誰かにとっての大団円
拠点に戻って来てから先程の事をなんて事のない世間話です、みたいなノリでアッシュが話せば、セルジュ達は揃って「おやまぁ」と言い出しそうな顔をして聞いていた。
まだ諦めてなかったんだ……と思わなくもなかったけれど、何か勝手に深読みして立ち去ってったみたいだしまぁいいや。全員割とそんな気持ちだった。
これでまだまだしつこく諦めていませんよ、というのが透けて見えていたならば、いよいよセルジュ達もクラエスたちをどうにかしようと目論んだに違いない。けれどもあの場にいたアッシュ曰く、あんな幸せそうに笑うコレット見てそれで自分たちが勝てると思うはずもない、と言われてしまえば「でもでもだって」なんて感じでクラエスたちに警戒しておこうだとか思うはずもないのだ。
クラエスはきっと気付いたはずだ。
今まで、クラエスのチームにいた時にもコレットが笑う事はあったけれど、それはあくまでも控えめな笑いであって、アッシュ曰くの幸せそうな笑みを浮かべるなんて事がなかったという事実を。
そんな風に笑うコレットを、つまりクラエスは今更のように初めて見たのだ。
自分が居場所として存在していた、なんて事に胡坐をかいてのさばっていただけだという事に、今更のように気付かされてしまった、と。
クラエスにとってもコレットはきっと大切な存在だったはずだけど、肝心な部分を見誤ってしまった。その結果が今になってあからさまになった、ただそれだけ。
打ち解けてしまえばコレットは案外よく笑うだけじゃない、色んな感情を素直に出すタイプだった。
だからこそ、クラエスのチームにいた時の事を思い返すたびセルジュ達はコレットが戻るなんてないだろうと確信していた。とはいえ、絶対ではないので油断はせずにコツコツとクラエスに対するネガティブキャンペーンは怠らなかったが。
「あり得そうなのは……以前の僕らみたいに接点増やそうとして行先同じ風に装って同行するとかだろうけど……まぁ無理だろうね」
「そうだな。今私たちが足を運んでいるダンジョンはクラエスの実力では少しばかり厳しいだろう。それでなくとも仲間が揃っているかも疑わしい」
「ですね。仮に、それでもくっついてきて途中の休憩だとかで食事のご相伴に与ろう、なんて考えたとしても……」
「その前に死んでる可能性、高い」
「最後の晩餐でもいいってんなら望むところかもしれないがな」
セルジュが苦笑を浮かべ、ユーシスがやれやれと肩をすくめる。
スレインがもしも、の可能性を口にするもそれはあっさりとルグノアが断ち切った。ないない、とばかりに首を横に振っている。
最後にアッシュがそうのたまった直後にぼそっと、
「でもまぁ、最後の晩餐にしてたまるかよ、って話なんだよな」
なんて付け加えたので一同はそれに頷いた。
本当に本心からクラエスが最後の晩餐としてコレットの料理を食べたいというのであれば、それはそれで……と思う部分もある。けれども自分たちに置き換えて考えてみれば、最後の晩餐で済むはずがないのだ。
大体クラエスたちにくっついていたとはいえ、セルジュ達はそれなりに実力をセーブして彼らと関わっていた。そうじゃなければ実力差がありすぎて、どうして一緒に行動してるんだろう……なんて思われるのが目に見えているからだ。クラエスだって経験不足は否めないが馬鹿ではない。セルジュ達が普通に実力を発揮していれば、自分たちと行先がかぶったりだとかそう何度もするはずがないと気付いたはずだ。
あくまでもセルジュ達はクラエスと対等くらいの実力である、と思われなければならなかった。
そうじゃなければ他に何か目的があると考えるだろうし、そこで狙いがコレットであると勘づかれると厄介であったのは確かだ。
クラエスはコレットが自分から離れないと信じて疑っていなかった。だからこそ、チーム内では扱いが多少……いや、セルジュ達の目から見ると多少とかいう話ではないが、まぁ、多少扱いが雑であった。
けれどもあの時点でセルジュ達の目論見に気付いていたら。
きっとコレットを手放す事はなかったはずだ。それどころか自分の気持ちに向き合って素直に告白でもしていた可能性すらある。そうなれば、あの時点で自分の居場所はクラエスしかいない、と思っていたコレットがますますクラエスから離れなくなるのは言うまでもなかっただろう。
「そういえば」
まぁ、クラエスがこれから先何がどうなろうと知った事じゃないな、という結論になってそれでこの話は終わった。どちらにしてもクラエスがこの先何かを仕出かそうとしたとしても、セルジュ達はそれを阻止するつもりでいるのでむしろ向かってくるなら遠慮なく叩き潰す所存である。
そんな物騒な部分はあえて口に出すでもなく、それぞれ仲間内での暗黙の了解としてコレットを除く面々で分かり合っていたわけだが。
ふと、アッシュは気になったのだ。
「コレット、あいつが言ってたメニュー、結局心当たりあったのか?」
コレットの料理は意外と幅広い。だからこそ、たまに前に作ってもらったあれが食べたい、とか言ってもすんなり伝わらない場合がある。
けれども一応大体の材料とこんな味だったとかを伝えれば割と通じる。
まぁ、たまに通じたと思いきや全然通じてなくて違う料理が出てくることもあるけれど、それも美味しいのでセルジュ達は全く気にしていない。
クラエスはともかくレネティアも食べた事があって、尚且つアッシュも食べている、と言われてもアッシュには覚えがなかったのだ。ショウガたっぷりの肉、と言われて思い出せそうな気はしているが、いかんせん過去何度か食べたものが結構該当してる気がしてどれが正解か、までを断言できなかった。
「あぁ、あれですね。覚えてますよ。最初どれの事言ってるのかよくわからなかったけど、皆が食べてるみたいだからそこでわかりました」
「ホント? 何?」
ショウガたっぷり、とか言うから生姜焼きとかポークジンジャーあたりだろうとは思うけど、クラエスもレネティアもハッキリそう言ったわけじゃない。という事は、それに近い感じのやつだけど正確にそれではない、というやつなのだろう。他にそれっぽい料理名あったかな……とセルジュ達はかすかに首を傾げてコレットの言葉を待つ。
「あれですね、その……余り物を使ったやつなので、正式な料理名ってわけじゃないんです。それでも無理矢理名前をつけるなら……
ジンジャーエールの残りかす、でしょうか」
悪戯がバレたこどもみたいな表情で言われて、最初意味を理解できなかった。
ジンジャーエール、はわかる。けれども残りかす、とは……?
「ほら、以前皆さんと同行した時に、ジンジャーエール作ったじゃないですか。本当ならその時のショウガってスライスしたのを鍋で煮込んで……ってのが一般的なんですけど、私ショウガ全部すりおろしちゃったんですよ」
そもそもセルジュ達はジンジャーエールをわざわざ作ろうと思った事がないのでよくわからないが、コレットの話を聞く限り、ショウガを薄くスライスしたものと砂糖を鍋で煮詰めて作るシロップを炭酸で割るのがジンジャーエールらしい。へぇ、そうやって作るんだ……なんて思いつつも話の先を促す。
コレットはショウガをスライスするのではなくすべてすり下ろしてそれと蜂蜜を合わせたものを鍋でコトコト煮込んだのだとか。
そうして目の細かいザルでショウガを取り除いたシロップをジンジャーエールに、ショウガのスパイシーさは大分抜けたものの蜂蜜の甘さがほんのり残ったザルの中のすりおろしショウガを肉料理に使ったのだと言う。
「成程、確かにそれは残りかす……」
納得したスレインがうぅむ、と唸る。
「だ、だってスライスしたショウガをシロップ作った後捨てるのももったいないし、かといって他の何かに使おうにもあまり思い浮かばなくて、細かく刻んで肉とか魚の上に乗せるにもあの時魚はなかったし、肉もちょっとショウガの千切り乗せるにはちょっとな、って思っちゃって。すり下ろしたショウガなら他の調味料と合わせてソースっぽくして肉とよく混ぜ込んで焼けばいいかな、って」
そこまで言われれば流石に思い出す。
そういや、クラエスたちと行動してた時にレネティアもいたし、なんだかんだジンジャーエールも飲んだな、と。あぁあの時の……と一同なんとなく懐かしい気持ちになる。
そうか、あの時のあれをクラエスとレネティアは今頃になってまた食べたくなってしまったというわけか……
流石に近いものだとポークジンジャーだろうけど、しかし実際にポークジンジャーかと問われれば微妙に異なる。レネティアが作るにしても店で注文して食べるにしても、間違いなくコレットの作ったそれとは別物だ。
似てるけど、これじゃない。
そう思った事だろう。
セルジュ達はこうして答を聞いてしまったからこそ納得しているし、あぁあれか、と懐かしい気持ちにもなっているが、クラエスたちはそうではない。
恐らくクラエスたちは肉料理の方に重点を置いていて、その時一緒に出てきたジンジャーエールの事は覚えていないのかもしれない。まぁ、ジンジャーエールの事を覚えていたとしても、それを作るのに使った残りかすがメイン料理に使われているなんて気付きもしないだろう。
コレットの口から答を聞いたセルジュ達ですら、聞いてようやく納得できたようなものだ。
ノーヒントだったら間違いなくセルジュ達だってクラエスと同じようになっていたに違いない。
食べたい料理が食べられないっていうのも中々につらいよなぁ……なんて思いながらもセルジュはクラエスがそんな目に遭ってるという事実にくすりと笑みを漏らす。
「ところで我らが料理長」
「っ、はい!」
どこか芝居がかった口調でセルジュが言えば、コレットはしゃんと背を伸ばして声を上げる。
「そんな話を聞いてしまったからか、なんだか今とてもその料理が食べたくなってしまったんだ。僕らにできそうなのはショウガをすりおろすくらいかもしれないけれど……作ってくれるかい?」
「はいっ、皆さん一杯食べてくれるから作り甲斐があります。
あの、そうなるとホントたくさんショウガすり下ろさないといけないんですけど……いいんですか?」
「勿論。すり下ろすだけならこっちは人手もそれなりだからね。ね? 皆」
にこやかに微笑むセルジュに、否とこたえる者など一人としていなかった。
なんだかそんな話を聞いてしまえば、すっかり皆以前食べた懐かしい味をまた食べたくなってしまっていたので。料理の名前を聞けば一体どんなガッカリメニューかと思われるが、名前に反して味は美味しかったのだ。本当に。
「それでは私は炭酸水がなかったはずなので購入してこよう。ついでに他に何か買うものはあるか?」
ユーシスの申し出に、コレットは特にないですとすぐさま答える。
でも、他に何か食べたい食材があったら買ってきてください、なんて続ければユーシスは苦笑しつつも了解と返す。
「あ、じゃあついでに酒とか買ってこようぜ。ついでにあいつらがまだうろついてる可能性あるからルグノア、ユーシスと一緒に行ってきてくれ」
「了解。クラエス見つけたらどうする?」
「どうもしなくていいぞ。気付かれないように回避して買い物してきてくれ。うっかり後つけられてここの場所知られるのは面倒だから万一そうなりそうなら……」
「わかった、意識だけ刈り取っておく」
「おう、任せたぞ」
アッシュの言葉にルグノアがこくりと頷いて。
なんだか物騒な事言ってるなぁ、なんてコレットは思っていたが、口には出さない。彼らの実力なら問題はないだろう。ちゃんと手加減できるのを知っている。
「それじゃあ残りはショウガのすりおろし作業ですね。頑張りましょうか」
「イエスマム!」
セルジュとスレインがおどけたようにそうこたえ、アッシュだけがその反応に微妙そうな表情を浮かべる。
コレットが仲間に入ってからというもの、割とこんなノリは普通の事だった。
――ところでこれは余談ではあるが。
このしばらく後にコレットとアッシュは結婚する事となる。
が、家族と仲間だと繋がり的に家族の方がいい、と駄々をこねた数名によって。
夫 アッシュ
妻 コレット
長男 ユーシス
次男 セルジュ
三男 スレイン
四男 ルグノア
結婚した二人と養子縁組をした結果、コレットは産んでもない挙句自分より年上の息子が数名、というとてもわけのわからない状態になってしまった。
とはいえ、一応納得した上でのものなのでそれなりに上手くいっている。
どちらかといえばこの更に数年後、アッシュとコレットの間に生まれたこどもたちが大きくなってからこの家族の関係性に困惑し大いに思い悩む事になるのだが。
まぁそれはまた別のお話である。