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神を信じない騎士崩れの話



 冒険者になる者の大半は幼い頃に家族を失ったりしている事が多い。

 そうして生きていくにしても一人では難しく、だからこそ一獲千金のチャンスもあり得る冒険者になる事が多い。

 勿論中には家族はいるし家族仲に何の問題もない者だっている。そういう者はロマンを追い求めて未知の大陸だとか未開の地へと足を運んだりしている事が多い。

 とはいえ、それらがすべての冒険者というわけでもない。中にはどうしようもない理由で冒険者になる者だっている。



 ユーシスの家は、それなりに裕福な家であった。

 神殿国家で騎士をしている家系だ。それなりの地位もあるし、そういう意味では裕福なのも当然と言える。

 けれども、家族仲はどうだ、と問われればユーシスはこう答える。


 私に家族はいませんよ、と。


 ユーシスには年の離れた兄がいる。

 この兄がまた非の打ち所がない程に優秀だった。


 対するユーシスは、幼い頃は優秀とは決して言えなかった。

 不真面目だったとかではない。真面目にやっても結果が出せなかったのだ。

 これがただの一般家庭であれば、そこまで何かを言われる事もなく、まぁそんなものよね、と受け入れられたかもしれない。出来が悪くとも真面目にコツコツやっていればまぁ、どうにかなるような事はそれなりにある。


 けれどもユーシスの両親は早々にユーシスを見限った。

 そうして我が子は優秀な兄だけだ、と態度で示すようになった。


 裕福な家庭の中にいたけれど、ユーシスは常に孤独であった。


 兄は、最初のうちはユーシスに目をかけていたけれど、あんなのに構うんじゃないと父が言い、母もそれに便乗してあんなのに構う時間がもったいないわ、なんて言うようになって。

 最初のうちはそれでもどこか申し訳なさそうにしていた兄も、段々と両親に感化されて。


 そうして呆気なく、本当にユーシスは家の中で独りきりになってしまった。

 幼い彼の面倒を見てくれたのは、年老いたメイドの一人だった。ユーシスは彼女をばあやと呼んですっかり懐いてしまったけれど、それも長くは続かなかった。解雇されたとかではない。純粋に寿命だったようだ。


 そうして家族も同然に思っていたばあやを喪い、ユーシスはまたも一人になってしまった。すぐ近くには優秀な兄を褒めそやす両親がいるけれど、その目は決してユーシスに向けられる事もない。すっかり両親と同じ目線でモノを言うようになった兄も、ユーシスの事など路傍の石くらいにしか思っていなかっただろう。以前は多少温かみのあった目はすっかり冷えて、ユーシスという人間に向けるようなものではなかった。


 自分に家族はもういない。


 そう割り切ってユーシスは家を出た。

 とはいえ、家を出たからといってやるべき事があったわけでもない。しばらくは無駄にぶらぶらと出歩く程度でしかなかったし、結局行くところがなければ最終的に家に戻ったりもしていた。

 この頃にはすっかりユーシスは自宅に帰るというよりは居候している家に寝に戻る、くらいの認識でいた。家族がユーシスを追い出さなかったのは、流石にそうまでしてしまうと外聞が悪いと思ったからだろうか。特に悪さをするでもなければ、ユーシスの存在は放置されたままだった。

 外で何か迷惑をかけるような事をすれば、家族もこちらに目を向けてくれるだろうか、と考えた事もあるけれどそんな事をしてもユーシスの評価が変わるはずもなければ、かつて自分の面倒を見てくれたばあやが悪く言われるかもしれない、という思いがあってユーシスは外に出たからといっても特にわかりやすくグレたわけでもなく、けれども品行方正でいられるはずもなく、バレないように悪事を行う事が増えつつあった。

 悪事といっても子供の可愛らしい悪戯程度だ。仮にばれてもお説教で済むだろう。そう判断するくらいの頭はあった。


 どこまでやればバレないか、そんなギリギリを楽しむくらいにユーシスは開き直っていたくらいだ。


 けれども、ある日とある貴族の悪事の証拠を掴んでしまってさてどうしたものかと考えていた。

 とりあえずさらっとそいつの事を確認だけしてそれから考えようか。そんな風に考えて出向いた先で出会ったのがセルジュだ。

 その頃には兄程優秀ではなくとも神殿騎士となれる程度の実力は持ち合わせていたユーシスだけど、同時に思いついてしまった。いっそ冒険者になればいいのでは、と。

 いつまでもこんなところにいても、腐っていくだけだ。それならいっそ、ここに行くアテもなさそうで途方にくれてるやつがいるし、こいつ巻き込んで冒険者になって名を上げれば――何かすっごい功績を出したら。今頃になって弟も優秀で、とか自慢しようにもロクにユーシスに目を向けなかった両親は、弟の何がどう優秀かなんて到底言えるはずもない。バンバン有名になっていってもロクに語れもしない我が子に対して、ちょっとくらい焦ればいい――今でこそ冷静沈着な男であるが、当時のユーシスは割と考え無しな部分があった。


 確かに兄は優秀であったけれど、ユーシスもまた無能ではなかった。それだけの話だ。確かに最初の頃はできない事の方が多いくらいだったけれど、成長するとともにできる事は増えていったし、今なら兄と渡り合えるとすら思っている。

 そんな風にどこがどうなってこんな自信満々になったかもわからないが、絶対的な自信を持ってユーシスはセルジュを巻き込み冒険者となったのである。


 付き合いが長いのでセルジュとの息はピッタリな自覚はある。以前コレットにどうやったらそんな上手に連携とれるんですか? なんて聞かれたけれど、こればっかりはなんとも言えない。


 ユーシスにとってコレットの最初の印象はとても薄い。

 何か前に家出した時に見かけて懐いてきた野良犬と似てるな、くらいの印象だった。

 流石にそれを言えばコレットの機嫌を損ねるだろうと思っているので、これに関しては一生言わず墓まで持っていく所存であるけれど、クラエスのチームと共に行動する流れになった時の何度目かの食事でその印象も吹っ飛んだ。

 具体的には犬から人に一気に認識がランクアップした。


 洞窟の中で休憩する流れになり、その時にありあわせの材料で作ってくれたものが、かつてばあやがこっそり作ってくれたものと同じだったのだ。もう一度食べたいと願ったところで作り手のばあやは既に死んでいるし、同じ料理を他の誰かに作ってもらおうにも料理の名前がわからない。そんな代物だったから、ユーシスは自分で悪戦苦闘して自作するしかなかったけれど、どうしてもあの味にならなくて何か材料を間違えているのではないかとすら思っていたくらいだ。


 口の中に入れた途端、あ、これだ。と思ったくらいばあやの味が再現されていた。


 後でこっそりアレは何て料理なんだと聞いてみたけれど、コレットは本当にありあわせの材料で作っただけなので料理名を聞かれても困ると言っていた。だがしかし同じく料理の名前もわからないけれどばあやが他に作ってくれたあれこれをこんな感じのやつなんだけど……と伝えてみれば、わけがわかっていないなりにコレットはそれらを作ってくれた。

 そのどれもが、懐かしい味だったのだ。


 その時に少しだけコレットにばあやの事を話しただけで、それ以上の何かがあったわけでもない。けれども、また食べたくなったら言って下さいね、なんて言われて。

 その時に浮かべられた笑顔が、ばあやと重なって見えた。

 別のチームの人間だ。だからあまり大っぴらに言えるものでもないだろうに、それでもこっそり作るくらいならなんとか、なんて言ったコレットに。

 旦那様や奥様には内緒ですよ、なんて言ってこっそり作ってくれたばあやが思い出されて。

 その時無性にコレットに縋りつきたくなった。


 今まではそこらの石ころと同じくらいの認識だったくせに、この瞬間ユーシスの中でコレットの存在はばあやと同じところまで上げられてしまったのだ。

 むしろばあやの孫がコレットかもしれない、とか思いこみ始めていた。ばあやの生まれ変わりとかじゃないだけマシかもしれないけれど、ユーシスのコレットへ向ける感情は大半が幻覚キメてるようなものであった。薬でもやってればまだしも、素面である。


 ちなみにコレットの祖母はちゃんといるので、勿論ユーシスのばあやとコレットは無関係だ。


 そしてこの時点でばあやとコレットがある意味イコールで結びついてしまったユーシスの中で、クラエスは勿論彼にとっての敵と化した。ばあやにも等しいコレットを雑に扱っているのを見て、何度斬り殺そうかと思ったかわからない。

 クラエスに雑に扱われているにも関わらずそれでもそれをなかったようにして振舞うコレットが、冷遇されている幼い自分に何くれと構ってくれていたばあやとより一層かぶってしまって、一体何度彼女の手を強引にとって駆け落ちしようかと思った事か。そもそもそんな理由で駆け落ちに巻き込まれてもコレットとてさぞ困るだけだろうに。


 セルジュもまたコレットに対して並々ならぬ感情を抱いていたようだし、そういう意味ではより一層セルジュとの絆が強固になった気もしたけれど。

 この時点でコレットがセルジュのみならずユーシスからも何か執着されているという事実に気付かなかったことは、ある意味で幸いな事だったのかもしれない。


 こんなわけのわからない理由で執着されても普通のお嬢さんには恐怖でしかない。


 何にせよ、このチームのリーダーとサブリーダー両名から絶対引き抜くという確固たる意志を持たれてしまった時点で、そしてクラエスが軽率に彼女をチームから脱退させた事で、どうなるかなんて火を見るより明らかだったのだ。


 一見すると冷静沈着に見えるユーシスではあるが、その内心ではコレットの事をばあやと同格に扱い、血の繋がりもないくせにばあやの孫だと思い込んでる節もあるとかいう、コレットに関しては相当にわけのわからない立ち位置に置かれてしまっているという事実を勿論コレットは知る由もない。

 ユーシスがばあやに抱いている感情は恋慕ではなく家族に向ける親愛であるけれど、コレットに関してはそうではないというくせに扱いはばあやと同じく、とかもうこの時点でコレットがそんな話を聞かされれば混乱しそうな予感しかしない。


 以前酒の席でそんな事を当たり前のようにのたまったユーシスの独白を聞いたセルジュは、コレットの幸せを祈るつもりは勿論あるけれど、こいつとくっつくのだけは無いなと心の底から思っている。

 ちなみにユーシスもセルジュに対して家族の面影見てるだけならいいけど、崇拝してるのはどうなんだろうなんてセルジュがユーシスに思ったのと似た感想を抱いているので、もし万が一お互いの考えが筒抜けにでもなった場合、間違いなく殴り合いに発展する。


 恐らくコレットにとっての一番の不幸はこいつらに執着された事であって、一番の幸運はこいつらの内情を知らない点である。

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