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追放されました



「コレット……君には申し訳ないが、チームから抜けてほしい」


 そう、リーダーのクラエスから言われた時点でコレットは、


「あぁやっぱりな」


 と思ってはいたのだ。

 けれども、思っていたからといって、実際に言われるとやはりダメージがある。


 コレットがそう告げられたのは、ノアール大陸最大の運河都市ゾラッタでの事だ。

 これからその先にある魔のガルヴァ海峡へ挑もうという、まさに前日の事だった。


 まだ街の中で告げられただけマシかもしれない。

 これが例えば魔物がうようよいるようなダンジョンの中、それもそう簡単に引き返せないような深部であれば。そんなところで別れを告げられていたならば間違いなくコレットの命はそこで終わっていた。



 ――世界には未だ未踏の地が多くあり、それ故に人はその未知へと挑まんとしていた。

 ある者はロマンを見出し、ある者は物語にでもあるような冒険を期待し、ある者はまだ見ぬ宝を求めて、ある者は未知を解き明かそうとして。

 開拓した土地、領土を増やそうという目論見なども含めて実に様々な思惑がありはしたが、やる事はそうかわらない。彼らは冒険者として世界各地を股にかけ、ある時は未踏の地であった場所にて暮らしていたとある種族との接触に成功し、ある者は未踏の地のダンジョンを踏破し財宝を手に入れ、ある者はかつて存在していた古代人の遺跡を発見するなどした。


 何があるかもわからない未知の場所であった土地は徐々に人の手が入るようになり、少しずつではあるが開拓されている。時として凶暴な魔物と遭遇する事もあるため決して安全なものではないが、だがそれでも。

 それでも多くの者たちは冒険者として世界を旅するのである。


 後の歴史に名を残そうと目論む者。はたまた一獲千金を夢見る者。純粋に憧れだけで冒険をしている者――とまぁ、人がいる分だけ冒険者になる理由はそれぞれだが、コレットはそのどれも当てはまらなかった。


 単純に行くアテがなかったのである。


 コレットが暮らしていた故郷の町はある時魔物に襲われて、その時に両親が死んだ。どうにか生き残ったコレットはかつて母から教わった祖母の住む街へ行き、そこで暮らす事となった。

 だが――故郷から三つ程隣にある街までどうにか辿り着いたものの、コレットは祖母とはあまりうまくいかなかったのだ。

 決して悪い人ではないのだろう。それはわかる。

 母の母、ではあるが、母が祖母の事をあまり話さなかったのも納得できた。

 決して悪い人ではないけれど、母と祖母とでは合わないだろうなぁ……と思えたのだ。


 母はどちらかというと大らかな人であったが、祖母は生真面目が服を着て歩いているような人物だった。


 母の大らか、は人によっては大雑把だと見受けられる事もあったかもしれない。けれども、母もまた悪い人ではなかった。


 ただひたすらに、この二人はきっと性格的なものが合わなかっただけなのだ。

 だからこそ、母の口から祖母の悪口なんてものは一度も出てこなかったし、だからこそこうなった時にコレットは唯一残った家族というものに縋った。


 コレットはどちらかと言えば真面目な人間だと思っていた。

 少なくとも母と比べれば細かいタイプの人間だとも。


 けれども、祖母と比べれば自分は大雑把な人間なのかもしれないな……とも思った。


 ちょっとした冗談も受け入れられないような堅物、と言い切ってしまえそうな祖母は、毎日きっちりとしたスケジュールの中で生きていた。下手をしたら秒単位で予定を決めているのではないか……それくらいにカッチリとしていたせいで、コレットは祖母と暮らしていて息が詰まりそうだった。この生活に馴染めればきっと何も問題はなかったのかもしれないが……少なくともコレットには無理であった。

 面倒を見てもらっている以上文句は言えない。いや、言いようがない。

 祖母はきっちりしているだけで、非はどこにもないのだから。


 けれども、ずっとこの生活を続けていけるか……とコレットが内心で自問自答した時、すんなりと「いやぁ無理かも」と思ってしまった。


 祖母はきっと、コレットにも規則正しく生きていける人間になってほしかったのかもしれない。

 祖母の家に身を寄せるようになってからは、あれこれ色々と言われたものだ。

 とはいえ理不尽な言いがかりは一つもなかったし、母の事も時々口にしていたけれど悪口ではなかった。

 祖母から見た母は、やっぱり大雑把な人間らしく、孫であるコレットにはせめてもう少し真面目に……と思っているのはわかる。

 けれども、確実に祖母は悪気なくコレットのためを思っていっているものだったとしても。


 両親が死んだというのだってまだ完全に受け入れ切れたわけじゃないのだ。

 だというのにそんな精神的にも不安定な状況でくどくどと言われればいくら正論であってもカチンとくる事だってある。

 それは、一度や二度ではなかった。

 反射的に言い返したくなるような事だって何度もあった。


 けれども、それでも。


 コレットにとってはもうたった一人残された家族で、まだ幼いと言えない事もないコレットの面倒を当たり前のように見てくれた祖母だ。

 我儘を言って困らせてはいけない、と思って言い返したかった言葉のほとんどは口を噤んで無かった事にした。


 だがそれも、限界を迎えてしまった。

 キッカケらしいものは特になかったと思う。

 ただある日唐突に、


「あ、無理だな」


 と思ってしまったのだ。


 そこで今までため込んでいた不満を祖母に言っていたら、今とは違う未来になっていたかもしれない。

 けれどもコレットは祖母に酷い言葉を投げつけるつもりはなかったし、喧嘩をしたいわけでもなかった。

 けれども今顔を合わせたらきっと酷い言葉で罵ってしまうかもしれない――そう思ったコレットは、ほとんど突発的に、それこそ家出同然に飛び出してしまったのであった。


 後先など考えない行動。

 思い付きにも程がある行為。


 祖母が知ればきっとまたくどくどと言われるだろうなぁ……なんて思ったけれど、帰ろうとは思わなかった。


 そうして行ける所まで行こうとして……家があった街の一つ隣の町まで行って、そこで途方に暮れた。

 思い付きでしでかした行動で、先なんて考えてなかった。ただ距離を置こうと思っただけに過ぎない。


 けれども当時のコレット十三歳。

 成人すらしていない年齢で、身一つで飛び出したとして日々の糧を稼ぐこともままならない。

 まっとうな仕事にありつけるかどうかも疑わしく、仮に仕事を得る事ができたとしてそれがまっとうかどうかもわからない。宿をとるだけの金もないコレットは町を出て、このまま野垂れ死にするしかないのか……と思った時に出会ったのが、クラエスであった。



 当時は彼もまた冒険者というものに憧れるだけの少年であった。

 彼は冒険者になるべく冒険者ギルドへ行くところなのだ、と言って流石に街の中ですらない外をコレット一人でいるのは危ないだろうと言い、冒険者ギルドのある街まで一緒に行こうと誘ってくれたのだ。

 これが、コレットが冒険者になる切っ掛けであった。


 とはいえコレットは今まで冒険者になろうなんて考えた事もないただの少女だった。

 剣を持って戦えるわけでもない。特技らしい特技があるでもない。

 ごく普通の娘。


 それでもクラエスはコレットを一緒のチームにと誘い、行くアテもなかったコレットはそんな自分に居場所を与えてくれたクラエスに感謝して、せめて足を引っ張らないようにと必死に冒険者として必要な知識を学んだ。


 いきなり強くなれるわけではない。そもそも魔物と戦う事はコレットにとっては中々に恐怖体験であったし、正直今でもそれは慣れないものだ。

 体力も人並み程度。できるのは雑用が精一杯。

 けれども自分にできる事は手を抜かず精一杯やった。


 とはいえ、精一杯頑張ったからそれで全てが問題ないというわけでもない。

 コレットは自分がこのチームにとってお荷物であるという自覚はあった。

 冒険者のチームは最大で六名までと冒険者ギルドで定められている。そうしないと無尽蔵に仲間を増やしてそのチーム一つで小さな町や村の人口並になってしまうような……人誑かしとでも言えばいいだろうか、そんな存在がたまにいるのだ。

 それだけの人口であちこち移動されてみろ。宿はあっという間に埋まるし最悪その場所の食料は一瞬で食い尽くされかねない。そのチームがいる場所にたまたま他の冒険者チームが訪れた場合、どう足掻いてもそこで休む事ができなくなる。何せ宿が既に埋まっているようなものだ。折角町に辿り着いても野宿するしかない、なんて状況になればそんな原因を作ったチームに対していい感情は持たないだろうし、一時的にそのチームに入れてもらう、なんていう方法をとったとしても宿の数が足りていないという事態は何も解決しない。

 無責任に仲間を増やすタイプのチームも過去に存在したらしく、それを利用して一時的にチームに入ってそこで適当に金目の物をちょろまかして即座に離脱、なんて事をやらかす犯罪者も出たために、一時期冒険者チーム各位は無駄にギスギスした時代を迎えた事もあったくらいだ。



 そういった過去の出来事から冒険者のチームは最大で六名まで、と定められてしまったのである。


 そしてそのチームは、戦えない人物がバックアップに、という状態でもチームの仲間としてカウントされる。

 例えばとあるチームのパトロン状態になっている者がいたとして、そういった者は仲間としてカウントされない。あくまでも依頼主という扱いだ。

 けれどもコレットのように共に行動するとなると仲間としてカウントされる。

 コレットがどこかの町や村で待機して、時々訪れる仲間の世話をする、などであれば仲間カウントにはならないのだが流石にそれもどうかとなってしまうわけだ。


 クラエスのチームはコレットが最古参であった。

 次に長いのは弓術師であるメリダだ。法術師であったメルンは少し前の街でチームから抜けた。クラエスがチームから抜けるようにと言ったわけではなく、単純にその街でメルン曰くの運命の相手を見つけたからである。


 けれども、メルンのように理由は異なれど過去にチームから抜けた者は何名かいる。

 けれども、コレットのようにクラエスからチームを抜けて欲しいと言われた者はいなかった。


 これから魔のガルヴァ海峡に挑む、というのは既に聞いていた話であった。

 この海峡を越えた先にあるという大陸を目指していたが、ある、というのは確認されていても実際にその土地がどんな場所であるかはわからない。未知なる大陸に行き、その土地の情報を持ち帰るのだと意気込んでいたクラエスが挑まないという選択肢は当然存在していないし、そうなれば必然的に足手纏いは置いていく事になる。

 今まではどうにかなっていたけれど、流石に今回ばかりはコレットのような足手纏いを連れていくのはクラエスだけではない、他の仲間たちも危険だと判断したのだろう。


 コレットもまた、自分があの海峡に挑むのは無謀ではないか、と思っていたのでもしかしたらそろそろ言われるかもなぁ……と覚悟してはいた。そしてその予想は見事に当たり、たった今、クラエスからチームを抜けて欲しいと言われてしまったというわけだ。


 どうせならここに来るよりももっと早く――それこそゾラッタに着く前、その前の町あたりで言ってほしかった、とも思う。チームから抜けるにしても、一人でここから他の町へ行くにしたってコレットの実力ではもうこの辺りの魔物を相手にするのも厳しいのだ。一つ前の町周辺の魔物あたりならまだかろうじてどうにか……といったところであったのだが。戦うよりも逃げるという意味で。



 ともあれ、ここで泣いたって喚いたってチームを抜けてほしいというのを撤回される事はないだろう。


「私が抜けた後のアテはあるんですか?」

「あぁ、つい先程ギルドで法術師のレネティアと交渉して仲間に入る事になった。チームは六名まで。レネティアが入るとなればうちからは一人抜けてもらわないといけない」

「そうですか……」


 事前にコレットに抜けてもらったとしてここで仲間がみつからなければ五人で挑む事になる。別にそれでも良いのでは? と思わなくもなかったが、人数は多い方が魔物と戦う時の狙いを分散できると踏んだのだろう。だからこそギリギリまでコレットをチームに入れていたという事か。


「わかりました。クラエス、五年間、お世話になりました」

「あぁ、コレット、五年間、ご苦労だった」


 ――こうして、この日コレットはチームから抜け、一人となった。

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