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アメジストは夕暮れに神秘に煌めく  作者: 十六夜
第1章 旅立ち
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第5話 精霊祭り

 2日後、町は精霊祭りの活気で賑わっていた。


「キール! はい、これ、キールの分!」

「……」

「キール?」

「……! 悪ぃ悪ぃ、考え事してた。 ありがとな」


 フィーリが差し出す、バローバローの串焼きを受け取る。

 バローバローとは、ピグーガに獰猛性とふたつの牙を足した様な動物である。


 全身真っ青で、成体は森でうっかりかち合うと、何処までも突進してくるほど凶暴なのだが、子供のバローバローは縞模様が入っていて、牙はない。コロコロしていて、可愛いのである。


 フィーリが串焼き食べながら、ニコニコと笑った。


「またあの魔物の事を、考えてたの? 大丈夫よぅ、ダンケさん達が見回ってくれたんでしょ? 問題ないって言ってたんだから、きっともう、遠くに行ってしまってるわよ」

「……まぁな」

「それより、ほら! 今度はあっちの屋台に行きましょ!」


 そう言って、駆け出して行くフィーリ。

 緩く三つに編まれたフィーリの髪が、踊るように弾む。




 あのよく分からない魔物に遭遇した後、俺はダンケ達に事情を話して、一緒に森を探索してもらった。

 けれど、魔物は最初からいなかったかのように、見つからなかった。


 ダンケ達はその後、念の為に交替で森の入口に見張り番をたててくれたが、結局、祭りの今日まで何も起こらなかった。


 俺はなんとも言えない、砂を噛むような心地でいたのだが、フィーリは心配のし過ぎだと言う。




「キィィィルゥゥゥゥゥ!!! はぁぁやくぅぅぅ!!!」

「分かったって!! あんまり大声出すなよ!」


 フィーリがサルーパの店から手を振り、大声で呼んでいた。


 まったく。黙っていれば、何処かの大商人の娘みたくみえると言うのに……。

 元気がありすぎて、台無しである。


《やれやれ。 はしゃぎ過ぎだ……。 だが──》


 まぁ、フィーリが楽しくて笑っていられるのなら、それ以上望むことなどないか───、と、俺は思った。



 フィーリの元へ小走りで向かうと、フィーリは今度は、サルーパの蜜煮を買っているようだった。それはサルーパという赤い果実を、軽く焼いたお菓子である。


 サルーパはそのままでも甘くてみずみずしいのだけれど、軽く焼くことで、サルーパの果汁に含まれる糖分が固まり、さらに甘いお菓子になるのだ。

 砂糖は高くて滅多に手に入らない庶民の、知恵の逸品である。


「そんなに食べて、腹壊さないか?」

「ムム……」


 フィーリは、なにやら思案顔で腹回りを擦ると、ひとつ頷いた。


「まだ、大丈夫」

「ふぅん?」

「本当だってば!」

「午後から、ロジータとエミルダの出店を手伝うんだろう? あんまし食べ過ぎると、動けなくなるぞ?」

「何言ってるのよキール。 腹が減っては、戦は出来ぬと言うでしょう」

「はぁぁ……」


 物は言いようである。


 それからお昼近くまで、俺とフィーリは食べ歩きをしたり、出店で遊んだりしていた。


 待ち合わせの場所でフィーリは若干青い顔をして、ロジータとエミルダを心配させていた。大丈夫という側から、口元を抑えていたので、俺はキュプという酸味の強い果物の果実水を持って来てやった。気持ちの悪い時に、大変有効なのである。


 幾らかマシになった顔で、ロジータ達と共に店に引っ込むのを見送りながら、俺は思った。


 やっぱり、食いすぎたんじゃねぇか─────と。




 その後、フィーリの二の舞にならないよう、気を付けながら出店を回った。


 ふと、他所から来た行商人達が、出店を出しているのに気がつく。珍しい反物や、装飾品、怪しい道具などを売っている。


 その中の、怪しい道具を売っている店が気になり、ふと足を向けた。


「いらっしゃい……。 万屋(よろずや)バンディーへようこそ……。 おや、珍しいお客だね……。 何をお求めだい……?」


 店主の老婆に、気になったことを尋ねる。


「ここは、どういう店なんだ? 道具やら薬やら、耳飾りまであるみたいだけど……」


 気になった理由はそこだ。何やら怪しい道具が沢山並べられている中で、一つだけ、場違いな様に装飾品が置いてある。形状からして、耳飾りなのは間違っていないと思うのだが、片耳分しか無い。


「万屋だよ。 お客さんが本当に必要としている物を、置いてあるのさ。 あんたに必要なのは、コレじゃないかい?」


 そう言って老婆が差し出してきたのは───。


「何だこれ?」


 ボロボロのしわくちゃになった紙切れ一枚だ。鼻でもかめと言うのだろうか。


「それはダンジョン都市ヨルクメイアの秘密のダンジョンマップさ。 それがあれば、最奥部までの効率的な攻略が出来る。 2万ガンツでいいよ」


「2万ガンツ?! おいおい、俺はまだ14なんだ。 そんな大金持ってねぇよ?!」


 2万ガンツといえば、中銀貨2枚である。こんな紙切れに払う金額ではない。


 辺境伯のじっちゃんの所の騎士の、1ヶ月の収入が平均で3000ガンツである。けれど、これは成人した一端の騎士の収入であって、俺の歳では下働きも出来ないから良くて100ガンツである。


《無理だろ絶対……。 てか、ダンジョン都市ヨルクメイアって、何処だよ?》


 けれど、老婆は納得していないようだった。


「そうかい……? 別に、出世払いでも、私ゃあ構わないよ……」

「婆さん……よく商売出来てんな」


 老婆はイッヒッヒと、魔女さながらの甲高い声をあげて笑った。


「心配してくれるのかい……? 生憎とね、この儂に借金を踏み倒そうなんて馬鹿な真似が出来るやつに、今までお目にかかったことは無いね……。 いらない心配というものだよ……。 それで……? 買うのかい……?」

「いいや、やめとくよ。 使わないと思うし……」


 片眉を上げ、そうかい?と聞き返す老婆に、紙切れを返す。

 すると、老婆はまた別の品をよこした。

「やれやれ、それじゃあ、これはどうだい……?」


 渡されたのは───。


「人形?」


 何やらモコモコとした毛皮のツノウサギという魔物の、角がない姿を模している人形を手渡された。肌触りは極上なのが謎だ。


「ウサのぬいぐるみさ。 可愛いだろう……?」

「ヌイグルミ……? あのな婆さん、なんで、これが俺に必要なんだよ?」


 人形遊びをする歳でもない。俺はそもそも男である。

 フィーリなら、喜ぶかもしれないが。


《大丈夫かこの婆さん……。 本当にこれが俺にとって必要になるのか? ならないよな?》


「それは抱きしめて眠ると魔力の流れを整えてくれる魔道具なんだ……。 お前さんには後々必要になるだろうし、その反応じゃあまだ、親から買って貰ってないだろう……? ひとつくらい持ってたらどうだい……?」

「……、俺に親はいないよ……」

「ああ、ならやっぱり、持ってた方がいいね……。これはちょいと特別仕様だから高めなんだが……。 手持ちがないって言ったかい……? しょうが無いね、出世払いだ……30ガンツでいいよ」

「買うことが前提なのか?」


 思わず苦笑いが出る。商魂逞しいのか、人がいいのか分からない。人形に30ガンツ……。


《フィーリにでもやるか、まぁ、喜びそうだもんな》


 さて、これから稼がないとだぞ───と、気合を入れ、老婆に代金を支払う。

 と、受け取り際老婆が、何やらおかしなことを呟き始めた。


「……何?……。 ……、…なぁ、お前さん。 もしや形に困り事でもあるのかい……?」

「形?」

「外側の皮の事さ。外見でなにやら悩んでいることがあるのかい……? 言っておくがね、余計なお世話だと思うよ……」


 いきなり何を言い出すんだと、老婆を見やる。


 老婆は真剣な顔をして、キールを見つめている。


「さっきから、あの魔石の着いた耳飾りを気にしているね……。 あれは、悪いがお前さんには絶対いらないものだろうし、お前さんの気にかけることじゃない」

「なんの事を言ってるんだ?」


 訳が分からなかった。

 確かに、場違いな耳飾りの存在は目に付いていたし、デザインや色なんかもフィーリに似合いそうだなとは思っていたが、そうでなくても装飾品の類は高いだろうから買うつもりなどなかったのだ。

 そもそも、先程買わされたヌイグルミで、手持ちの金はもうほぼゼロなのだから。


「それは姿形を変える魔道具さ……。髪の色や瞳の色を変えて、別人になりきるためのね……。 何を心配しているのかは知らないが、そんな事をしたってお前さんの憂いは無くならないよ……。 お前さんが気にかけている誰かだって、魔道具を使ったから幸せになれる訳じゃない……。」


 老婆の話を聞いて、脳裏に浮かんだのはフィーリの事だった。


《何で、この婆さんはフィーリのことを知っているんだ? いや、そんな事より、俺が憂いているだって? 馬鹿な!!》


 そんな事は無い。フィーリのアメジスト色の瞳を疎ましく思ったことなどない。

 誰よりも大切な幼馴染であり、何よりも守りたいたった一人の家族ともいえるフィーリを、瞳の色などを理由に疎む事などした事がない。

 この世の誰が、フィーリを悪魔の子と蔑もうとも、俺だけは絶対にそんな事は無いと言い続ける自信はある。



《素直で優しくて、ちょっとお淑やかとは言い難いし、ドジな所はあるけど可愛くて、裁縫が上手で料理が下手くそで……。

 笑った時驚いた時、怒った時泣いた時、キラキラ光る宝石のような瞳で俺を見つめるフィーリ》


 そう考えた時、ああ────、と思った。



 もし、フィーリの瞳が違う色をしていたら───。

 もし、フィーリを守ってくれる親がいたら───。



 フィーリはもっと、幸せだったのだろうか───と、考えてしまう事があるのだ。


《俺はまだ、フィーリを完璧に守れる程強くも、財産がある訳でもない。俺が睨みを利かせていたって、石を投げてくるやつは途絶えない》


 そう思うと悔しくて、考えてもしょうがない事を思ってしまう事もある。



《でもそれは、余計な事だったのかもしれない。フィーリが傷つかないように守るなんていうのは、俺のエゴで、過剰なお節介だったのかもな。フィーリはフィーりだ。それは俺が一番よく分かってる……》


 俺は、目の前の老婆の目を見つめる。


《万屋。本当に必要なものを見つける場所……か》


「婆さん、宛が外れたな。 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()ものだ」


 俺がそう答えると、老婆は笑いながら頷いた。先程までの空気は一新され、初めのように飄々とした雰囲気に戻っている。


「そうじゃろな……。 それならば良い……。 ではまた、お前さんが出世した頃にでも、相見えるとするかな……」

「本気なのかよ、それは?」


 イッヒッヒと高笑いをする老婆を尻目に、俺は店を後にした。

小銅貨:1ガンツ=100円

中銅貨:10ガンツ=1000円

大銅貨:100ガンツ=1万円


小銀貨:1000ガンツ=10万円

中銀貨:1万ガンツ=100万円

大銀貨:10万ガンツ=1000万円


小金貨:100万ガンツ=1億円

大金貨:1000万ガンツ=10億円


という感じ。パン一個1ガンツくらい。

1ガンツ=1×100円換算で考えるとわかりやすいかも。


***

読んで下さり、ありがとうございます!

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