ほんの少しの悪あがき
役立たずであったからこそチームから出ていくように告げられて、その三年後、コレットはかつての仲間でありチームのリーダーであったクラエスと再会した。その後レネティアと出会った時に彼と出会った事を伝えたからか、どうやらレネティアはクラエスと出会えたらしい。
チームを解散したという話は聞いていたけれど、それだってお互いに納得してのものではなかったのだろう。だからこそ、無事に再会できたことに関しては良かったですね、という気持ちでコレットは目の前に現れた二人を見ていた。
以前はちょっとボロボロだったけれど、今は前に比べればマシになっている。
どうやら冒険者として再び活動を再開できたのだろう。
とはいえ、他に仲間がいるかもわからないし、二人だけであれば今までのようにはいかないのかもしれない。
近くのダンジョンである程度魔物を倒して帰って来て、今日は休日だった。
だからこそコレットは買い物に出かけ、荷物持ちに付き合うと言ってくれたアッシュと二人歩いていたのだ。そこでまさかクラエスとレネティアに遭遇するとは思ってもいなかった。
まぁ、とはいえ、この神殿国家近辺にもダンジョンがそこそこあるので冒険者は多く集まっている。
他の仲間を探すのであれば、ここは打ってつけなのかもしれない。
未開の大陸を開拓するにしても、そういった冒険者は既に仲間を集め切っているようなものだし、新たに仲間を集うにしても都合よく求めている人材が見つかるかは微妙なところなので。
だがこういったダンジョン目当てで集まっている冒険者なら、時としてダンジョンで仲間を失ってしまっただとか、お互いの目的・意見の相違で仲違いしてチームを抜けてしまっただとかいう者はそれなりにいる。そういった相手を勧誘すれば、とりあえず仲間を集める事はそう難しい話ではない。
「久しぶりコレット。元気そうだね」
「それはまぁ、おかげさまで」
こういう時そういう返事が正しいのかコレットにはよくわからなかったけど、他に言うべき事が思い浮かばなかった。元気なのはセルジュ達がコレットを連れてダンジョン探索してもこちらに決して無理はさせないからというのも勿論ある。
あるけれど、事の発端を思い返せばクラエスがチームから追い出してくれたから今があるとも言える。そういう意味ではおかげさまで、というのも合っていると言えなくもない。
チームを追い出された時は途方に暮れたけれど、それが今に続いているならむしろ追い出された事は転機であった。そういう意味でもクラエスに対して恨み言があるだとか、そういったものはない。
以前は恐らく気の迷いで仲間に戻ってこないか、なんて言っていたけれど流石に今回は言わないだろう。コレットがセルジュ達のチームにいて、しかも仲は良好ともなればわざわざ引き抜く意味がない。
例えばあまり仲がよろしくなくて、見ていられない……だとかであればまだしも、そうではないのだ。
ふとコレットの手に何かが触れて、一瞬何かと思ったがそれがアッシュの手であった事に気付いてあぁそうだ、自分は今一人ではないのだと改めて思う。
自分はここにいる、と言わんばかりにコレットの手を握ってきたアッシュに応えるようにコレットもまた手を握り返した。
アッシュが自分に対して好意を持っているという事は前から聞かされていたけれど、いまいちそれが本当かどうかわからなかったのだ。
けれども共に過ごしていくうちにコレットにもようやくそれが嘘ではないのだと信じられるようになってきて。だからこそ、ここに今アッシュがいるのはコレットにとってとても心強いことだった。
戦えなくて足手纏いでしかなかったけれど、けれどそれでも自分にもできる事はある。
だから、引け目に思う事なんてどこにもない。
繋いだ手のぬくもりもあって、それを素直に信じる事ができる。
クラエスがちら、とアッシュに視線を一瞬向けたがそれでもすぐにコレットに視線を戻す。
レネティアも似たようなものだった。
レネティアは以前自分に料理のレシピを教えてほしいと言ってきたが、あの時はなんだかんだ教えなかった。ちょっといじわるだったかな、と今になってそう思えなくもないのだが、それでもやっぱり仲間のためにあれこれ手を掛けたりしたものを、ただポンと教えるのもなんとなく嫌だったのだ。
雑用くらいしかできなかったし、野宿だとかで料理を作るにしても仲間には美味しい物を食べてもらいたかった。だから、色々と工夫していたのも事実だ。
でもその努力部分をすっ飛ばして結果だけを欲しいと言われても、コレットはそれをあの時すんなりと受け入れる事ができなかった。
むしろ、レネティアがクラエスのために美味しい物を食べてもらいたいというのであれば、彼女もあれこれ試行錯誤すればクラエスの好みの味に近づく事はできるだろうとも思っていたし、であれば余計に自分が教える必要があるだろうか、とも。
それに心のどこかでこうも思ってしまった。
一つレシピを教えたら、他のも教えてって言われるのではないだろうか。
クラエスの好みは把握している。だから、料理を作る時はそれなりに彼の舌に合うように作ってきた。勿論他の仲間の好物も作ったけれど、レネティアに一つレシピを教えたら今度はまた別のレシピを教えてほしい、と何度も足を運ばれるのではないだろうか。
そんな風に思ってしまったのだ。
レネティアとは別にそこまで仲が良かったわけじゃない。これから仲良くなれるかもしれない可能性はあるけれど、彼女との話題は間違いなくクラエスの事も含まれるだろう。彼女を挟んで彼の事を知るというのも、別に望んでるわけではないので正直面倒だった。
ならば最初から彼女との関わりを拒めばいい。あの時はあまり深く考えていなかったけれど、後から思えばこういう感じで無意識に色々考えていた部分もあったと思う。
だからこそコレットはあの時にレシピを教えなかった。今ならそう思える。
けれど、クラエスの料理の好みは別にそこまでおかしなものでもないのだから、ある程度何度かアレンジを試みればそのうちどれかは正解を引くはずだ。
「ね、コレット。貴女やっぱりうちのチームにこない?」
なんてレネティアが言ってきたけれど、コレットはそっと首を横に振った。行くわけがない。行かないよ、と伝えるようにコレットはアッシュの手をもう少しだけ強く握りしめる。
「……そう、やっぱり無理よね。ごめんなさい無理を言って」
意外とあっさり引き下がったレネティアに、何だ社交辞令かと思う。
いや本気であるはずがないのだ。だってコレットは戦えない。クラエスのチームが今どういう状況かはわからないけれど、戦えないコレットを再び引き入れるだけの充分な戦力があるとも思えない。
それに……レネティアの目は。
彼女の目はコレットに対してあまりいいものではないな、と思ってしまった。
仲良くなりたい、とかそういう感情ではなさそうなのだ。
どちらかといえばこれは……利用。そう、利用しようというやつに近い。
確かにコレットがクラエスたちのチームにまた戻れば、彼女の役割は雑用だ。戦えないのだから。そうしたら、レネティアはわざわざ自分で作らずともクラエスの好物が出るわけだし、レネティアだって今は亡き母の味が再現されたものを食べる事ができるかもしれない。
その時に、作り方を確認すれば自分で再現も可能になるだろう。
以前作ったスープのレシピは覚えていない、とコレットが告げたので、次にまた再現できた時は仲間にいれば忘れる前に確認してしまえばいい。そう考えているかまではわからないが。
「なぁコレット。仲間に戻ってこないか、なんてのは今更なのはわかってるんだ。
ただ、その……以前作ってくれたショウガを使って肉焼いたやつの作り方を……いや、その、最後に一度だけでいいんだ。作ってくれないか!?」
そこ逆じゃないんだ……とコレットは口に出さなかっただけ我慢したと思う。
そこはさ、ほら、作ってくれとは言わないが作り方を教えてくれないか、じゃないのか。
いや、レネティアから以前の話を聞いていたら望み薄だと思ったのかもしれない。でも、レシピも覚えてないようなのを作れるかって言われたらとても微妙だと思うんだけど。
声に出しはしなかったけれど、コレットは思わず何言ってるんだろうこの人たち……といった様子を隠しもせずに首を傾げてしまった。
しかしショウガ……ショウガねぇ……なるべく顔に出さないようにコレットはクラエスが言ってるだろうメニューを思い返す。
どれの事だろう。そもそもお肉にショウガは割と使い勝手がいいのでよく使っていたし、アレンジしたりしたものだって一杯作ったので、正直どれの事を言ってるのか全くわからない。もっと他に特徴とかのヒントを出してほしい。それか正式な料理名プリーズ。
「そう、あの、お肉にソースか何かかってくらいたっぷりのショウガが乗ってたのに全然辛くなくて、でもむしろちょっと甘くて、いくらでも食べられそうってなったやつ」
レネティアが補足するように言うという事は、彼女もそれを食べた事があるのだろう。じゃなきゃ言えるはずがない。
ソースにショウガ……? それもたっぷり……?
最初素直に生姜焼きを想像したけれどどうやら違うようだな。コレットが理解できたのはこれだけだ。
「ほら、アッシュも食べた事あるだろ……!?」
クラエスが助けを求めるようにアッシュに視線を向けたようだが、アッシュの表情は何言ってるんだお前、というのが露骨に出ている。
「えぇ……うーん、それだけじゃちょっと……それに、ごめんなさい。
私、これからは好きな人のためだけに料理作るって決めたから」
そう言いながら繋いでいた手を少しだけ持ち上げる。そうする事でクラエスとレネティアの視界に入るように。そこでようやくアッシュとコレットが手を繋いでいたというのがわかったのだろう。レネティアは「え?」と言いそうな顔に、クラエスはむしろぎょっとしたように目を見開いていた。
そんな、まるで有り得ないものを見たような反応をされたアッシュは、むしろ少しだけ目を細めて口元をかすかに緩める。勿論アッシュは理解している。好きな人、の中にはアッシュだけではなく、同じチームの仲間たちも含まれているという事を。
けれども、仲間たちに向ける好きとアッシュに向けられている好きは少し違うとアッシュはきちんと理解している。油断すると「どんな気持ちだよ」なんて煽るような言葉が飛び出そうだったので、照れていますとばかりにそっと顔を背けてもう片方の手で口元を隠した。そうじゃないと色々と隠し切れない感じしかしないので。
そしてコレットはそんなアッシュに向けてにこ、と微笑む。
何も知らない者が見れば、それは幸せそうな恋人たちの図であった。
そんな二人を見てクラエスとレネティアがどう思ったかなんて――
何も言えずふらふらと立ち去っていく様子からして言うまでもないだろう。