第3話 問題発生
作者体調不良につき、更新頻度が不定期を極めておりますm(*_ _)m
まだまだ定期更新には程遠く、読者の皆様には大変ご迷惑をおかけしておりますが、今後とも『アメジストは夕暮れに神秘に煌めく』をご愛読くださいますようお願い申し上げます(*´˘`*)
ケビンの待っている宿屋へと向かうついでに、俺達は諸々の不足品を買い揃えることにした。
「へぇ。やっぱり、ラッセロは近接戦が得意なのか。拳がそれだもんな」
「本職は槍使いさ。流石に、魔物相手にいつも素手ってわけにはいかないだろ?」
「成程。ところで、肝心の槍が見当たらないけど……」
装具屋でラッセロが適当な鞄を見繕っている傍で、ちょっとした疑問について聞いてみる。
本職が槍使いというからには槍がラッセロの得物なのだろうが、門で出会ったときから見当たらない。
───流石の俺も、槍があればそれが武器だということくらい分かるからな。
ラッセロがニヤッと笑う。
「ちゃんとあるから、心配しなくて大丈夫だぞ。ま、見てのお楽しみにしといてくれよな!」
「分かった」
任せておけとばかりに大きく頷くラッセロ。なにか秘密がありそうだが、今暫く内緒という事らしい。
他にも、回復ポーションや水、食料など旅の消耗品を買い足し、宿に向かうことにする。
「で、ケビンはどこの宿に行くっていったっけ?」
「花屋の向かいにある酒場から、三軒目の宿にするといっていた様に思う。行けば馬車があるはずだ」
「じゃあ、あれだな。きっと」
俺が通りの奥を指すと、ムースも頷いた。愛馬の尻尾がご機嫌そうに揺れているし、おなじみの馬車も目に付く。
宿の扉を開けると同時に、ガヤガヤとした賑わう声が聞こえてきた。
「一階を酒場として開放しているみたいだな」
横でムースがそう分析する声が聞こえる。
扉を開けて直ぐの場所に、冒険者や旅人とみられる連中が酒やつまみを飲食しながら談笑する光景が広がっている。
さて受付はどこだろうと見回していると、鼓膜に突き刺さるようなキャンキャンとした声が飛んできた。
「遅いじゃないの!!いつまで待たせる気?!」
「っうおぅ!?」
あまりの煩さに酒場中の視線がこちらに集まる。それまでの喧噪が嘘のように静まり返ったのと、ラッセロが両耳をピタッと頭につけ反射的に叫んだのはほぼ同時だった。尻尾の毛がブワッと逆立っている。
俺達は最早慣れたものだが。ラッセロの繊細な獣人の耳には、あの娘の高周波のキンキン声はダメージが深かったらしいな。
「あー。大丈夫か?」
「お、おう。大丈夫だ。あ、あの子達がそうか? 挨拶してくるよ……」
おっかなびっくりした様子で、涙目のラッセロが看板娘に近づいて行く。その背中を見て、俺はムースと顔を見合わせた。
「大丈夫かな」
「獣人という種族は、私達の数倍感覚器が鋭利だと聞く。あの様子、かなり堪えていた様だから…」
「明日じゃじゃ馬娘が買い付けをしている間の護衛と、隣町の親戚の所へ送っていくのと。多くても二日だけどさ、何事も起こらないといいな」
「彼の実力拝見といこう」
俺とムースが見守る中、ラッセロは二人に近づき握手を差し出す。ケビンとラッセロが最初に握手を交わす横で、看板娘が強ばったままの尻尾を凝視していた。
が、看板娘の名は伊達ではなかったらしい。意外にもすんなり打ち解けて、にこやかに笑みを浮かべて握手を返している。
程なくして、ケビンが手招きする様子が見えた。俺達も手を挙げて応え、テーブルに近づく。
未だ周りからジロジロと見られているような視線を感じるが、気が付かないふりをしておこう。
「なんだ、キール。思ったより時間がかかったな。俺達は先に注文を済ませたぞ」
ケビンに肩を竦めて返事をし、横目で会話するラッセロと看板娘を見た。ラッセロの人懐こい笑顔と巧みな話術で、看板娘の頭からは俺とムースのことがすっぽり抜け落ちているようだ。俺としても、出来ればずっとそのままでいて欲しい。
俺が通りかかった給仕に三人分の追加の食事と飲み物を頼んでいる間に、ムースも外套を脱いで席に着いた。
徐々に静まった場の賑わいが戻ってくる。
「補充しなくちゃならないものを、色々と買ってきたんだ。ケビンは髪紐が切れたと言ってたから、ほら。これでいいか」
「おお、これは助かる」
「だろ?」
護衛中は買い物なんぞゆっくり出来ないだろうと、先程雑貨屋で購入しておいた革紐をケビンに渡す。すると、ケビンは早速前髪を寄り分けて、後ろ手に結んだ。戦闘中に前髪が邪魔にならないよう、ある程度長くして縛るのがケビン流だ。
俺もまとめて適当に結んでいるし、ムースに至っては、肩より長い髪を整髪剤も使ってかっちりとまとめている。
男なのに長髪というのは実は珍しい事らしいと、旅をしていて気が付いた。じっちゃんの騎士団では髪を結っている騎士の数の方が多かったくらいだから、中々新鮮な発見である。
多分、じっちゃんに倣っていたのだろう。なんせ、辺境伯騎士団はじっちゃんに憧れてる奴らばかりいたから。
運ばれてきたビールに口をつけ、久方ぶりに魔物に襲われる心配もなくゆっくりと食事を堪能し、一息をついたところで、ラッセロにもたれ掛かってうつらうつらしている看板娘が目に入った。寝ているから、憎まれ口も飛び出してこない。
黙っていればそれなりなのに、普段が姦し過ぎて台無しなんだよな……と考えてしまうのは余計なお世話だろうか。まぁ荒くれ者が出入りする宿屋の娘な訳だから、気が弱いより強い方がいいんだろうけど。
「ところで、もう一度詳しく話を聞いてもいいだろうか。ラッセロ、君はキルトン市に寄ったと話していたね」
食事を終えたムースが、ワインの入った器を余所へ話し始めた。ラッセロはこくりと頷く。
「ああ。その通りだよ」
「それで、荷を奪われた時の状況を教えてくれないか。詳しく知りたいんだ」
ラッセロは特に疑問に思うこともなく、俺達に状況説明をしてくれた。聞き終わって、ムースがやや難しい顔をしながら腕を組んだ。
「宿で食事を取って、部屋に戻ったら荷物一式がなくなっていた……か」
「てことは、犯人の顔は見てないんだな?」
俺が質問すると、ラッセロが悔しそうに頷く。
「ああ。部屋に残ってた残り香は覚えたから、もう一度会ったら絶対に分かる筈なんだけどなぁ」
「残り香なんて分かるのか!?」
ケビンが素っ頓狂な声を上げた。ラッセロは落ち着いて説明してくれる。
「獣人てのは……ま、種族にもよるけど、大抵人間には嗅ぎ分けられないような音や匂いなんかも判別できるんだ。俺は狼獣人だから、狼の特性が強いんだぜ」
「じゃ、タマネギは食べられない?」
「ははっ! そんなことはないさ! 少なくとも俺は好物だよ! 単に、耳と鼻がちょっとばかし鋭くて、腕力が強いだけさ!」
「なんだ、そうなのか」
「おぉい、キィィル!」
「なに、ちょっと聞いてみただけさ」
「構わないぜ! そんな質問されたのはキールが初めてだけどな!」
至極残念そうに言ってみると、ラッセロが声を上げて笑った。ケビンが大袈裟に名前を呼ぶので、俺は片目をつぶって冗談だとアピールしておく。
「ただ、荷物には大事なものも入ってたんだ。だから出来れば、それだけでも取り返したくてな」
「出来るのか?」
「ああ、多分。犯人はこの町にいるみたいだし、機会さえあれば。皆は明日もこの街にいるんだったかい?」
「ああ。予定としては、明日の朝は看板娘の買い付けを見守って、夕方にはこの街を出てすぐの場所にあるらしい娘の叔父の所に送っていく。夜にはオースティアに向けて発つ……だったよな?」
確認するようにムースの方へ顔を向けると、静かに頷かれた。
「今の所はその予定だ。最低でも明日の夜までは拘束してしまうことにはなるが」
「だってさ。……でもさ、ムース。もしラッセロが荷を取り返すのを優先したいなら、尊重すべきかなって思うよ。もう立て替えた分のお金は返してもらったし」
「というと?」
ラッセロとムースの顔を交互に見つつ、俺は心境を話した。
実の所、ラッセロが俺達に付き合う必要はなかったりする。
どういう事かと言うと。
街に入る前では、立て替えた通行税分だけ護衛を請け負ってもらおうかと、提案を持ちかけた。が、ギルドで俺たちは、ラッセロからそっくりお金を返して貰っている。しかも、その上更に護衛の依頼を受けてくれたのだ。受けた恩はきっちり返すのが獣人の流儀だ、と言って。
───獣人って生き物は、随分と義理堅いもんだよな。
説明を聞き終わって、ムースは納得したようだった。ただ、戸惑っている風でもある。
いや、言いたいことは分かるけどな?
「ああ。そういう事なら、ラッセロ。何も私達に付き合う必要などないが」
「いや、ムースの若旦那。俺は狼獣人だ。受けた恩は絶対に返す、というか返させてくれ」
「だが、無理はさせられない。君が私達に返さなければならない借りはないのだから」
俺はケビンとアイコンタクトし合いながら、テーブルに肘を着いた。
まぁ、律儀なムースならそういうと思ってたよ。
「と、言いたいところなんだが」
「「「ん?」」」
「そう建前も、言っていられない状況かもしれない」
ムースが席に深く座り直した。ケビンが心配そうな顔をしている。
「ムース様が気にしてる事も分かります。あの噂がなんなのか、結局分からず仕舞いでしたから。心配なさってるんでしょう」
「概ねその通りだ」
ムースは苦笑いしつつ首肯する。
……ふむ。”概ね”?
「まだ何か、気がかりなことが?」
ケビンもムースの言い方が気になったらしい。真剣な表情で聞くケビンに対し、ムースは「いや…」と言葉を濁した。
視線を伏せ、コップの中を見ている。
そのムースの表情で気が付いた。
───……ん? ムースは、何に気を取られているんだ?
常に姿勢正しく相手の目を見て話すムースらしからぬ、不自然な格好に思える。
あのムースが、机に肘をつくなんて!!
絶対におかしい。
ケビンの方を見ると、やはり敬愛する上司の仕草など見切っていたようで、小さく頷かれた。
やっぱり、おかしい事らしい。
というより、俺を通して背後を見ている。
───なんにせよ、これ以上はここで話さない方が良いって事だな。続きは部屋で……か。
首を傾げたラッセロと俺が何か言う前に、ケビンが大きな声を出した。
「あ、ああっと……そ、ろそろ夜ですね! 部屋に、戻るべきではないでしょうかっ」
…………。
おい、勘弁してくれ。
そんな棒読みで、誰を騙そうってんだ?
俺は呆れを隠せないという顔をしつつ、それに便乗して部屋に行く算段を試みることにした。
「おい、ケビン。そんな風に煙に巻こうとしたって、俺は誤魔化されないぞ」
「は? 何を言って……」
話の見えないケビンは、本当に分からないようで訝しんでいる。
俺は澄ました顔で続けた。
「第三。髪飾り」
「な、なななんのことだ……」
段々とケビンの顔色が悪くなってくる。
不思議なこともあるもんだな。
「星の夜。思い出。金髪の…」
「わっ! わあわあわあっ! なんでそれを知ってっ!?」
予想以上に慌てているケビンの声が切羽詰まっているので、端から見れば、今正に秘密を暴露されかねんとする憐れな青年にしか見えないだろう。
さっきと違って、良い意味で注目を集めている。
「ミドに教えて貰った」
「あの馬鹿ミドっ!!!!!」
「水辺の……」
「ぎゃああああそれ以上言ったらお前でも許さんっ!!」
憤慨するケビンを観察し、やっぱりミドに昔教えて貰った話は本当だったのだなと、心の中で独り言ちた。
何年か前のことだが、俺の家でダンケ達を招いて食事をしたことがあった。
その際、酒に弱いミドが酔い潰れたのを介抱する為に井戸に連れて行った時、内緒話として聞いた話だ。
まだミドとケビンが辺境伯騎士団に入団したばかりの頃、ミドが作った試作の服をケビンに着せるという事があったそうだ。ケビンは大層嫌がったらしいのだが、結局根負けして着たらしい。
それもなんと女物。
道理で嫌がるはずだ。
そこを偶然通りかかったというハインリッヒに見破られ、ダンケと一緒に女装した状態で連れ回され、騎士団の連中に会う羽目になったのだそうだ。ケビンはというと、バレないよう必死に取り繕っていたため、ケビンを目撃したはずの騎士団の連中誰一人として気が付かなかったらしい。
……というより、ケビンは完璧にこなしすぎた。
元々中性的で顔の作りの整っているケビンの本気の女装に、一目惚れする奴が続出する程だったそうだ。
花や髪飾りなんかを仲間からプレゼントされ、引き攣った笑みを浮かべるケビンと、その後ろで爆笑しているハインリッヒが対照的だったとミドから聞いた時には、想像しただけで腹筋が攣るかと思った。
───いや、是非とも実物を見てみたかったな。
この話はここで終わりではないが、これ以上はケビンの名誉に差し障るので控えよう。
兎も角、そんなことがきっかけで、ケビンとミドはダンケ達と知り合いになり、気の置けない仲になったそうだ。
それにしても。
───ケビンの狼狽えようだ。機会があったらまたからかってやろっと。
そんな事を考えているとは微塵も感じさせない様に、至極真面目な顔を作って俺はケビンを見つめる。
「そうか? まあしょうがない。それじゃ、俺達は先に部屋に行ってるから。ムースにでもしっかり相談しておくんだぞ、じゃあな!」
「おい、こらっ! キィィィィィイルっ!!」
俺はあくまでも自然な声量でそう言い放ち、ラッセロに合図して席を立った。
ラッセロは突然のことにも狼狽えず、違和感のない動作で看板娘を抱えると俺と連れだって歩き始めた。
ケビンよ……。せめてこのくらいはポーカーフェイスを身に付けてくれ。
───これに懲りて、少しは演技派になるといいけどな。
決めた。
これからは、ケビンが何かやらかす度にあの話を出してみよう。少しはマシになるだろう。
反応が面白……違った! さり気ない演技力を身に付けさせる為だ、うん。
因みに、ケビンの敬愛するムースはこの話を知らない。
なので、きっと死に物狂いで演技派になってくれる事だろう。
くだらないことを考えつつ普通の速度で歩き、部屋まで進む。二部屋のうち一部屋に看板娘を放り込んでから、寝ぼけ娘を起こして、きちんと施錠するように言いつけて──確認もしてから──俺達の部屋へ移った。
一度鍵をかけ、部屋の中も念入りにチェックし、漸く落ち着いたところでラッセロが疑問を並べた。
「こっちの会話を盗み聞きしてる奴と、関係があったりするのかい? ムースとキールの後ろの奥の方に座ってた…」
「ああ、それだな多分。咄嗟に合わせてくれて助かったよ」
どいつにムースとケビンが反応していたのかまでは、俺には分からなかった。感覚の鋭いラッセロが言うほど不審な奴だったなら、位置的にもそいつで間違いないはずだ。
俺に出来たのは、違和感なくあの場から立ち去ることだけである。
……ん? ケビンにとばっちり?
気のせいだろう。
ラッセロは不思議そうに首を傾げる。
「それはいいんだけどな。何が起こってるのかさっぱり……」
「そりゃそうだよな。もう少ししたら二人も来るはずだから、その時話すよ」
ケビンは兎も角、ムースなら俺のサインに気が付いただろう。しばらく待ってから、さり気ない形で部屋に来ると予想できる。
俺の話に納得した様子のラッセロが、部屋の奥の扉をさして言った。
「分かった。ああ、それまで風呂でも入るか?」
「ん、ラッセロに先入ってもらって構わないよ。今日は疲れただろ?」
「そうか? それじゃ、お言葉に甘えて、入ってくるな。ありがとう」
「気にせずゆっくりな」
ラッセロからしてみれば、昨日今日と災難続きだっただろう。こちらの都合に付き合わせてしまっている部分もある事だし、せめて骨を休めて欲しい。
風呂場に消えていくラッセロの背で、フサモフの尻尾がゆらゆら揺れているから、多分機嫌は良いのだと思う。
程なくして、さっぱりした様子のラッセロが戻ってくるまで俺は自分の寝台の上に荷物を広げて陣取り、百足甲虫の酸液によって傷んだ剣の手入れを行う。砥石と研磨剤で磨き上げていると、コツコツと扉を叩く音がし、ムースの声が聞こえた。
「キール、いるか?」
「ああ。今開ける」
鍵を開けると、ムースとケビンが入ってきた。
開口一番ケビンがじっとりした目で言った。
「キィィィィィイル……」
「なんだ、文句あるか?」
「くっ!! それにしたってあれをあの場で言うか?!」
「苦情は受け付けないからな。まったく……。先にムースの事に気が付いたのはケビンだろ? 何であんな棒読みになるのかねぇ」
「放っとけ。……助かった」
「貸しだな」
「あああ、ミドの奴っ!!」
「寧ろお礼の手紙でも書くんだな」
「だぁああっっ!!」
ミドのこととなると普段の涼しい顔が崩れ、ケビンの口調はいくらか雑になる。見ていてちょっと面白い。
俺はまた剣の手入れを再開しつつ、ケビンに風呂を促した。
「ほんじゃまあ、風呂でも入って頭をシャキッとさせてくるんだな。これから大事な話し合いだろうし」
「…そうするか。ムース様、お先に失礼致します」
「ああ。ゆっくりしなさい」
ムースに許可を取ったケビンが風呂場に向かうのを、寝台に座って見送る。
同じように寝台に胡坐をかいて座っていたラッセロが濡れた髪を豪快に拭いている傍らで、ムースも剣の手入れを始めた。
半刻ほど後。
全員が身ぎれいになった状態で、ムースの寝台の側に集まった。
「気になっていたことは、三つほどある」
ムースが静かに話し始める。
「一つ目は、キルトン市の噂だ。ラッセロ殿には言ってなかったが、私達はバハルシュ公国に入ってから直ぐに、キルトン市についての良くない噂を聞いた」
「噂?」
ラッセロが首を傾げる様子を見て、確信する。多分、ラッセロは噂を知らないのだろう。
ムースはゆっくりと頷いた。
「人が消える。キルトン市には立ち寄らず、迂回すべきだ…と。だから、君が立ち寄ったという話を聞いて少し驚いたんだ。ラッセロから見て、荷を盗まれた事以外でなにか、おかしな事はなかっただろうか」
ムースに問われたラッセロは、首を捻りながら思い出そうと努力した。
「おかしな事なあ。強いて言うなら、街に活気がなかった…かもしれない。去年立ち寄った時は、人の良い市長が毎日街の様子を見回って、街の人達と話したりする様子が見れたんだけど、今回はなくてな。市長が交代したという話も聞かないし、変には思った」
「市長が?」
「ムース、市長って?」
本日の分の日記に文字を記しつつ質問すると、ケビンが簡単に答えてくれた。
「バハルシュ公国での市長は、言うなれば領主の様なものだ」
「領主?! そんな人が毎日領地の見回り?!……。いや待て、普通だそんなのは」
よく考えたら、じっちゃんも毎日領内を駆けずり回ってた。
なんでもない、普通の事だよな?
頷く俺に、横でとんでもないと言うようにケビンが呆れた顔をする。
「あのな、キール。普通じゃないからな、閣下も市長殿も。普通は部下に任せるだけで、自らは足を運びはしないもんだぞ」
「そんなもんか」
「そうさ、当たり前だろう。ったく、常識知らずめ」
「じっちゃんは偉大って事だろ」
「話を戻してもいいだろうね?」
「「ごめんなさい」」
まずい。
ムースが困り顔になってる。
俺達は鍵のかかった扉の様に、ピタリと口を閉じた。
「ありがとう。ラッセロの話は分かった。これで、ある程度の確信を持つことが出来る」
「確信って?」
おい、ケビン。仕方ないだろ? そんな目で見るなよ。気になるじゃないか。
「ああ、キール。今から順を追って説明するから」
「分かった。どうぞ」
「一つ、キルトン市若しくはキルトン市周辺での不自然な行方不明者の噂。これは、半分は本当のことだと推測している」
俺は無言で続きを促す。下手な茶々を入れてムースの機嫌を損ねたくはないしな。
「恐らく、行方不明者は実際にいるのだろう。だが、場所はキルトン市では無いと思う。二つ、キルトン市という特定の場所でそのように不穏な噂が流れているにも関わらず、市長が何も手を打っていない。それは何故か?」
ムースの言葉を引き継ぐ。
「ラッセロの話じゃ市長は、毎日のように街に繰り出しては公務をする、実直な人柄。街の活気を下げる様な噂の出処くらい探るだろうし、何か問題があれば早急に対処しそうなものだよな?」
「でもそれをしない」
俺の言葉をケビンが続け、俺も重ねて考えてみる。
「市長が替わった噂もなし。とすると、公務できない状態とか? 例えば、病気とか怪我とか」
「可能性としては大いに有りうる。三つ、キルトン市での噂を間に受けたとして、人々はどうするか」
「キルトン市に寄らなくなるんだ。事実、この街には大勢の旅人が集まってる」
「門に詰め掛けてたよな?」
「そう。だが、宿屋に連中が溢れかえっている様子はない。彼らは何処へ行ったのか」
「彼らは何処へってそれは……。…………ん?」
「「ん?」」
何処へ?
逡巡した時、それは唐突に起こった。
───ガシャーーーン!!!!
「?! 何だ?!」
なんの前触れもなく、いきなり窓ガラスが割れた。
否、割られたのだと、部屋の床に転がった石礫を見て気が付く。しかし、そんな事を悠長に考えている暇はなかった。
直後、部屋になだれ込んで来た連中と交戦する羽目になったからだ。
あいつだ、捕まえろ、等という声もチラホラ聞こえる。
「もう来るとはな!」
「何がだよっ?!」
ムースに声をはりあげて質問しつつ、剣を振り回してきた阿呆の横面を鞘で殴りつける。殴りつけられたやつは、後ろに並んでた仲間を巻き添えに倒れた。
「さっき見張りが、酒場にいただろう!!」
「それがっ?!」
ムースが斬りかかってきた男の剣を避けながら、蹴りと拳を見舞った。
その後ろでケビンが、部屋置きの灯りで男を殴り付けつつ叫ぶ。ラッセロは二人同時に相手をしていた。
見事な格闘技だ。
「ここの市長とグルだ!! 門で見た顔がいる!!」
「次いでに俺の荷物を持っていった奴も、お仲間みたいだなっ!!」
「ああ……成程。そういう事、かっ!!」
という事は、至急脱出を要するって事だな!
後ろから殴りかかってきた奴を蹴り飛ばし、クローゼットに叩き付ける。
一呼吸つけながら、俺は荷物を死守しに行く。ケビンと合流し、ムースとラッセロが乱入者達を相手取って、扉を閉め直している間に荷物を纏めた。
話し合いが始まる前に殆ど終わっていたから、三呼吸程度で準備は済んだ。
「出るぞ!」
「じゃじゃ馬は?!」
「勿論連れてく!!」
「経路は?!」
「どう考えても外っ!!!!」
「二人とも、後どのくらい保つ!?」
「もう暫くだ!」「先に行けっ」
「よし、キール行こう!」
「ああ!!」
叫ぶ様に意思疎通を取りながら、俺とケビンはバルコニーに飛び出した。隣の部屋のバルコニーに飛び移り座間に、勢いを付けて鞘を窓枠に叩き付ける。
衝撃で薄いガラスが割れ、俺達は部屋に転がり込んだ。
ベッドに座った寝巻き姿の看板娘が、ポカンとした顔でこちらを見詰めている。が、徐々に真っ赤になった。
「あんた達何やってんの?!?! 正気?!?!」
「黙って口閉じてろ! ケビン、扉!」
「合図は!!」
「行き当たりばったりっ!!!」
「ちっくしょう!!!」
ギャーギャーと喚くじゃじゃ馬を肩の上に担ぎ上げ、バルコニーから顔を出す。下の通りには、まだ連中の姿は無い。
安全確認よし!
「オーケー、ケビン!! こっちは大丈夫だ!!」
「分かった、さんで飛び出せ!」
「了解っ!!」
ドタバタという足音が後ろで響くのを聞きながら、俺達は回れ右してたった今割ってきた窓に突進していく。
部屋のドアは一つしかない。
俺達が何をしようとしているか悟ったらしい娘の上擦った声が、頭の後ろから挙がった。
「一、二、……」
「ち、ちょちょちょっとどこから出るつも……!?!?」
「サァアアアアアン!!!!」
ヒュッという空気が詰まった様な音が聞こえた時、俺達は星明かりの夜空に浮かんでいた。
繰り返し言うが、ここは二階である。
「ギャァァァアアアアアア!!!!!!」
おい、もう少し色気のある悲鳴は出せないのか??
やかましい奴だな。
「私じゃないわよっ!!」
「あ?」
確かに。
悲鳴は背後というより、今しがた飛び降りた上の方から聞こえたような。
「ムース達じゃないよな?」
「私達ではない」
頭上から降ってきた声を聞いてホッとする。声の主とフサフサの毛の主は体格の大きさに反して軽やかに着地を決めると、安心させるように微笑んだ。
「無事だな」
「そっちも」
「娘さんも無事みたいだな!」
「ええ、お陰様でねっ」
「なら、急いで脱出しよう。厩へ向かう」
気の所為か刺々しい声で凄まれた。
やっぱり、窓から放り出してやれば良かったかな等と考えてしまうのは仕方ないだろう。
馬車は惜しいが、馬を繋いでいる暇はない。急いで馬に鞍をつけなければ。
が、角を曲がろうとした瞬間に、俺の左を併走していたラッセロが、急に聞いた事のないような険しい声を上げた。
「ッ、待てっ!止まれ!!」
……バシュッ!!!
「うわっ!?」
「?!」
「きゃっ!」
「なんだっ!?」
「ぐっ!!」
逃げる事と厩に行くことに意識が全集中していた俺達は、ほんの少し、頭上を疎かにし過ぎた。
突如降ってきた縄のようなもので、体の身動きが取れなくなったのだ。次いで、雷を浴びたかの様な全身を激しい痺れが襲う。
これは、魔法だ。
「ッッ!!!!!」
朦朧とする意識の中で、地面に伏した俺達に近付くぼんやりとした人影が見えた。
「獣人一体と人間も四人、捕獲完了だ。市場に送っておけ。それなりに使える様だから、きっと言い値がつくぞ」
最悪の事態に吐き気がする。
───こいつら、奴隷商人だ。
俺の意識はそこで途絶えた。
読んで下さり、ありがとうございました!
良いね・高評価★★★★★頂けると、作者もとても嬉しいです( * ॑꒳ ॑*)




