第2話 少女の秘密
続きです。
《全く、フィーリは優しすぎる。いくら傷の治りが早いからって……》
俺は目の前を歩く少女を見つめる。
フィーリが悪魔の子と呼ばれてしまう理由として、もう一つある。それは、傷の治りが異常に早いという事だ。実の所、他人の傷も軽度なら治せる。だがこれは2人だけの秘密だ。
昔の事だが、フィーリは投げられた石の大きさと打ち所が悪くて、頭を怪我したことがあった。投げた方が真っ青になって逃げ出すくらい血がダラダラと流れて、死んでしまうのではないかと怖いくらいだったのを覚えている。けれど、驚く事に翌朝には傷は綺麗に塞がって普通に元気にしていたのだ。
さすがにバレたら面倒だと思ったので暫く家から出さなかったが、それでも子供だったとはいえ傷の痕が消えるのが早すぎると不審に思われ、擦り傷や切り傷の治りが異常に早すぎることに気づかれてしまった。
健康なのは良い事だろうと俺は思ったんだが、大人はそうでは無いらしい。薄気味悪いと言うようになった。大人になると悪態しか付けなくなるのかと真剣に悩んだものだ。
だが、それ以外は本当に普通の少女とおなじだ。
村の他の同い年の女の子達と比べても、断然フィーリの方が美人だと思う。
肌は色白で、髪も少しウェーブがかかっているのが柔らかそうに見える(実際柔らかい)プラチナブロンドだ。身長はスラッとしていてまだまだ成長しそうだが、フィーリは雰囲気がそもそも優しげなので華奢にも見える。
因みに俺は何の変哲もないブラウンの髪にブラウンの瞳で身長はフィーリよりも拳三つ分ほど高いが、体術をするようになってからぐんぐん伸びているので、多分もっと大きくなれると思う。さすがにフィーリより小さいと悲しい。
最近は筋肉が少しだけついてきたのだが、なかなか辺境伯のじっちゃんのようにはいかない。辺境伯兵の訓練所を覗くと皆格好良い筋肉をしている。羨ましい。
《もっと強くなりたい。いつかフィーリのことを守ってくれるやつが現れるまでは、俺がフィーリの事を守るんだから》
いつか……。
俺の代わりに絶対フィーリを守って、他の誰よりも愛してやれるような、そんなやつが現れて、フィーリをこの村から連れ出してくれるなら。
《……ま、それまでは俺が、目を光らせないとな。そんでもって石投げたやつ。お前はちゃんと川にぶち込んでやるからな。首洗って待ってろよ!》
と、あれこれ考えている間に村の外れの家に着いた。
フィーリは裏庭の井戸で手を洗っている。
俺とフィーリは、俺たちを拾って育ててくれた養父の家を譲り受けた。養父は3年ほど前に土に還った。元々心臓を悪くしていたらしい。
養父もフィーリを気味悪がらない内の一人だったが、それ以前に養父も変わり者として村の人から遠巻きにされていたし、本人もあまり、人付き合いをする方じゃなかった。
養父は冒険者だったそうだ。村に奥さんと引っ越してきたらしい。けれど戦争に行っている間に奥さんとまだ赤ん坊だった養父の本当の子供は、流行病で……。
それからは森番として、村の外れの家にひっそりと暮らしていたそうだ。冒険者も引退して。養父は、冒険者組合がある大きな町から引退の手続きをした帰りに通った、魔物によって壊された町跡を通った時、俺を偶然見つけたそうだ。
フィーリも一年後くらいに、村の周りの森で見つけたらしい。
初めてその話をされた時、……何でそんなに赤ん坊ばっかり見つけてくるんだと思った。自分の事だが、それにしても赤ん坊遭遇率が多いような気がする。
しかしまぁ、そのおかげで俺もフィーリも生きている。人生、何が起こるかわからん……、と言うのが養父の口癖だった。
俺もフィーリと同じように井戸の水で手を洗ってから家に入った。フィーリが庭の洗濯物を取り込んでいるうちに、晩飯の支度に取り掛かる。
今日のメニューはキノコとピグーガの肉のチーズ香草焼きである。香草は森で取ってきたもので、ピグーガは肉屋のエレンから買ったものだが、チーズはフィンの所の手伝いをした帰り、おすそ分けに貰ったのだ。
フィンには先日染布を分けてやったから、そのお礼だと思う。
ちなみににこの染布、フィーリの拵えた物である。養父に森に生えている植物を教わったフィーリは、その植物を使った染汁で布を染める方法を考えたのである。他所の村でも人気なので、おすそ分けすると、代わりに買うと高い食い物などと交換してもらえることが多いのだ。
フィーリは凄い。
「フィーリ、晩飯できたぞ」
そう呼ぶと、フィーリが洗濯カゴを持って家に入ってきた。カゴを部屋の隅に置き、平鍋の中を覗くと、うっとりとした顔をした。
「これ、チーズ香草焼き? キャア、やった! 私これ大好き!!」
そう。フィーリの好物なのだ。
俺はハハッ、と笑ってから、料理を皿に盛る。フィーリが戸棚からパンを取りだし、テーブルに乗せた。そして椅子に座り、ワクワクとした表情で料理を待つ。
俺が座るのを待ってから、二人で一斉に手を組んだ。
「「大いなる自然の恵みを司る万物の精霊よ。この糧を我らに与えて下さり感謝致します」」
食前の祈りを精霊に捧げてから、カトラリーを手に持った。
フィーリは既に口にしていた様で、身悶えで喜んでいる。
「う……うま……美味しいぃぃ!!!」
「今なんか変なこと言おうとしなかったか」
「ちゃんと美味しいに直したもん。うまいなんていってないよ?」
「……」
「あ、ありゃ?」
フィーリはエヘン!!と咳払いをしてまた食べ始めた。
俺も養父もフィーリには女の言葉遣いをするように言っていたのだが、育った環境が男っ気が多かったもんだから、時々あんな風に言い間違えたりするのだ。
こればっかりは、直してもらうしかない。苦労するのはフィーリなのだから。
俺も一口食べて味を確かめる。
《……うん。上手くできたな》
しばらく2人とも無言で食事をしていたが、ふとフィーリが話し始めた。
「そう言えば、もうすぐ、精霊祭りよね。今日ロジータの所でその話をしてたのよ。キールも行くでしょ?」
「精霊祭り……。もう、そんな時期か。早いな」
フィーリはロジータとエミルダの服屋で働いている。彼女達はフィーりより四つ年上の美人姉妹で、フィーリの裁縫の腕を高く買って雇ってくれたのだ。勿論、フィーリを変に忌避したりなんかしない。寧ろ俺と一緒になって、フィーリに近づく馬鹿を追い払ってくれている。
彼女達曰く、悪魔が裁縫なんか出来るもんですかっ!フィーリは天才よっ!?!?──との事だ。
あそこで働いている限り、フィーリは安全だろう。
それにしても──。
《精霊祭りか。今年は誰が選ばれんだろうな……。ま、俺とフィーリには関係ないけど》
「数年に1度精霊様からのお告げを聞くことが出来る日……だろう? 正直興味無いな。寧ろ、滅多にない休日だから、俺は家で寝てるよ」
精霊祭りの日だけは、村の仕事はほとんどお休みなのだ。露店を出す所だけは、いつも以上に気合が入っているけど。
最近は辺境伯のじっちゃん達のお陰で、森から出てくる魔物の数も殆どないし……。森版としての仕事も少ないから、久しぶりにゆっくりしようかと思う。
そう思って顔を上げると、フィーリが頬を膨らませていた。……可愛いな。
「むぅー! そんな事言わないで、一緒に出ましょうよぉ! 折角、衣装も作ったのにぃ!」
ああ、そういう事か。
「分かった分かった。祭りなんて久しぶりだもんな。偶には遊びたいよな。分ぁったよ」
「もぅ! キールってば、また子供扱いして!一歳しか違わないのに!!」
こうしてプンプンと怒っている様子は、年相応の13歳に見える。そして、その事に安心している俺がいた。
《まだ子供なんだ。本当だったら親がいて、仕事の手伝いの合間に友達と遊んだりしていても、許されたはずなんだ》
俺が一人で頷いていると、フィーリのじとー、っとした視線を感じた。
「なんか、失礼な事考えてない?」
「気の所為だな。それより、フィーリの事だから、俺の分の衣装まで作っているんじゃないのか?」
「そうなの! もうすぐで出来るから、当日を楽しみにしててね!」
フィーリが任せて!と言うように胸を逸らす。
「……。変なのは止めてくれよ?」
「どういう意味よ!!!」
暫く無言で見つめ合う。と、同時に吹き出した。
「プクククッ」「クスクス」
2人の笑い声が、静かな夜の闇にかすかに響いていた。俺はこんな日常が、ずっと続くと信じていた。
《》は心のなかのセリフとなっています。
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