずもないのだから。


 外にいる時はともかく宿をとれた時は纏めて洗濯物を洗う事だってあった。

 基本的に毎日着替えられるような余裕がなかったとしても、それでも下着などは洗う必要があるしある程度安全な場所にいるうちに纏めて服を洗ったりしなければ、あまりに汚れすぎると最悪街の中に入れてもらえない事だってあるのだ。

 野宿の時だって場合によっては川などを見つければ洗える範囲で洗ったりもする。


 細々とした雑用も、コレットは積極的にやっていた。自分が役に立てるのはそういう部分でしかないとわかっていたから。


 けれども。


 後から仲間になった者たちがそれらを手伝うようになると、コレットの仕事は大分減った。

 負担が減った、と考えれば有難くはあるけれど、それと同時にますます自分が役立たずのように思えてしまっていた。


 思えば随分前から負い目というものは存在していたのだ。


 クラエスや仲間たちがコレットをそういうもの、と認識していたのならば、コレットはもっと早く、自主的にチームから抜けていたと思う。ただ、やる事は減ったとしても仲間として受け入れてくれていたからこそ、コレットは留まっていた。


 とはいえ、月日が進めば事情だって変わってくる。

 少年だったクラエスは青年へと成長し、より強く、逞しく、どこから見ても好青年と思えるくらいになった。

 身体が成長しただけではなく、中身だってそうだ。多くの出会いと別れを繰り返し、精神的に成長するに至った。


 となれば幼い――と言うほどでもないが、ともあれ昔にした約束をいつまでも守り続けられる事もないのはわかっていたのだろう。

 いつかこういう日がくる。


 コレットというお荷物を抱えて進むには厳しくなってきたから、その荷を下ろしただけに過ぎない。


 クラエスだって何も考えずにチームからコレットを抜けさせたわけではない。ここ最近彼は確かに悩んでいた。コレットも薄々そうなるとわかってはいた。ただ、それでも自分からチームを抜ける、とは言い出せなかった。そろそろ言われるだろうなとわかってはいた。けれども、それでも、もう少しだけ……そんな気持ちは確かにあったのだから。


 だからこそ、チームから抜けて欲しいと言われたとて、コレットは別段恨んだりはしていないのだ。

 きたるべき日がきてしまった、ただそれだけの事なのだから。


 チーム内部での人間関係が悪化して、チームから脱退させよう、と思った冒険者たちの中には悪質なのもいて、時としてダンジョンの中で置き去りにするだとか、はたまた野宿した時に相手に弱い効き目とはいえ睡眠薬を盛って相手が寝ているうちに置いていく……なんて話だって聞いた事があった。

 そういう話と比べれば、コレットはまだマシな方だ。



 故に、と言うべきか、最後の挨拶はあっさりと終わったし、その足でコレットは早々にクラエスがとった宿から出る事にした。他の仲間にも挨拶をするべきだろうか……と思ったりもしたが、少し前に買い物に行くだとか色々言って出かけてしまったし、部屋に戻ってくるのがいつになるかもわからない。

 だというのに、もう同じチームでもなくなってしまったのに一緒の宿で泊まるというのは気まずいし、ましてや他の仲間が戻ってくるまで待っていたら、他の宿へ行こうとしても下手をすれば部屋がなくなる可能性もある。


 これが一つしかない宿であったならいっそ開き直って……という事も考えたが、幸いにしてと言うべきかゾラッタの街は大きく、宿はここだけではない。他の宿で今日は泊まり、明日になってからこれからの事を考えればいいや。

 コレットはそう判断してさっさと他の宿へ移動したのである。



 ――さて、五年も冒険者をやっていれば、それなりに知り合いも増える。

 ある程度滞在した町や村ならそこの住人とだって顔見知りくらいにはなるし、ギルドから出された依頼で他の冒険者と手を組んで協力して依頼をこなす、なんて事だってある。


 新たに出向いたその宿には、まさに以前共闘する形となった冒険者チームがいた。


 宿の一階、食堂も兼ねているそこで、コレットは建物の中に入るなり彼らとバッチリ目があってしまったのだ。何事もなかったかのように逸らすにしても、思わずまじまじと見てしまったので今から逸らすにしてもあまりにも露骨すぎて、そして何事もなかったかのように、それこそ宿を間違えた! とばかりに引き返そうにもやはりわざとらしい。

 もうどうしたところで誤魔化せないと判断したコレットはそっと彼らに向けて会釈だけして部屋がまだあるかを確認しようとしたのだが……


「待ってくれコレット」


 名を呼ばれ、呼び止められては無視をするわけにもいかない。

 立ち止まり振り返れば、彼が率いるチームのメンバー全員でコレットを見ているのがわかって、コレットは気まずそうに首をすくませた。


「お、久しぶりです、セルジュさん……」


 気まずさからとてもたどたどしい声が出てしまった。

 けれども名前まで呼ばれて振り返ってしまった以上今から人違いのフリをするわけにもいかないし、とりあえず挨拶だけしたらさっさと宿の空き状況を確認しに行けばいい。どうにか愛想笑いを浮かべながらもした挨拶は、取り繕う以前にとても白々しいものになってしまった。

「皆さんもここに来てらしたんですね……」

 なんて言葉を絞り出したけれど、コレットは今浮かべている愛想笑いが果たしてうまくできているか、全く自信がなかったのである。



 リーダーのセルジュ率いるチームはセルジュ含めて五名のメンバーで構成されている。


 過去何度か魔物退治の依頼などで共闘する事があったが、こちらのメンバーはその頃からずっと変わらず同じだった。

 リーダーのセルジュはとある国で騎士の称号を与えられた青年で、物語の主人公にでもなれそうな感じのする青年だった。

 真面目で、でも冗談も時々口にするのでコレットの祖母のようなぎっちぎちの固さはない。けれどもクラエスとはソリが合わないのか、時々喧嘩一歩手前、みたいな事になったりもしていた。

 ちょっとした殴り合いに発展した事もあったが、殺し合いまではいかなかったので他の仲間たちもそれについて何を言うでもない。

 ある程度お互いに言いたい事を言い合ったりもしていたからか、そこですっきりして後に引かないようではあるが、それでも場合によっては次に顔を合わせた時にまた喧嘩一歩手前、みたいになる事が過去何度かあった。


 最初の頃はとても驚いたけれど、何度目だろうか、そんな二人の様子に慣れてしまったのは。


 あいつの事は気に食わないけど、それでも実力は認めている……お互い口に出してはいないが、そう思っているのだろう。だからこそたまたま同じ場所での依頼を受けた時に協力するようになったし、その後も何度か協力しあっていた。



 チームのサブリーダーを務めているのはユーシスだ。

 彼は神殿国家出身で、本来ならば神殿騎士となるはずだったらしい青年だ。セルジュとの付き合いもそれなりに長いせいか、二人のコンビネーションはまさしく息がピッタリというのがふさわしい。あまりの息ピッタリ具合に最初見た時はとても驚いたし、今見ても凄いと思う。

 あまり緊迫していない状況だとコレットはその場の状況も忘れて「おぉ……」なんて感嘆の声を上げてしまうほどだ。


 クラエスのチームはそれなりに入れ替わりがあったせいか、連携をとるにしてもここまで息ピッタリにはならないだろう。余程の実力者か、クラエスととても気が合うかすればもしくは……と思うけれど、恐らくはここまでになるにはきっと多くの時間が必要となる。


 あまりにもお手本のような連携の仕方で、ある意味コレットの憧れでもあった。自分もこういう風に動いて戦えたら――と。

 まぁ、そうなる前にもっと実力をつけなければ無理だろうともわかっていたし、精一杯鍛錬だってしたけど結局のところコレットには戦う事に関しての才能はなかったので、これに関しては生涯憧れのままだろう。



 自称頭脳労働担当のスレイン。

 彼は魔術師で、自称なんてつけなくても充分に頭脳労働担当だろうはずなのだが何故か頑なに自称をつける青年だった。

 曰く、自分より上なんて掃いて捨てる程いるから、だそうだ。自分の実力を過小評価しているような言い草だが、魔術師としての実力はかなり高くほとんどの魔術を詠唱無しで発動できる。

 魔力を持っているコレットではあるけれど、それでも精々生活魔術と呼ばれるものを発動させるのが精一杯なので詠唱もなしで攻撃魔術をバンバン連発できるスレインはある意味雲の上の存在といっても過言ではない。



 次に、チームの中では主に斥候などを担当している弓術師でもあるルグノア。

 斥候、とは言うもののだがしかし彼の体躯は大きく、どちらかといえば重戦士と言われた方がしっくりくる。

 けれどもその体躯に見合わず足音を立てずに移動できるし、気配の消し方もとてもうまい。

 過去ルグノアに気付かずいきなり声をかけられたコレットが思わず悲鳴を上げてしまった事だって、一度や二度ではない。

 そして鍛え上げられた腕から繰り出される矢はとんでもないスピードで敵を屠る。それはさながら一筋の光のような一撃であった。何度見ても凄いとしか言いようがないのだ。


 寡黙で、あまり喋る方ではないけれど以前共闘した時になんだかんだ自分を守ってくれたことがあったので、コレットからすれば頼れるお兄さんといった感じだった。



 そしてチームの回復などを請け負う聖術師、アッシュ。

 どう見ても敬虔な聖職者にしか見えない青年だが、しかし中々に苛烈な性格をしているのでいざ戦闘となれば後方で控えて支援に回る……のではなく前線に出てバンバン光属性の魔術で敵を仕留め、同時に仲間のサポートもこなすという、見た目に反したオールラウンダーだ。



 それぞれが付き合いが長いせいか、コレットが少し前までいたチームと比べると結束力が半端ない。そしていずれもコレットたちよりも年上のためか、全員が何だかんだ頼りになる兄貴分、といった感じでもあった。


 そして五人とも、揃いも揃って顔が良い。

 彼らが今まで活動してきた町や村では密かに彼らを慕うファンクラブのようなものがあるのをコレットも知っている。

 そんな五人に一斉に視線を向けられているという事実はコレットにとってちょっと心臓に悪い。

 それでなくともつい先程チームから追放された身だ。戦闘となれば自分が役立たずなのは理解していた。頑張ったけど、自分の実力はもうこれ以上どうにもならないと思う。伸びる、という気がまるでしないのだ。

 だからその分雑用だとかサポートだとかに回っていたけれど、それでもやはりこうなってしまった。それもそうだ、だってこれからクラエスたちが挑むのは魔物が強く進むのも困難だと言われている場所。それでもその先にまだ見ぬ大陸があるとわかっているからこそ行かないという選択肢はないとクラエスが言っていた場所だ。

 自分たちの命の危険も勿論あるけれど、だから余計にそんな場所に足手纏いを連れていくなんて、自分の首を絞めるような行為だと、コレットだってわかっているのだ。



 コレットだって自分がお荷物の自覚はある。

 だからこそ、自分を守ろうとして仲間が危険に陥るような姿を見たいとは思わないし、自分が足を引っ張った事で言われるだろうあれこれを想像するとやはりここで抜けるのは正解だったのだ……とわかってはいる。

 いるのだけれど、コレットがいたチームにとっても兄貴分のような立ち位置にいる彼らにまでチームを追い出されました……とは言えなかった。


 自分から抜けたのであればまだ言えただろう。

 けれど実際は追い出されたも同然で。


 自分が役立たずだった、というような事を自分より明らかに格上で優れている人物に、しかも異性に平然と言える程コレットの神経は図太くない。

 彼らから見たコレットなんて特に何とも思っていないとわかってはいる。精々が手のかかる妹みたいな扱いだろうと思えるし、コレットだってそれはわかりきっている。

 けれど、それでもだ。


 自分の見知らぬ相手にあいつ役立たずなんだぜ、とか言われたところではいはいそーですね、の精神で受け流せるとは思うけれど、彼らは見知らぬ相手ではない。

 そんな彼らに、

「あ、こいつマジで使えなかったんだな……」

 なんてしみじみと思われてみろ。どう足掻いても心が傷つくのは確実である。

 確かに役立たずだし、チームから追い出されたけれども……!


 これからどうしよう、と考えつつも結局のところは明日考えよう、なんて先延ばしにしたのは決して現実逃避だけではない。ここからどこに行くにしてもこの近辺に出る魔物がコレットにとっては強すぎて、一人で対処できないのだ。この一つ前の場所ならまだしも……と思えたけれど、結局のところここまで来てしまったのでそんな事を考えるのは今更だ。


 他の町に行く冒険者に一時的に便乗させてほしい、と頼む事も考えた。

 この場合はチームが六名いようとも、別にそのチームに完全に入るというわけでもない。チームから抜けたはいいけど、ちょっと自分がこれから向かう先が一人だと心許ない、なんて理由で他の冒険者に助けを求めたりする話は割とよくある。


 とはいえ、ここからどこに行くにしても、ここに来ている大半の冒険者は高確率で魔のガルヴァ海峡に挑むか、はたまたここから少し離れた星風の街へ行くべくグアネルド山脈へ挑むかだ。

 どっちもコレットの実力では足を運ぶのは無謀としか言いようがない。まず最初にエンカウントした魔物がなんであれ死ぬ。


 本当にここの一つ前の町でならまだどうにかなったと思うのに。

 そこからならこれからゾラッタへ行く者と、まだその周辺は自分たちには無謀だったと悟って引き返す途中の者が混ざり合ってるような場所なので、便乗して引き返す事もできたはずなのだ。

 冒険者チームは六名までと決まっているけれど、この場合いっそコレットが護衛の依頼を出してしまえばそんな事は何の問題にもならない。

 とはいえ、依頼を出すのであればそれなりの報酬を用意しないといけないので、その場合はコレットの手持ちの金額で快く引き受けてくれる冒険者を探さないといけないわけだが。



「――ここにクラエスたちも泊っている……わけではないようですね。何か、あったんですか……?」


 心配そうに問いかけてくるユーシスに、コレットはいよいよきてしまった……! と口には出さずに思う。


 事実を事実として受け入れようとしてはいるけれど、まだ完全に受け入れ切れたわけじゃない。

 だからこそ、わざわざ自分の傷口を悪化させるような事はしたくないというのに……


 とはいえ、ここでコレットがどんな態度をとったとしても何かがあった事は確実にバレるし、そうなると最終的に口を割る事にもなりそうだ。



 あんなチームからは抜けてきたんですよぉ! と言えるようであれば良かった。しかし実際はそうではない。追い出された、が正しいのだ。



 真実を告げるのは、とんでもない労力を伴うんだな……なんて思いながら、コレットはどこか諦めつつも口を開いたのである。

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